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【第3章】未来人、現代社会の“完璧病”を体系的に分析する

美術館を出た未来人は、

その足で都市の中心部へ向かった。


休日のショッピングモール。

大量生産された家具、均一なディスプレイ、

テンプレート化されたカフェの内装。

どこを見ても“整いすぎ”ている。


未来人は静かに歩きながら目を細めた。


「……まるで“巨大なテンプレート”だな。」


建物は規格通り。

家具はSNS映えする角度に配置され。

客たちは同じ角度で撮影し、同じフィルターで加工する。


未来人はモールの吹き抜けを見上げた。


「この空間に“偶然”がひとつもない。」


強い批判ではない。

ただ状況を淡々と観察して事実として認めているだけだった。


しかし、その口調はどこか寂しげだ。


未来人はモールを出ると、次に住宅展示場へ足を運んだ。

そこでは数十種類の住宅が“一見違うようで全部同じ”造りをしている。


未来人は玄関に立ち、

壁の仕上げを指でなぞった。


「……均一な壁紙。均一な塗装。

誤差ゼロを目指すために、

材質の個性を全部殺してある。」


案内の営業が近づいてくる。


「お客様、新築をご検討ですか?

この壁紙は高耐久で汚れにくく……」


未来人はその言葉を遮るように、ゆっくり言った。


「“汚れにくい”という言葉を

美徳として売らなければならない社会なのか?」


営業は固まった。


未来人は続ける。


「この家、設計自由度が高いと言う割に、

どれも“正解の形”をなぞっている。

最初から答えを決められていて、

客に“選んだ気分”を与えるだけだ。」


営業は愛想笑いを浮かべて引きつっている。


未来人は気にも留めず、

靴を脱いでリビングに上がった。


一歩、床を踏む。


「音が死んでいる。」


営業「えっ?」


未来人「床材があまりに均質すぎるんだ。

空気が共鳴しない。

個性のある素材ほど“音”が出る。」


未来人は床に手をつき、

板の節目を探すような仕草をした。


「こういう“節”や“ムラ”が一切ない。

つまり、この家には“時間”が流れない。」


営業は完全に沈黙した。


未来人は一礼し、展示場を後にする。


夕方、未来人は高速道路の高架下に立っていた。


車が一定速度で流れ続ける。

道路照明は等間隔で、

影の長ささえほとんど同じ。


未来人は深く息を吸い込んだ。


「……現代社会の特徴が、だんだん見えてきたな。」


未来人は独り言のように話し始めた。


“均一”は安全の象徴とされている


“誤差”はすべて失敗の扱い


“揃っているもの”しか評価されない


テンプレから外れたものは恐れられる


差異を嫌うことで、創造性が根こそぎ死ぬ


未来人は目を細める。


「現代の美意識は、

“揃っていて当たり前”という前提を疑わない。

揃ってないと“欠陥品”、

歪んでると“間違い”、

ズレがあると“クオリティ不足”。」


未来人は高架の柱に手を触れながら続ける。


「資本主義は“再現性のある価値”を求めた。

その結果、

創造の余白は『リスク』として切り捨てられた。」


未来人は拳をゆっくり握った。


「だが――

“創造”は誤差から生まれるものだ。」


ここから、未来人の声の温度がほんの少しだけ下がる。


「揃いすぎた社会は、

揃っていないものを“バグ”と認識する。

揃えられないものは“淘汰の対象”になる。

これは資本主義が生んだ“完璧病”だ。」


風が吹き、未来人の上着の裾がなびく。


彼はその風の強弱さえ味わうように、

そっと目を閉じた。


「人間は本来、

揃っていないもののほうに惹かれるようにできている。

揃っているものは“既知”であり、

揃っていないものは“未知”だからだ。」


未来人は歩き出す。


「完璧を求める社会は、

“既知の世界の繰り返し”しか生み出せない。」


そして、ふっと微笑む。


「不完全こそ未来。

歪みこそ、創造の入口。」


未来人の足取りは軽かった。


だがその軽さは、

この先訪れる“怒りの爆発”の予兆だった。

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