【第6章】未来人、工業規格に真っ向から喧嘩を売る
未来人は街外れの工業地域に向かった。
灰色の倉庫が並び、
道路には大型トラックが行き交う。
目的地は——
「○○地方工業規格センター」
と看板に書かれた建物だった。
未来人は迷いなく中へ入り、
受付に向かって言う。
「工業規格の最新ガイドラインを見学したい。」
受付の女性は少し困った顔をしたが、
未来人の落ち着いたスーツ姿を見て案内をしてくれた。
展示室には、
さまざまな部材サンプル、
規格化された寸法図、
JISやISOの標準表が並ぶ。
未来人はその全てを見渡し、
静かに呟いた。
「……この世界の“正しさ”は、
ここで決められているのか。」
◇ 未来人、規格寸法の前で固まる
壁に貼られた大きな一覧表。
“許容差 ±0.05mm”
“公差区分”
“標準外寸は不可”
未来人は指を滑らせるように
図表の縁を触りながら言う。
「なるほど……“ズレの殺し方”を体系化した場所か。」
案内役のスタッフが苦笑しながら言う。
「はい、規格が揃っていないと困りますからね。
大量生産も、建築も、精密機器も——
ズレがあると成り立たないんですよ。」
未来人は、無表情のまま振り返った。
「ズレがあると困るのではない。
“ズレに対処する能力がない社会になった”だけだ。」
スタッフが目を丸くする。
未来人は寸分の狂いもない規格サンプルを手に取る。
「これは“正しさ”ではない。
“揃えないと崩壊する脆弱な仕組み”の象徴だ。」
◇ 未来人、工業規格の本質を暴く
未来人はサンプルを棚に戻しながら言った。
「いいか。
規格というのは本来——」
未来人は空中に指で円を描いた。
「“互換性を確保するための最低限の約束”であるべきだ。」
そして、展示されている
規格サンプルの列を示しながら続けた。
「だが現代は違う。
“規格こそが正しさ”になっている。」
スタッフは口を挟む。
「正しさがないと、生産性が下がりますので……」
未来人は即座に切り捨てた。
「生産性に魂を売った結果が今の閉塞だろうが。」
スタッフが言葉を失う。
未来人は規格表を強く指差した。
◇ 規格は創造の敵ではない。しかし——
「規格そのものは悪くない。
だが、この世界は“規格外=間違い”と決めつけている。」
未来人は自分の胸に手を当てた。
「俺が未来で学んだのは、
“規格外こそ革新の種”だということだ。」
スタッフが小さく呟く。
「……規格外を許したら混乱しますよ?」
未来人はゆっくり歩き出す。
「混乱を恐れて、創造を捨てる社会。
だからイノベーションの速度が
指数関数的に遅れていく。」
未来人は足を止め、背中越しに言った。
「“揃える”ことでしか安心を得られない社会は、
揃わなくなった瞬間に崩壊する。」
スタッフは言い返せない。
未来人は展示室中央に立ち、
全ての規格表を見渡して宣言した。
◇ 未来人、工業規格そのものに宣告する
「お前たちは“誤差を許さない世界”を作ってしまった。
だが、誤差を殺す社会は、
未来を殺しているのと同義だ。」
未来人は手を広げた。
「誤差、歪み、ズレ。
それらは創造の入口だ。
だが規格は、
“入口そのもの”を塞いでしまった。」
スタッフが小さく尋ねる。
「……では、どうすれば?」
未来人は振り返り、
静かに言った。
「規格は“器”であって“正義”ではない。
規格に合わせるのではなく、
規格を“使いこなす”側になれ。」
そして最後にこう締める。
「規格は創造の土台であって、
創造の墓ではない。」
その言葉は展示室に深く響いた。
未来人はゆっくりと出口に向かう。




