【第1章】未来人、建築基準書を開いて10秒で絶望する
未来人、建築基準書を開いて10秒で絶望する**
未来人は、建築基準法の分厚い書籍を開いた瞬間に、
まるで世界の終わりでも見たかのように顔をしかめた。
「……これは、資料というより“呪いの書”だな。」
ページをめくるたびに、
異常なほど細かい寸法、角度、直角、許容差、規格番号が並ぶ。
「直角は直角でなければならない。
誤差±0.3ミリ以内……?」
未来人は本を閉じて机に叩きつけた。
「自然界に直角なんて存在しないのに、
なぜ“建築”だけ完璧じゃなきゃいけないんだ?」
表情は完全に呆れている。
興味ではなく“徒労感”しか浮かんでいない。
未来人は建築事務所を出ると、
すぐに近くの工場へ向かった。
「まあ、工業も似たようなものだろう。」
ラインを流れる製品を見て、未来人はさらに表情を曇らせる。
「全部、同じ形。
同じ角度。同じ質感。同じサイズ。
……これはもう、美ではなく“記号”だ。」
職人が遠慮がちに説明する。
「いや、均一じゃないとクレームになるんですよ……。
ひとつだけ歪んでると、それだけで返品で……」
未来人は軽くため息をついた。
「“均一であること”が価値だと錯覚しすぎだ。
生き物が全員同じ形で生まれてくるならともかく、
“違い”を排除した瞬間、創造は消える。」
そして工場の端材を拾って、
その場で適当に組み合わせて茶碗のようなものを作る。
本当に適当に手で押しつぶしただけなのに、
妙にバランスの取れた造形になっている。
職人は困惑して言う。
「いや、その……ぐちゃぐちゃじゃないですか……?」
未来人は淡々と言い返す。
「“ぐちゃぐちゃ”じゃない。
これは“意図的な歪み”だ。
完璧な同一性より、偶然性のほうがよっぽど情報を持っている。」
工場を出て神社の石段に腰を下ろし、
未来人はSNSを開く。
整った部屋、整った顔、整った生活。
均一で曇りひとつない“完璧な展示物”が延々と流れてくる。
未来人はすぐにスマホを閉じた。
「これじゃ人間が“製品”だ。
整っていることが善で、
少しでも歪んだものは悪だと決めつける。
こんな社会、創造が育つわけがない。」
しばらく空を見上げた後、
未来人は小さく呟いた。
「そろそろ“本物”を見に行くか。」
向かった先は、美術館。
目的はたったひとつ。
織部焼。
不完全の美。
“歪みの思想”。
未来人は歩きながら続ける。
「完璧への執着は文明を殺す。
歪みを許せる文化だけが未来へ進む。」
そして未来人は美術館の扉を開いた。
ここから
“織部好み”という美学と、
“完璧病”に侵された現代の価値観が激突する。
未来人の怒りは、まだ序章にすぎなかった。




