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1 転生したみたいです



 母の葬式を終え喪服を着た私『山口茜』はそのままベッドへ倒れ込んだ。

 悲しみもあったが、それ以上に長年の母の介護を終えた安堵が胸にあった。



(婚期を…逃しましたね…)



 20代頃、母が認知症を患い、家事や仕事に追われ恋愛どころではなかった。事務の仕事が終わると買い物を済ませ料理を作り、物忘れが増えた母の面倒を見る日々。そんな生活の繰り返しだった。



(それでも独りは…寂しい…)



 ブツッ__



 張り詰めた心の糸がプツリと切れた音がした。次の瞬間、激しい頭痛が襲い意識が遠のく。



(きゅ…救急車を…)



 ズキズキと視界がぼやける中で、手にしたスマホに番号を打ち込むことすら出来ず、意識を失った。



__



 芝生に色とりどりの花が咲き乱れる眩い光で、淡い紫の髪をした女の子が、私に微笑みかけている。



 バシッ!!



「聞いておられますか?リィティア嬢様ッ!」



 私は突如強く頬を叩かれ、手で触れてみるとズキズキと痛んだ。髪をきつく結び上げ、目を吊り上がった婦人の顔が目の前にあった。



「何を呆けていらっしゃるの?躾が足りないようですね」



 バシッ!!



 今度は右頬を叩かれる。痛みと困惑で体が固まった。



「主にバレるので、今日はこれくらいにしておいてあげます」

(この人…誰……?)

「分かりましたかッ!リィティア嬢様!」

「あ、はい…」



 リィティアと呼ばれている私は、話をとりあえず合わせることにした。



「明日のレッスンも気を抜かないように」

「分かりました…」



 婦人が部屋から去ると、私は周囲を見渡した。大きな黒板、部屋の中央に置かれた椅子と机が一つ。壁に立て掛けてある鏡を見てみると、幼い少女が無表情で写っていた。



「夢…でも、この感覚は現実…」



 原色に近い紫色の髪、ルビーの様に輝く赤い瞳。そして少し腫れている頬を摘んでみると痛みを感じる。



「この姿どこかで…リィティア…リィティア…!」



 思い出した、紫の髪と赤い瞳を持つリィティアといえば『聖女と魔法の学園生活』という恋愛ゲームに出てくる悪役令嬢『リィティア・ローク・ルージュ』というキャラだ。鏡に映る幼い姿が成長したら学校に通う悪役令嬢に育つ面影を感じられた。



(懐かしい、介護が始まる前は暇で良く恋愛ゲームを漁っていましたね)



 茜は昔やったゲームの思い出にふけると、このゲームがなかなか癖のあるゲームだったのを思い出した。



(好感度上げより戦闘が難しく、何度もゲームオーバーになりましたね…)



 RPGの様に敵を倒しレベリングをしないと、イベントやボスであっさりと敗北し、ペナルティで攻略対象の好感度も減少するという昔のゲーム特有の鬼畜仕様である。恋愛ゲーに興味がないゲーマーの間でも、難易度の高さとストーリーの過激さで一時期有名になった。



「どうして…私がリィティアになっているんですかッ…」



 それにどうも口角が上がらない。指で口の端を持ち上げてみるが変わらず表情が死んだ様であった。



「異世界転生…というより憑依?リィティアの記憶がありません…」


(リィティア…私の声が聞こえますか)



 心の中で何度か呼びかけてみるが反応なし。創作で良くみる展開だが、まさか私が当事者になってしまうとは。



「体を乗っ取ってしまって申し訳ない…」



 幼い少女の意識をゲームのキャラとはいえ、乗っ取ってしまった罪悪感で、誰に聞こえるでもない謝罪を呟いた。



「リィティア…厄災の悪役令嬢と言われる女」



 リィティアは他人の弱みに付け込み唆し、欲しいものはどんな手を使っても手に入れるキャラだった。主人公一行が魔王を倒した直後、魔王の力を胸に宿したリィティアが最後の障壁となって立ち塞がるのだが、強すぎて負けイベントだと錯覚したくらいだ。



「私や、この世界はどうなるのでしょうか…」



 真のラスボスとなったリィティアの姿は、鱗が身体を覆い尽くし、禍々しい羽と、鋭く曲がった角が2本生えているのだが、何十回も敗北して結局自分で倒せなくて、動画でエンディングを確認したのを思い出した。



(私は主人公達と敵対するつもりはない…)



「お嬢様、夕飯の準備をお願いします」



 ドアをノックして顔を出したメイド服の女性に私は驚いた。



(堀の深い外国人の顔とメイド服は似合いますね)



「お嬢様、いかがなされましたか?」

「いえ…わかりました」



 メイドは私に近寄って、膝をつき目線を合わせた。



「頬が少し赤くなっていますね…」



 メイドが私の頬を確認すると、心配そうに私の肩を撫でた。



「大丈夫です、そこまで痛くないので」

「そうですか…」



 目尻を下げたメイドが私の手を引いて廊下へ連れ出した。私は当然夕飯を食べる場所を知らないのでメイドの誘導に従う。



「……」

「……」



(リィティアは確か伯爵家でしたので夕飯は豪勢かもしれませんね)



 茜は、自分で夕飯の準備をしないで良いことに幸福を感じ、ルンルン気分で長い廊下を進んだ。

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