Page0 告白
物心がついた時にはもうすでに父は居なかった。
「絶対に窓を開けてはなりません」
そう私を抱き締めて、震える声で何度も何度も繰り返し言う母の顔が帝位についた今でも忘れられない。
幼かった弟を何度羨ましく思ったか。
私はその時すでに私は外で何が行われてるのかを知っていた。
――処刑。
私の大叔父にあたる皇帝に父は愚かにも刃向かった。
時を待てばいい物を父は血迷った。
どんな理由があったのか、詳細には分からない。
ただただ、ざわめく民衆の声が耳障りだった。
「愚民を虫けら以外に何と見ろというんだ!?」
と、啜り泣く母に怒鳴ったものだ。
執行の時の独特の刃と刃が擦れる音は嫌に耳残りする。
もう20年近く前のことであるが、その音は他のどんな音よりも鮮明に蘇ってくる。
音だけで済んだのは幸いだった。母はあの日、私の記憶を守るのに必死であったのだ。
誰よりも心を痛めていた筈の彼女はその身が病に完全に蝕まれてしまうまで息子たちを守り続けた。
反逆者の烙印を捺された者の末路を知っていたのだろう。
しかし、その唯一の庇護者である母は父の公開処刑から数ヵ月後に死んだ。
トワルの雨が彼女の心を、そして身体を壊していった。
父があの時、刃向わなければトワルへ追放されていなかったはずだ。
臆病な大叔父がそうすると知っておきながら彼は何故行動を起こした?
私には分からない。
王族達は父が存在した事実を隠蔽した、己が権力惜しさに。
父が存在したことを示すのは本当に僅かにしか残されていない。
帰らぬことが多かったため、私も弟も彼については何も知らぬに等しい。
あの日、処刑を見た者は全て、他でもなく私の手にかかり死んだ。
呪われた刃、白龍刀を握る在りし日の私によって……。
あの刀だけが全ての真実を知っている。
父の目論みも、私の悪行も、さらには祖先達の生きた道も全てを知っているに違いない。
さあ、もう私も父を忘れなくてはならない。
かつて皇帝に刃を向けた者の名を他でもない皇帝が語ってはならない。
もう行こう、時間はないんだ。
あの日を知る者はもう居ないことになっている。つまりは、完全なる消滅だ。
さようなら父よ。
怨霊となることなく安らかに眠れ。
(Prince of betrayer=Aven・Zalk)