【第5章】未来人、“欠陥のない社会”の危険性を講義する
喧騒のショッピングモールを離れ、
未来人が次に向かったのは、
市民講座が開かれている公民館の一室だった。
当日に空いていた「デザインと暮らし」の講座に
勝手に紛れ込んで椅子に座る。
講師がパワポを開いている間、
未来人は静かに資料を眺めていた。
スライドにはこう書かれている。
「良いデザインとは、
誰にとっても使いやすい形である。」
未来人は眉ひとつ動かさなかった。
講師が話し始めることを確認し、
未来人は手を挙げた。
「一つ確認したい。
“誰にとっても使いやすいデザイン”は、
本当に良いデザインなのか?」
講師と受講者全員の視線が集まる。
未来人は落ち着いて続けた。
◇ “使いやすさの最大化”が生む副作用
「確かに、誰もが使いやすい設計は重要だ。
だが——」
未来人はホワイトボードに
三角形を素早く描いた。
頂点A:使いやすさ
頂点B:個性
頂点C:創造性
「現代は、この三角形のAだけを肥大化させている。
その結果、BとCがほぼゼロになる。」
講師が戸惑いながら質問する。
「しかし、デザインは“使いやすさ”が第一では?」
未来人は頷きつつも、すぐに切り返した。
「その“第一”が
社会全体にとっての危険因子になるという話だ。」
受講者たちがざわつく。
◇ 欠陥を殺す社会は、人間を殺す
未来人はゆっくり立ち上がり、
ホワイトボードに “歪みの効用” と書いた。
「人間は“欠陥”によって
学習し、
発想し、
変化する。」
未来人は自身の胸を指した。
「仮に、人生から全ての誤差やミスをなくしたとしよう。
失敗しない。
歪まない。
ズレない。
悩まない。
迷わない。」
そして言う。
「それ、人間ではない。」
講師の手が止まる。
未来人は淡々と説明を続ける。
◇ 完璧を求める社会の三つの問題点
未来人は三本の指を立てた。
① 創造性が死ぬ
「創造とは、既存の枠を逸脱した瞬間に生まれる。
しかし現代社会は枠から外れた瞬間、
ミスや失敗として切り捨てる。」
② 多様性が死ぬ
「揃った世界では、
“違うもの”は存在価値を奪われる。
同じ見た目、同じ機能、同じ思想。
それは社会の免疫力を下げる。」
③ 未来が消える
「既に整ったものを再生産している限り、
未来は永遠に“過去のコピー”でしかない。」
未来人はゆっくりと手を下ろした。
◇ ズレとは、未来への“入口”
未来人はホワイトボードにもうひとつ、
小さな歪んだ円を描いた。
「これは“ズレ”だ。」
次に真円を描く。
「これは“正解”だ。」
未来人は
真円の内側をコンコンと叩いた。
「真円は閉じている。
この形の未来はただのコピーしかない。」
次に、歪んだ円を指した。
「だが歪みには、
“伸び代”と“未知”がある。」
未来人は静かに言う。
「未来に開いているのは、
完璧ではなく、
不完全のほうだ。」
講師は思わず笑ってしまう。
「……あなた、何者ですか?」
未来人は微笑みもせず、
「未来から来た、ただのズレたやつだ。」
とだけ言った。
◇ 最後の問題提起:
未来人は教室の中央に立ち、
全員に問いを投げた。
「言うまでもないが——
“欠陥を許さない社会”が目指しているのは
均一に管理できる家畜の群れだ。」
受講者たちの表情が固まる。
未来人は視線を走らせながら続けた。
「だが俺は、
“歪みを持ったまま進む人間”を
未来では尊重している。」
そして最後にこう締める。
「だから、お前たちに必要なのは
完璧ではなく“欠陥の思想化”だ。
欠陥を誇れ。
歪みを愛せ。
ズレを未来へ繋げろ。」
教室はしばらく静まり返っていた。
しかし、一人の学生が小さく呟く。
「……確かに、完璧って息苦しい。」
未来人は頷いた。
「気づいたならそれでいい。」
未来人は教室を出ながら呟く。
「次はもっと深く切り込むか。」




