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【短編集】亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる  作者: Tsuyuri -露-


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雪に埋もれた午後 〜辺境地の庭より〜


昼下がりの空は白く霞み、

辺境地の屋敷の庭一面に、やわらかな雪が降り積もっていた。

静寂の中、風ひとつなく、舞い落ちる雪だけが音もなく世界を染めていく。


「ねぇイェナ! 外、真っ白だよ!」


リリュエルが窓辺で弾むように叫び、羽をぱたぱたと揺らした。

その様子にギウンが笑って立ち上がる。


「こりゃ行くしかないよな!なぁ、アウル!」


「……仕事の合間の話ですよね?」


「堅いこと言うなって! 雪は今しか降ってないんだから!」


呆れ半分のアウルに、ギウンは笑いながら厚手のマントを羽織る。

その仕草はまるで子どものように軽快で、見ているだけで空気が少し和んだ。


イエレナはそのやり取りにくすっと笑みをこぼす。


「なんだか楽しそう」


「イェナも行こうよー!」


リリュエルがぱたぱたと羽を揺らしながら飛び寄り、

イエレナの腕をぐいっと引いた。


「えっ、私も?」


戸惑いながらも、その声にはどこか嬉しさが混じっていた。

彼女はそっと暖炉の方へ視線を向ける。


炎の前では、セレストが書類を閉じていた。

ぱちぱちと火が弾ける音の中で、彼は顔を上げる。


橙の光が銀白の髪に反射し、

その瑠璃の瞳にはやわらかな笑みが浮かんでいた。


「イェナも行っておいで。

 風も穏やかだし――でも、寒いから、ちゃんと温かくしてね」


その声は、

炎よりもずっと穏やかで、

胸の奥にじんわり沁みる温度を帯びていた。


イエレナは、思わず頬をふわりと染める。


「……じゃあ、少しだけ」


その一言を待っていました、と言わんばかりに――


「よーし決まりっ!」


リリュエルがくるくると宙を舞い、

同時にギウンが大きな声を上げた。


「うっし! アウルも行くぞ!」


「……まったく。

 子ども二人と、姫様のお世話ですか」


心底呆れたようなアウルの声に、

ギウンは悪戯っぽく口端を吊り上げる。


「そんなこと言っていいのかな〜?

 雪合戦の最初の標的、決まりだな!」


「……はぁ。

 その挑発、後悔させますよ」


淡々と答えながらも、アウルの口元はわずかに緩んでいた。

ギウンは嬉しそうに笑い、リリュエルと競うように玄関へ向かう。


「いっちばーん!」


「待てってリリュエル! ずりぃぞ!」


廊下の向こうから、弾むような声が遠ざかっていく。

その様子を見送りながら、アウルは小さく息をついた。


「……まったく。騎士の品位が疑われますね」


そう言い残しながらも、

アウルは手袋をきちんとはめ、外套の襟を正して歩き出す。

動きに迷いはなく――

結局のところ、誰よりも真面目に付き合うつもりなのが見て取れた。


その背が廊下の奥へ消えていくのを見送り、

イエレナは我に返って、慌ててマントを羽織る。


少し冷えた空気が、指先に触れた、その時。


背後から――

暖炉の炎に溶け込むような、低くて柔らかな声が届く。


「イェナ」


振り返ると、

揺れる炎の明かりの中に、セレストが立っていた。


くすくすと笑いながら、

ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


そして、その手にあるのは――

淡い灰青色の、見覚えのあるマフラー。


「……まだ寒いよ」


そう言って、

イエレナの首元へそっと近づき、

指先で布を広げる。


「温かくして。……ね?」


問いかけるようなその声音は、

大切なものを包むみたいに、

やさしかった。


そっとイエレナの首元に巻かれる布地。

ふわりとした手触りが頬をかすめ、彼の指先が軽く結び目を整える。


指が触れた一瞬、イエレナの胸が小さく跳ねた。

顔を上げると、セレストの瑠璃の瞳が穏やかに揺れている。


「君が風邪をひいたら、僕が困るからね」


「……ありがとう、セス。あったかい」


イエレナの言葉に、セレストは微笑んで小さく頷いた。


「それはよかった」


そう言って、彼はイエレナの髪をそっと撫でる。

指先が離れたあとも、そこには確かにぬくもりが残っていた。


「いってらっしゃい、イェナ」


暖炉の火がぱち、と弾けた。

その音に背中を押されるように、イエレナは微笑んで外へ向かう。

扉の向こうでは、雪がやわらかく舞い続けていた。



 ◇ ◇ ◇



外に出ると、世界は白銀に染まっていた。

踏みしめるたびに雪がきゅっきゅっと鳴り、

吐く息が光に溶けていく。


「わぁ……!」


イエレナの瞳が輝く。

厚手のコートに手袋、そしてセレストのマフラー。

その姿は、雪の中で灯りのようにあたたかかった。


「イェナ、見ててね!」


リリュエルの声とともに――ぽすっ。

雪玉がイエレナの肩に直撃した。


「きゃっ……冷たい!」


「ボクの勝ち〜!」


「おいおい、フェアじゃねぇぞリリュエル!」


ギウンが笑いながら雪をかき集め、

にやりと笑って腕を振りかぶる。


「くらえぇ!」


どさっ。雪玉がリリュエルの背に命中。


「きゃあっ!?」


「命中~♪」


勝ち誇った声と、弾ける笑い。

いつの間にか、即席の雪合戦が始まっていた。


白い雪が舞い、

笑い声が夜の空気を弾ませる。


少し離れた場所で、その様子を見ていたアウルが、

小さく息を吐いた。


ギウンが大声を上げて突撃すると、

リリュエルも負けじと小さな雪玉を抱えて飛び回る。


「ボクも参戦ーっ!」

「やめろってリリュエル! 味方撃ちすんなぁ!?」


アウルの冷静な投擲、ギウンの豪快な反撃、

リリュエルの無差別攻撃――

もはや誰が敵で誰が味方か、分からなくなっていた。


イエレナはその様子にくすくす笑いながら、

リリュエルの手伝いで小さな雪玉をこしらえる。

手袋越しでも、雪の冷たさが指先に心地よかった。


「みんな、ほんと元気だね……」


そう呟いて、ふと視線を巡らせる。


少し離れた場所――

庭の端で、セレストは静かにその光景を眺めていた。


騒ぎに加わるでもなく、

ただ、皆が楽しそうにしている様子を見守るように。


銀白の髪に、ひとひら。

舞い落ちた雪が淡く光を帯びる。


その瞬間、視線が重なった。


セレストが、気づいたとでも言うように

にこりと微笑む。


胸の奥が、ふっと緩む。


――けれど。


「セスも混ざろーっ!」


リリュエルの元気な掛け声が響いた、その刹那。


――ぽすっ。


ギウンが放った雪玉は、

見事にセレストの肩へ命中した。


「……あ」


ほんの一拍。


空気が、ぴしりと凍りつく。


ギウンは「あっ」と声を漏らし、

リリュエルは反射的にギウンの背中へ隠れ、

アウルは静かに額へ手を当て、深くため息をついた。


セレストはゆっくりと肩の雪を払うと、

穏やかに――けれど確かに目を細めた。


「僕も参戦ってことでいいね?」


その掌に、静かに魔力が集まる。

足元の雪がふわりと浮かび、

淡い光を帯びながら、滑らかに丸い形を成していく。


やけに綺麗で、やけに静かだった。


「避けるなよ? ギウン」


にこり、と笑った次の瞬間――


「ちょ、ちょっと待っ――」


――どさっ! どさっ! どさっ!


「ぎゃああっ!?」


光を纏った雪玉が、容赦なく降り注ぐ。


ギウンは悲鳴を上げながら雪の上を転がり、

リリュエルは「きゃあああ!?」と叫びながら必死に宙を舞い、

アウルは冷静に回避しようとして――


「……っ」


なぜか、綺麗に巻き添えを食らった。


「……殿下。さすがに、それは反則です」


雪を払いつつ淡々と告げるアウルに、

セレストは首を傾げて答える。


「戦場に反則はないって、ギウンが言ってたよ」


「言ったか!? 言ったなー!?

 ……でも今、取り消しますーッ!!」


「うーん。それは出来ないかな」


柔らかな声と同時に、

新たな雪玉が淡く光って放たれる。


「うわああっ!?

 やっぱ反則だってぇぇぇ!」


悲鳴と笑い声が入り混じり、

白銀の庭に、冬の陽だまりのような温もりが広がっていった。


やがて。


全員が雪まみれになり、

その場にへたり込む。


息を弾ませ、頬を赤く染めながら――


「ふふっ……すごく、楽しかった!」


頬を赤らめながら笑うイエレナに、

セレストが「風邪をひくよ」と微笑んで手を差し伸べた。


「……へくしっ!」


ぴたりと、全員の動きが止まる。


「「「…………」」」


イエレナが恥ずかしそうに頬を押さえ、

「だ、大丈夫だから……!」と笑う。


だがギウンは「撤収ー!!」と大声を上げ、

アウルが「屋敷に戻ります」と真顔で指揮を執る。

リリュエルがふわりとイエレナの肩に舞い降りて、

セレストはくすりと笑いながら、

そっと彼女の背に手を添えた。


「帰ろう、イェナ。ホットミルクでも飲んで温まろう」


セレストのやわらかな声が、

冬の空気よりも温かく胸にしみた。


イエレナは頬を赤くしたまま、小さく頷く。


「……うん」


歩き出した彼女の肩に、

ふわりと舞い降りた雪の結晶が光を受けて溶けていく。


屋敷の扉が開き、暖炉の灯りが二人を包み込んだ。

その温もりの中で――

冬の午後は、穏やかな笑い声と共に、静かに幕を閉じた。



(了)

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