5 紫の少女(1)
「お母さん!このパン並べてくるね!」
「ありがとう、ミーテル」
出来立ての良い香りがするパンを棚に並べていると、『チリンッ』と来客を知らせるドアのベルが鳴った。
「いらっしゃいま…せ?」
ドアへ向かうと、紫色の髪をした少女が床に倒れ込んでいた。
服の至る所に血痕が付着しており、明らかに只事ではない。
と私は踵を返し両親の元へ駆け出した。
「ミーテル、この子の傷…酷いけど、見ても大丈夫?」
「うん、大丈夫」
意識のない少女をベッドに運び、お母さんが清潔な服に着替えさせる。
服を捲った瞬間、私は息を呑んだ。
腕や脚には痛々しい火傷の痕。そして、右腕が根本から失われ爛れていた。
「右腕は…誰かが焼いて止血をしたみたいね…こんな幼いのに…」
「……」
お母さんは言葉に詰まりながら、静かに服を戻した。
私は口で表現できない状態のこの子を助けたい。
「お母さん」
「えぇ、この子に力を使ってあげて」
私は人の傷を治す魔法を使える。余程の事がない限り、人に使ってはいけないと教えられてきたが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
「治癒 」
両手を少女に向け、魔力を込める。
淡い緑色の光が少女を包み込み、火傷と肩口の傷がゆっくりと元の肌へ戻っていく。
荒れていた呼吸も、やがて穏やかな寝息へと変わった。
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「リアお姉ちゃん!次これで遊ぼ!」
「マルク、だめ、リアは病み上がりなんだから」
翌朝、目を覚ましたリアと名乗る少女の傷は完治したが、ずっと表情は固く、心の傷の深さを感じさせた。
両親はリアが落ち着くまで家に置くことにしたようだった。
「積み木ですか、懐かしいですね」
私の3歳下の弟、『マルク』はリアの可愛いらしい容姿が気に入ったのか、ずっと側を離れない。リアは無表情で何を考えているのか分からないけど、声音は穏やかで、あれだけの傷を負ったとは思えないほど静かだった。
「高く積んで、倒れた方が負けだよ!」
「わかりました」
マルクとリアは順番に積み木を重ねていく。
リアは左手しか使えないが、特に気にしている様子は無かった。
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それから十日後。
頃合いを見て、両親と私はリアに何があったのかを尋ねることにした。
「リアちゃん、辛い事があったと思うけど…何があったか私達に教えてくれない?」
リアは表情を変えないまま、淡々と語り始めた。
「私はルカンタ王国の貴族令嬢でしたが、家が嫌いになり、出て行きました」
「貴族…」
「この国まで逃げたら私を探すのは困難になります、自殺を仄めかす遺書も置いてきましたので、大規模な捜索は行われないかと」
「本当に一人でここまで来たのかい?」
「はい、道中で盗賊に襲われましたが、隙を見て逃げ出してきました」
「「……」」
お母さんとお父さんは、黙って顔を見合わせていた。
私は貴族令嬢に対して無礼な態度を取っていたことに気付き、慌てて頭を下げた。
「えっと…リア様、今までの無礼をお許しください…」
「ミーテル、いつも通りで大丈夫です。私はもう平民以下の浮浪者ですから」
リアの言葉に胸が痛むと、両親は息を合わせた。
「あなた…」
「あぁ」
両親は静かに頷いた。
「今日からリアは、私達の家族になりなさい」
この日から、私の家族が一人増える事になった。
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桶で体を流し、私とリアが同時に湯船へ浸かると、お湯が縁から溢れ出た。
今日は一緒に薪の整理をして汗をかいたせいか、いつも以上にお風呂が心地よく感じる。
「一つ質問しても良い?」
私は足を伸ばしてくつろいでいるが、リアは膝を抱えてぼんやりとしていた。
「はい、何でもどうぞ」
「リアが傷ついちゃうかもだけど…」
「ミーテルは命の恩人ですから、何を言われても大丈夫です」
正面に座るリアの顔を見て、ずっと不思議に思っていたことを口にする。
「どうしていつも…怒っているような顔なの?」
「あぁ、これですか」
リアは口角を指で持ち上げる。
けれど、目は笑っておらず少し不気味に見えた。
「たぶん、生まれつきです。お父様がいつも無表情なのでそれが似たのかと」
「そうなんだ、お父様譲りなんだね」
「はい、心はいつも笑っていますよ」
「ほんとに?無理してない?」
無表情で笑っているなんて言われても、無理している様にしか見えない。
「ミーテルと一緒にいるだけで楽しいです、こんな穏やかな生活、屋敷では送れませんでした」
「そっかぁ…貴族様も大変なんだね」
「私の家が異常なだけです、参考にはなりませんよ」
私はそれ以上リアの家の事には触れない方がいいと思った。今の生活を穏やかに感じているなそれでいい。
「マルクの相手が大変だったら私に言ってね?」
「いえ、マルクは可愛くて良い子ですよ」
「うぅ…リアが来る前は私にベッタリだったのにっ!」
「なるほど、私に弟を取られた気がすると」
「そんなことは…あるかも」
「では、私が遊びたい時はミーテルを誘いますね」
「それはなんか違うようなっ!?」
こうしてリアは私たちの本当の家族として、穏やかな時間を過ごしていった。




