表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【短編集】亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる  作者: Tsuyuri -露-


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/29

【幼少期】兄に贈る花束



フェルディナ王国の春は、やわらかな風が吹き抜ける。

王城の中庭には花々が咲き誇り、陽の光に照らされてキラキラと揺れていた。


イエレナはその日、庭のベンチにちょこんと座って、

頬杖をつきながら空を見上げていた。


「うーん……どうしようかなぁ……」


もうすぐ、アズの誕生日。

毎年こっそりプレゼントを用意してきたけれど、

今年はなかなか“これだ!”と思うものが見つからない。


去年は手作りのハンカチ。

その前は折り紙で作った王冠とお手紙。

さらにその前は、似顔絵を描いて渡した。


アズはいつも「ありがとう」って言って、やさしく笑う。

春の陽みたいなその笑顔が、イエレナはだいすきだった。


でも――その奥に、少しだけ照れが混じっているのを知っている。


(……もっと、ほんとうに嬉しそうに笑ってほしいのに)


小さな手で頬を包みながら、イエレナはふうっとため息をついた。


その時――ふと思い出す。

少し前に、森の奥で見た、あの“光る花”のこと。


木漏れ日の中、ひとりで散歩していたときに見つけた。

淡い光をまとって揺れるその花は、ほかのどの花よりもきれいで、

思わず手を伸ばしたくなるほどだった。


「……あれだ!」


イエレナはぱっと顔を上げ、目を輝かせた。

胸の奥がわくわくでいっぱいになる。


「あれなら、きっと泣いて喜んじゃうね!」


小さな靴音を響かせながら、イエレナは駆け出した。

春の風に金の髪がふわりと揺れる。


向かう先は――森の奥。

“アズがいちばん笑顔になる花束”を見つけに行くために。



 ◇ ◇ ◇



森へと続く小道を、イエレナは軽い足取りで進んでいった。

風が頬をなで、陽の光が髪に反射してきらきら光る。


フェルディナの街は、今日も穏やかだった。

白い壁の家と赤茶の屋根、石畳の道の脇には小さな花が咲き、

水路では魚たちが気ままに泳いでいる。


――けれど、イエレナが一番好きなのは、森。


王城の外れにあるその森は、

誰もが“精霊の棲む場所”と呼んで少し怖がるけれど、

イエレナにとっては、どこか懐かしい安心の場所だった。


(……みんな、今日もいるかな?)


森に一歩足を踏み入れると、空気が少しだけ変わる。

冷たくて、それでいてやさしい。

耳の奥で“何か”が囁いた気がして、イエレナは立ち止まった。


「……え?」


風の音に混ざって、小さな笑い声のような響きがする。

木の枝が揺れて、葉の影が踊る。


“――こっちだよ。”


風がそう言った気がして、イエレナはぱちりと瞬いた。

「……こっち?」と小さくつぶやきながら、草をかき分けて進む。


(……呼ばれてる気がする)


不思議と怖くはなかった。

胸の奥がほんのりあたたかくなって、足取りが軽くなる。


そうして進むうちに、森の奥が少しずつ明るくなっていく。

木々の間から、淡い光がこぼれ始め――


やがて視界が開けた。


そこには、澄んだ水を湛える湖。

湖の中央には、白い石でできた古びた神殿が佇んでいた。


風が止み、静けさが訪れる。

湖面には空が映り込み、まるで地上と天が一つに溶けたようだった。


「……やっぱり、ここだ」


イエレナは小さく呟いた。

森の奥で偶然見つけた、あの不思議な場所――“精霊の神域”。

今日も変わらず、淡い光に包まれている。


足元を見ると、岩の隙間に小さく光る花が咲いていた。

淡い金色の光をまとい、まるで呼吸しているみたいに揺れている。


「きれい……」


イエレナはそっとしゃがみこんで、花に手を伸ばした。

指先が触れた瞬間――ふっと、風が通り抜ける。


“――それ、どうするの?”


頭の奥に、やさしい声がふわりと響いた気がした。

風のようで、水のようで――けれど確かに“誰か”の声。


イエレナは驚くでもなく、自然に頷いた。


「今日、アズのたんじょうびなの。

 これをプレゼントしたら、きっと……泣いて喜んじゃうね!」


その言葉に応えるように、光がふわりと瞬いた。

花弁が小さく揺れ、湖面に散った光がイエレナの頬を淡く照らす。


風がやさしく吹き抜け、木々がざわめいた。

まるで――森全体が、彼女の想いに頷いたように。


イエレナは両手でそっと花を包み込む。

光をまとう花弁が、手のひらの中でかすかに鼓動するように脈打っていた。


「わぁ……かわいい……」


花を胸に抱えたまま、イエレナはしばらく見惚れていた。

けれど、ふと顔を上げると――湖のほとりには、まだたくさんの花が咲いていた。


「……うーん。これだけじゃ、ちょっとさみしいかも」


思いついたように、イエレナは笑った。


「花かんむりも作ったら、もっと喜んでくれるかも!」


そう言って、せっせと花を摘み始める。

小さな手で茎を編みながら、森の中で鼻歌を歌う。

いつの間にか、光の粒たちがその周りをくるくると舞っていた。


(なんだか……たのしい)


イエレナは笑いながら、精霊たちと遊び始めた。

ふわりと漂う光、手のひらに落ちる淡いぬくもり。

時間が過ぎていくのも、気づかないほどに夢中だった。


――そして、ふと気づけば。


森はもう、夕暮れ色に染まり始めていた。


「……あっ! たいへんっ!」


慌てて立ち上がり、花束と花かんむりを抱えて駆け出す。

でも、森の道は昼間と違って暗く、どこを通ってきたのかも思い出せない。


「……えっと……こっち……かな……?」


心細さを押し隠しながら歩き出す。

けれど足元の根に躓いて転び、枝に袖を引っかけ、

気づけばドレスは泥だらけ。


それでも、必死に出口を探した。


(アズ、待ってるのに……)


やっとのことで森の端が見えたころには、

イエレナの髪も服もぐしゃぐしゃで、

抱えていた花束も花かんむりも、しおれてぐったりしていた。


「……これじゃあ、アズがよろこんでくれない……」


唇を噛みしめ、涙がこぼれそうになる。

小さな肩を震わせながら、イエレナはそっと花束を見つめた。


「……がんばったのに……」


小さな声でそう呟くと、どこからか淡い光がひとつ、またひとつ。

まるで慰めるように、彼女の周りにふわりと集まってきた。


(……せいれいさん……?)


光たちは、花束と花冠のまわりをくるくると舞う。

摘まれた花にそっと触れるように、やさしく漂っていた。


イエレナは息を呑んで見つめながら、小さく囁いた。


「元気にならないかな……」


その瞬間――。


花々が淡く光を帯び、ゆっくりと色を取り戻していく。

しおれていた花びらがふわりと立ち上がり、瑞々しい香りが辺りに満ちた。


「わぁ!! せいれいさんがやってくれたの?! ありがとう!!」


イエレナはにこにこしながら花束を抱きしめ、光に手を振った。

そのまま、駆け出す。


森を抜けて城へ戻る道――

夕暮れの光の中、泥だらけのスカートをひらひらさせながら走っていく小さな姿は、

まるで光そのものだった。


城門にたどり着くころには、空はすっかり夜色に変わっていた。

息を弾ませながら中へ入ると、城内はやけに慌ただしい。

兵士たちや侍女が駆け回り、ざわめきが広がっていた。


「……何かあったのかな?」


首を傾げるイエレナの背後から、

低くてよく通る声が響いた。


「――何かあったかな、じゃないだろ! イェナ!!」


「ひゃっ――!」


ビクッとして振り向くと、

やや赤みのあるホワイトブロンドの髪を乱したアズベルトが、

怒りと安堵が入り混じった顔でこちらに歩いてきた。


「あっ、アズ!」


ぱっと笑顔を向けた瞬間――


「また勝手にどこ行ってた?! 城中大騒ぎだよ!」


その声に、イエレナの肩がすくんだ。


「あ……ご、ごめんなさい……」


イエレナがしゅんと縮こまる。

アズベルトは彼女の泥だらけのドレスと、枝が絡まった髪を見て、

盛大にため息をついた。


「……また森に行ってたの?」


「……うん」


「行くなら、ちゃんと護衛つけて。何かあってからじゃ遅いんだよ?」


声は叱責よりも、心底の心配が滲んでいた。


「……はい。ごめんなさい……」


小さな声で謝ると、イエレナの肩がしゅんと落ちた。

うつむいたまま、指先をきゅっと握りしめている。


アズベルトは、その様子に息をつき――わずかに表情を和らげた。


「……それで?」

声の調子を落としながら、できるだけ穏やかに尋ねる。

「何してたの、こんな時間まで」


イエレナは唇をぎゅっと結び、視線を足元に落とした。

目の縁がうるんで、小さな声がこぼれる。


「……今日、アズの……たんじょうびだから……」


その言葉に、アズベルトが瞬きをする。

「……え?」


「だから……作ってきたの。プレゼント」


震える手で、イエレナはそっと胸の前に差し出した。

小さな掌の上には――淡く光をまとう花束と花冠。


森で摘み、しおれかけていたはずの花々が、

今はまるで夜明けのように優しい光を放っていた。


アズベルトは思わず息を呑んだ。

花びらの端にまだ泥がついているのに、

それが不思議と、いっそう美しく見える。


「……これ、森で?」


イエレナはこくんとうなずく。

少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑って言った。


「途中でね、しおれちゃったの。

 でも……せいれいさんが助けてくれたの!」


泣きそうだった顔に、ぱっと光が戻る。

小さな笑みが花のように咲いて、胸の奥まであたたかくなるようだった。


アズベルトは静かに見つめながら、ふっと息を吐く。

――これは、精霊の力じゃない。


花を包む光は、妹の手の中から生まれている。

けれど、その事実を口にはせず、ただ優しく微笑んだ。


「……ううん。ありがとう、イェナ。とてもきれいだ」


その一言で、イエレナの顔がぱっと明るくなる。

涙の跡もすぐに消えて、胸を張って花束を押し出した。


「でしょ! がんばって作ったの!」


アズベルトは思わず笑い、膝をついて目線を合わせる。

その瞳に映る笑顔は、どんな宝石よりもまぶしかった。


「……俺に、くれるの?」


「うん!」


迷いのない返事に、アズベルトはふっと息を漏らして笑った。

困ったように眉を下げながらも、その瞳はどこか優しい。


「じゃあ……せっかくだし」


と言って、ゆっくりと頭を差し出す。


「つけていいの?」


「もちろん」


嬉しそうに頷いたイエレナは、

小さな手で花冠を持ち上げ、慎重にアズベルトの頭に乗せた。


花がひとつ、揺れる。

それでも彼女は満足げに笑い、胸の前で小さく手をぎゅっと握った。


アズベルトが顔を上げ、柔らかく微笑む。


「……どう?」


イエレナは少しの間見つめてから、ふにゃっと笑った。


「へへっ、似合うよ!」


イエレナはそのまま、花冠を見上げて声を弾ませた。


「たんじょうび、おめでとう! アズ!」


次の瞬間、イエレナは勢いよく抱きついた。

頭の上の花冠がずれて、ひとつの花がふわりと落ちる。

それを見て、アズベルトは小さく笑った。


少し驚いたように息をのんだ彼も、

やがてそっと腕を回して、妹の小さな背中を抱き返した。


「……ありがとう、イェナ」


やさしく頭を撫でながら、彼はそっと花冠を外し、

その落ちた花を拾い上げてイエレナの髪の上にそっと挿した。


「こっちはイェナに似合うよ。」


イエレナが嬉しそうに笑うと、

アズベルトは改めて花束を受け取り、胸に抱きしめた。


「この花、部屋に飾っておくね。……見るたびに、きっと笑顔になる。」


そう言ってイエレナの頭を軽く撫でる。

その手つきは、まるで壊れものに触れるように優しかった。


その夜――

アズベルトの部屋の窓辺には、淡く光る花束が飾られていた。

月明かりを受けて、花弁が小さく瞬く。


それはまるで、

妹の無邪気な笑顔がそこに咲き続けているようだった。



(了)

もし気に入っていただけたら、本編もそっと覗いてみてください。


▼本編はこちら

『亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる』

https://ncode.syosetu.com/n4630lg/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ