軍手
彼が私を恨んでいるかどうかなど、私は知らない。
彼は吸い込まれていったのだ。あの軍手に。
私の目の前で。
トラウマを植え付けられこそすれ、彼になんの危害を加えたわけでもない私が何故恨まれなければならない?
第一私は無二の親友を失ったんだ、彼だって私と離れて悲しんでいるはずだよ、優しい男だったから。
あれは冬の夜だった。私たちは酔っていた。
仕事の成功に、いや、私たちの才能に歓喜して。
ふらふらと通りを歩いた。そして彼がーーいや、私が?ーー軍手を見つけたんだ。
そうだ、彼が見つけたんだ。私のせいじゃない。
戯れに軍手を手にはめた。ひらひらっと右手を振った。
彼は笑った。私は怒っていた。
彼が私を馬鹿にしたのだ。いや違う、私は彼に嫉妬したのだ。彼の才能に。成功はしなかったが。
だから彼と飲んだのだ。成功を笑ったんだ。
軍手はなんだか暖かそうに見えた。私はそれを貸せと言った。
彼は笑ったまま突っ立っていた。貸してくれる気はないようだった。
奴にはもともとそういうところがあったからね。優しさという言葉からはほど遠い男だった。
私は彼の左手をつかんで軍手を奪おうとした。なのにつかんだと思った左手は消えていた。
消えていたんだ。
彼も驚いたようだった。
そのまま彼は消えたんだ。ああ、空が綺麗な夏だったんだ。今となってはどうして軍手をはめたのかも思い出せないがね。
しゅるるっと。
彼が消えて私は泣いたよ、そうだろう?一緒に成功に向け頑張ってきた仲間を失ったんだ。
それに彼は私の兄弟だったからな。
・・・なんだかやけに暗いな。
うん?ここかい?
君はそんなことも知らずに来たのか。ここは軍手の向こう側だよ。
なんたってあの時吸い込まれたのは、この私の方だったのだからな。