聞かされた真実
トーマスはユーリーを見て優しく微笑む。
「そうですね。部屋はレイラと分けますか? たくさんあるのでどちらでも構いません」
レイラが自分の身を護れるか分からない。だからこそ、一緒にしてくれと言いたいが、確認の意志を込めてレイラを見る。
レイラは首を横に振る。任せると言いたいのだろう。
「一緒でお願いします。できればベッドが二つある部屋でお願います」
一緒の部屋に泊まると言っても、同じベッドで眠るわけにはいかない。
「分かりました。ついてきてください」
トーマスの後をついて、今の部屋を出て行く。ルーフェは彼らを目で追っただけで言葉にすることはなかった。
トーマスに案内されたのは二つ隣の部屋だ。その部屋には大き目のベッドが二つと机に椅子が置いてある。
「飲み物は?」
レイラを見ると彼女は首を横に振る。
「今はいらないそうです」
「分かりました。僕は先程の部屋にいるので、何か用があればそこに来てください」
彼はレナルト達を気遣ったのか、足早に去る。
「優しそうな人だね」
扉が閉まってから、レイラはそう目を細める。
レナルトもレイラの意見には同感だった。だが、あの噂のアールト家の少年と、目の前の彼がどうしても一致しない。彼もウルモと同じく、持つ魔力と、実際の魔力が比例しない可能性もある。だが、レナルトはその答えを即座に否定できる。少なくとも彼を知っているマハトやヨハンは彼を大きな魔力を持った少年と評していたのだ。
「ユーリーはベッドに寝かせておこう。レイラはもう少し起きていられるか?」
「大丈夫だよ。私も話を聞きに行こうか?」
「まずは俺一人で聞くよ。起きておくなら、大丈夫だと思うが、異変を感じたらユーリーを連れて逃げろ」
レナルトは自分の封魔石を取り出すと、その石を強く握る。丁寧に呪文を詠唱し、その魔法を発動させずに石に移す。石の色が青色へと変わる。
レイラはその石を受け取る。
「この屋敷の結界は強いが、レイラが全力で炎を出せば壊せると思う。そこから右手に走れ。ヴァルクスの国内に入れば、あとはこれを使うか、ユーリーを起こしてヴァルクスに戻れ」
レイラは何か言いかけたが口を噤み、頷いた。
彼女は親切にしてくれた彼を疑いの目で見るのを気にしているのだろう。レナルトも彼女の気持ちは分かるが、用心深いに越したことはない。
レナルトは部屋を出ると、トーマスのいた部屋をノックする。すぐに返事が聞こえ、扉が開いた。
トーマスは笑みを浮かべると、先ほどの椅子に座る。
ルーフェはまだ部屋の中におり、窓の外を眺めている。
彼に聞きたい事は山ほどあるが、まずは現状の身の安全を確認しておこうと決める。
「あなたとミーナの関係を教えてください。彼はレイラがいる限り、あなたが俺たちの敵になることはないと言いました。それは本当なんですか?」
彼ははにかんだ笑みを浮かべる。
「僕はあなた達と敵対するつもりはありません。彼はミーナが僕にとって特別な存在だったと言いたかったんでしょう。彼女は僕の人生の中で唯一の友人でした」
レナルトが言いかけた言葉を飲み込むと、彼は悲しい笑みを浮かべる。その笑みが唯一という言葉を裏付けている気がしたのだ。
「僕が過去に何をしたかも、あなたも分かっていますよね。何から話せば良いのかは分からないし、僕にも話せないことがあります。ただ、今回あなた達を不意打ちしたり、傷つけたりはしないと断言できます」
「彼は?」
「彼は僕以上にあなた達を傷付けることはありませんよ」
彼は穏やかに語る。
「シルヴィアと一緒に捉えられているアドニスとは何者なんですか? 彼も敵ではないのですか?」
「彼は十歳の大人しい少年です。彼の考えが今後変わる可能性はありますが、現時点であなた達の敵ではないと思います」
「分かりました。では本題に入ります。なぜ、ルーフェは俺たちを助けたんですか?」
ルーフェがレナルトを見ると大げさに肩をすくめる。
「まだ拘っていたのか。随分としつこいな」
「そうやってはぐらかすのはあなたの悪いところですよ。言えないなら言えないとはっきり言ったほうがいい」
トーマスの言葉に、彼は短く息を吐いた。そして、黒髪に触れる。
「簡単に言えば、シルヴィアのためだよ」
「彼女を連れ去ったのと同じ理由ですか?」
ノール家の名前を出そうと思ったが、躊躇する。悟られている可能性が高いとはいえ、不用心すぎると思ったのだ。
「ノール家は関係ない。ただ、個人的にシルヴィアを大切に思っているんだよ」
彼は疑問を呈するわけでもなく、即座にノール家の話題に触れてきた。
「なぜ? 俺はシルヴィアが生まれた頃から知っているが、あなたを見たことはありません」
だが、レイラの言葉が頭を過ぎる。彼女は彼を見た事があると言っていたのだ。自分のいない間に彼とレイラと会ったのだろうか。
「詳しくは言えないな。シルヴィアは私の事は覚えていないだろう。ただ、シルヴィアが嫌がるだろうから、私はお前たちを傷つけない。それで十分だと思うが」
最初の自分たちに危害を加えるかという問いかけの答えはでている。そのため、この話題は終わらせることにした。
「では、ウルモについて知っている事を教えてください」
ウルモの名前を出した途端、トーマスの顔が引きつる。
「エイノ=ヤルヴィ。それがあいつの本名だよ」
レナルトが疑問を問いかける前に黒髪の男はそう伝える。
今までの成り行きから見当はついていた。それが確信に変わる。
トーマスは鋭い眼光を黒髪の男に向ける。
「ルーフェ。あなたは」
「いいじゃないか。どうせいずれ知られることなんだ。もう隠し続けるのは無理なんだ。あの男はノール家の跡取りのシルヴィアを連れ出す手引きをし、レイラを連れ去ろうとした。そして、お前は知らないだろうが、ミーナはシルヴィアを守って死んだよ」
トーマスはその言葉に顔を引きつらせた。
彼は唇を軽く噛む。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「お前も決めるときがきたんだよ。ミーナとの約束を守るのか、国との約束を守るのか。もっともアドニスを人質にとったのはお前の決定権を奪うためだろう」
「僕は」
だが、それ以上の言葉がトーマスから聞こえてこなかった。
二人は前もってやり取りがあったのか意思疎通をさせていた。だが、レナルトにはその答えが見えてこない。
「わたしに聞きたいことはまだあるか?」
「あなたは何者なんですか?」
その言葉に彼は曖昧な笑みを浮かべる。
「それは言えないな。トーマスがお前と話をしたいようなので、席を外すよ。お前もトーマスに聞きたい事があるようだしな。わたしはしばらくはこの家にいるので、後から聞いてくれても構わない。答えられる範囲で答えるよ」
彼はそう言い放つと、レナルトの返答を待たずに部屋を出て行った。
レナルトはトーマスと目が合う。どう反応していいか分からず、頷くと目を逸らした。
「俺から聞きます。あなたの能力はヴァルクスで幾度となく耳にしたことがあります。巨大な魔力を持った少年だと。俺はあなたはケヴァドで英雄のような存在だと思っていた。だが、なぜあなたはこんなところに住み、魔力もそんなに少ないんだ?」
十年前のことを思いだし、冷静を装っていても心に荒波が立つ。レナルとは自分の語尾が乱暴になったのに気付き、これではいけないと言い聞かせる。
だが、トーマスは意外そうな顔でレナルトを見る。
「君は十年前、なぜケヴァドが手を引いたか知らないのか」
レナルトが眉根を寄せる。トーマスの問いかけはレナルトの予期せぬものだった。何とか退けたとマハトたちは言っていたのだ。だが、同時にマティアスが亡くなり、誰がどう退けたのかは一切触れられなかった。
「知りません」
「君はあの時は五歳か。その年だと無理もないだろうな」
トーマスは息を吐くと自嘲的な笑みを浮かべた。彼は自らの手を見つめる。
「僕は十年前の戦争で、ヴァルクスの人間を殺した。同時にケヴァドの人間もこの手にかけた。戦力を維持できなくなったケヴァドは引かざるおえなかった」
彼から聞かされた真実はレナルとにとって考えもしないことだった。




