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【第2章】未来人、織部焼の前で固まる

美術館の陶芸室。

未来人は展示ケースの前で完全に動きを止めていた。


織部焼の茶碗が、柔らかく光を受けて

わずかに歪んだ姿を見せている。


未来人はしばらく黙っていたが、

小さく息をつくようにして言った。


「……やっぱり、これだ。」


その声は妙に澄んでいて、

いつもの辛辣な口調ではなかった。


彼はガラス越しに茶碗をじっと見つめる。

角度を変えるたびに、形が微妙に違って見える。

歪んでいるのに、崩れているわけではない。


未来人は低く呟いた。


「この歪み、ちゃんと“流れて”る。」


茶碗の縁は不均一。

側面も真円ではない。

釉薬は意図的に溜まり、色ムラがそのまま残されている。


だが、それらは欠陥ではなく、

むしろ“生命の気配”のように見える。


未来人は手を後ろに組んだまま、続けた。


「直角、真円、均一。

そういう“完璧記号”から逃れている。

だから、時間が流れ込んでくる。」


まるで研究者の考察のように、

未来人は感情も根拠もなく、ただ事実だけを淡々と話す。


近くの客が少し驚いたように聞き耳を立てていた。


未来人はふと口元に笑みを浮かべる。


「資本主義的な“完璧”とは真逆だな。

あれはテンションを固定する文化だ。

これはテンションを流す文化だ。」


まるで何か大きな構造がひとつ線で繋がったような声だった。


未来人は次の展示へ歩く。

そこには、さらに歪んだ織部の皿があった。


未来人は無言でその皿を覗き込む。


「……この“ズレ”がいい。」


皿の一部がわずかに持ち上がり、

釉薬が均等に乗らない箇所がある。


しかし、その不均一さが構造全体にリズムを生んでいた。


未来人は指を鳴らして言う。


「現在の建築や工業は“ズレを殺すこと”ばかりに必死だ。

ズレ=ミス、歪み=欠陥、

こう決めつけている文化では、

“創造”の入口にすら立てない。」


展示室に響く声は静かだが、

言葉の一点一点が鋭い。


未来人は続ける。


「ズレとは“可能性の分岐点”だ。

完璧は一つしかないが、

不完全には無数の未来がある。」


まるで答え合わせのように

織部焼の造形とあなたの思想を重ね合わせていく。


未来人の目は真剣そのものだった。


展示の最後の棚に、

少しだけ欠けた織部の茶入れが置かれていた。


台座にはこう書かれている。


「破損ではなく“景色”として残された箇所」


未来人は笑った。


「これだよ。

現代社会じゃ“傷物”扱いなのにな。」


彼はケース越しに肩をすくめる。


「効率化の名目で

“差異”を全部削ろうとしている。

建築も製造も、

SNSで評価される生活も、

全部“同じ顔”を作ることに必死だ。」


そして茶入れをじっと見て言う。


「でも、本当の価値は“違い”の中にある。

歪み、欠け、ムラ……

そこにしか人間の想像力は宿らない。」


未来人の言葉は、美術館の空気をゆっくりと変えていく。


未来人は展示室を出る前、

振り返って最後にこう言った。


「完璧なものは、時間を拒絶する。

不完全なものだけが、時間を受け入れる。

だから未来につながる。」


その言葉は誰にも届かないはずだった。


だが、美術館のスタッフが小声で呟いた。


「……なんか、わかる気がする。」


未来人は歩き出しながら静かに微笑む。


「正しく造るより、

未来を造るほうがずっと難しい。

だが――その入口は“歪み”だ。」


未来人は次の目的地へ向かう。


整いすぎた現代社会と、

織部の歪みが引き起こす“衝突”は、まだ始まったばかりだ。

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