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【短編集】亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる  作者: Tsuyuri -露-


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17/31

【特別編】雪明かりの精霊祭 〜辺境地の冬〜

明日はクリスマス。


今日は、ささやかな気持ちを込めて――

本編とは少し離れた時間軸で描く、

冬至の夜に行われる精霊祭の【特別編】をお届けします。


雪と灯りに包まれた辺境地の夜が、

皆さまにとっても、

少しあたたかな時間になりますように。


良い夜を。



暖炉の火がぱちぱちと弾け、

辺境の屋敷のリビングには、やわらかな橙の光が満ちていた。


イエレナとリリュエルは、騎士たちの指示に従いながら飾り付けの真っ最中だった。


「姫さん、そこのリボン、もうちょい上っす!」

「え、えっと……こう?」

「いや、もうちょい右! ……あっ、今度は下すぎる!」


ギウンの声に、イエレナはあたふたと脚立の上で位置を直す。

その横では、リリュエルが「ボクがやる〜!」と宙に浮かび、

金糸の星を好き勝手に貼りつけていた。


「リリュエル、そこは左右のバランスが……」

「バランスってなぁに?」

「……もう、君たち二人でやった方が早そうだね」


アウルが静かに額を押さえ、

セレストは暖炉の前で微笑ましそうにそれを眺めていた。


イエレナは手を止めて、ちらりと振り返る。


「……こういう飾り付け、アストレアでは毎年やるの?」

「そうっす、もうすぐ冬至ですから」


ギウンがうなずき、セレストが補うように口を開いた。


「アストレアでは、冬至の日を“聖星祭せいせいさい”って言ってね。

 精霊たちに感謝を捧げて、灯りを飾り、贈り物を交わす日なんだ」


「贈り物……?」


イエレナが首を傾げ、リリュエルも羽をぱたぱた揺らす。


「どんなものを贈るの?」


「灯りを分け合うように、互いを想って贈る――そんな風習なんだ。

 もともとは北方の小国で始まった祭りだけど、

 いまではアストレアでも冬の定番行事になってる」


「へぇ〜!他の国の風習だったんだ!」


「なんでもいいの?」

「うん。気持ちがこもっていればね」


「じゃあ、ボクからイェナにプレゼントする!」


リリュエルが弾む声で言うと、

イエレナは驚きのあまり目を瞬かせた。


「えっ?」


「イェナ、目を閉じて?」

「う、うん……?」


小さな光がふわりと舞い、

リリュエルの指先から金と白の粒子が零れる。

イエレナの髪に宿った光は、雪の結晶のようにかすかに揺らめき、

いつも留めているシンプルな髪飾りを包み込んだ。


やがて光が落ち着くと、そこには雪と花をかたどった

世界にひとつだけの髪飾りが生まれていた。


「……これ、リリュエルが?」

「うんっ!ボクの“祝福のきらめき”入り!気に入った?」


イエレナはそっと髪飾りに触れ、微笑んだ。


「……すごく可愛い。ありがとう、リリュエル」

「えへへっ! ボクもアストレアの風習にならってみたの!」


リビングに笑い声が広がる。

ギウンが鍋の蓋を開けながら顔を出した。


「そうそう、聖星祭といえば街ではホットワインを飲むんですよ。

 果実と香辛料を煮込んだ、体の芯まで温まる飲み物です」


「ホットワイン?」イエレナの瞳が輝く。


アウルが咳払いをして低く言う。


「……ですが、セレスト様には絶対に飲ませてはいけません」


「え?」


アウルの声はいつになく真剣だった。

イエレナがきょとんとする間に、彼は淡々と続ける。


「楽しい時間が――混沌化しますので」

「アウル、それ言うなって!」


ギウンが慌てて鍋をかき混ぜ、金の匙がカンと鳴る。

イエレナは瞬きを繰り返しながら、(混沌化……?)と内心で首をかしげた。


セレストはそんなやり取りを横目に、

まるで他人事のように柔らかな笑みを浮かべる。


「僕も飲んでみたいんだけどね」


そのひと言に――。


「「……っ!!」」


ギウンとアウルが同時に青ざめた。

ギウンはお玉を落とし、アウルは硬直。


イエレナはようやく(あ、これ本気でダメなやつだ)と悟る。


けれどセレストは意に介した様子もなく、

少しだけ楽しげにイエレナの顔を覗き込んだ。


「……今夜、街でも聖星祭のイベントをやってるんだ。

 灯りも出て、ホットワインも売ってると思うよ。――行ってみる?」


「……え、いいの? 行ってみたい!」


イエレナの瞳がぱっと輝く。

その無邪気な笑顔に、セレストは穏やかに頷いた。

だが、すぐ後ろから低い声。


「……セレスト様が飲まないよう、絶対に目を離さないでください」


アウルの真剣な表情に、イエレナは背筋を伸ばした。


「……う、うん。気をつけるね」


「絶対ですよ」


念押しの一言。

イエレナは「わ、わかった」と苦笑しながら、深く頷くしかなかった。


「アウルの顔こわ〜い!」


リリュエルの軽やかな声が宙を舞い、

その場の空気がようやくやわらぐ。


セレストが肩を揺らして笑い、

ギウンが鍋をかき混ぜながら安堵のため息をついた。


暖炉の火がぱちぱちと弾け、

外では、静かに雪が舞い始めていた。



 ◇ ◇ ◇



夕方。

雪がちらつく街は、無数の灯りに包まれていた。

イルミネーションが通りを照らし、人々の笑い声が夜空へと溶けていく。


「……すごい。まるで星の海みたい」


「これがアストレアの“聖星祭”。

 冬至の夜を照らす精霊の灯りだよ」


セレストの言葉に、イエレナは胸の奥がじんわりと温かくなる。

――灯りを分け合うように、互いを想って贈る日。


彼女は露店を覗きながら、

大切な人たちへの贈り物を思い浮かべていた。


「リリュエルには、蜂蜜の...お菓子あるかな」

「ギウンは……マグカップ?この前、手を滑らせて割ってたし」

「アウルは……うーん、やっぱり実用品かな。手袋とか……」


ひとつひとつ、考えるたびに小さな笑みがこぼれる。

その横顔を見つめながら、セレストがふっと笑った。


「楽しそうだね」


「うん。だって、みんなに“ありがとう”を渡せる日だから」


その言葉に、セレストの瞳がやわらかく細められる。

雪明かりが反射して、瑠璃色の光がひときわ静かに瞬いた。


「……セスのも、探さなきゃ」


「僕の?」


イエレナはびくっと肩を跳ねさせ、

頬を赤くして慌てて手を振った。


「え、いや……な、なんでもないの!」


セレストはくすりと笑い、

「ふふ」とだけ小さく息を漏らした。


イエレナは照れ隠しに露店へ向き直り、

マフラーの端をそっと指で弄びながら歩を進める。

セレストはその様子に微笑みを浮かべ、追及しようとはしなかった。


やがて――イエレナの足が、ふと止まる。

視線の先、露店の片隅で柔らかな灯りを受けて輝いていたのは、

星屑のような細かな銀砂が舞う、小さな硝子細工だった。


「……きれい」


思わず零れた声に、

セレストが小さく微笑む。


「星硝子だよ。アストレアの冬市じゃ定番なんだ」

穏やかな声が続く。

「振ると、星が舞うみたいに見えるだろ?」


硝子を揺らすと、

光を受けた粒がふわりと浮かび、

まるで夜空をそのまま閉じ込めたみたいに瞬いた。


イエレナは、その光景を見つめながら、

セレストの声を胸の奥でそっと反芻する。


「……消えない光……」


指先でガラスの表面をなぞりながら、

胸の奥に、あたたかな確信のようなものが灯る。


(セスへの贈り物は――これだ)


そう心の中で決めると、

イエレナはそっと視線を伏せ、

セレストに気づかれないよう露店の影へ回った。


「……これ、包んでもらえますか?」


声は小さく、

けれど確かに、弾んでいた。


淡い雪の光が二人の間を漂い、

イエレナの手の中で、

小さな硝子の世界が静かにきらめく。


「見つけたいものは、見つかった?」


背後からかけられたセレストの声に、

イエレナははっとして振り返り、

少しだけ焦ったように笑った。


「う、うん!ちょっとだけ!」


「そっか」


それ以上、問いは続かなかった。

セレストは微笑んだまま、あえて何も聞かない。

その沈黙が、不思議とやさしい。


二人の間を通り抜ける風が、

積もりかけの白い雪をふわりと巻き上げる。


そのとき――

香辛料と、果実の甘さが混じった匂いが、そっと鼻先をかすめた。


「……いい匂い」


イエレナが足を止めて辺りを見渡すと、

通りの先に、温かな湯気を立てる屋台があった。

手書きの木札には、赤い文字でこう記されている。


『ホットワイン 果実と香草入り』


湯気が雪に溶けて、ほのかに甘い香りが夜気に混じる。

セレストが屋台へと歩み寄ると、店主が朗らかに声を上げた。


「お二人でどうだい?身体がぽかぽかになるよ!」


「ふふ……いいね。僕も飲んでみたいんだけど――」


「だ、だめっ!!」


イエレナの声が店先に響いた。

通りがかりの人々が思わず振り向き、

彼女は真っ赤になって慌てて両手を振った。


「セスは飲んじゃ駄目だよ!」


「一口も?」


セレストが悪戯めかして首を傾げる。


「り、理由はよくわからないけど……アウルがすごく真剣に言ってたの!

 “絶対に飲ませないでください”って……だから、だ、駄目っ!」


その必死な表情に、セレストは思わず口元を緩めた。


「……わかったよ。イェナを困らせるわけにはいかないからね」


彼の穏やかな声に安堵しながら、

イエレナは小さく息を吐き、それから店主へ向き直る。


「……あの、ホットワイン以外に温かい飲み物はありますか?」

「おっ、優しいねぇ嬢ちゃん!」


店主はにっこり笑って頷いた。


「あるよ。シナモン入りの果実ジュースだ。子どもでも飲めるやつさ」

「それ、ひとつください!」


イエレナがぱっと笑顔を浮かべると、

セレストが少し驚いたように目を瞬いた。


「僕の分まで?」

「うん。一緒に温まろう!」


その言葉に、セレストの瑠璃の瞳がわずかに揺れ、

ふっと表情がやわらぐ。


「……ふふ、ありがとう」


セレストはくすくす笑いながら、

店主に小声で「ホットワインもひとつ」と付け加えた。


「はいよ!」

店主が差し出した二つのカップ――

片方には深い赤のワイン、もう片方には淡く透き通った金色のジュース。


「彼氏さんは下戸なのかい?」

「……まぁ、そんなところです」


セレストは笑いながらジュースを受け取り、

もう片方の赤いカップをイエレナへ渡した。


「どうぞ、イェナ。こっちは君の分」


湯気とともに甘い葡萄と香辛料の香りが広がり、

イエレナは両手でカップを包むようにして受け取る。


「……ありがとう、セス」


その優しい笑顔に、セレストもまた小さく笑みを返した。


街は、雪と光に包まれていた。

並木に飾られた灯りが風に揺れ、

遠くから響く歌声が、冬の夜をやさしく彩っている。


イエレナとセレストは並んで歩きながら、

それぞれのカップを手に、吐く息を白く重ねた。


「……ホットワインは美味しい?」


セレストが少し身を傾けて覗き込む。

その穏やかな声音に、イエレナはふわりと微笑んだ。


「うん、すごく。飲みやすくて……屋敷でも飲めたらいいな」


カップの湯気の向こうで、彼女の頬が淡く紅を帯びる。


「セスのも、美味しい?」


「うん、温かくて……甘いね。飲んでみる?」


差し出された金色のカップ。

イエレナは何のためらいもなくそれを受け取り、

唇を寄せて、そっと一口含んだ。


果実の香りがふわりと広がり、

小さな吐息が白くなって夜に溶けていく。


「……こっちも美味しいね」


嬉しそうに笑って、

何の気負いもなくカップを差し出す。


セレストはそれを受け取り、

ほんの一瞬だけ視線を落としてから、小さく笑った。


「……ふふ、そうだね」


その笑みの奥で、

胸の奥がわずかにざわめく。


――気づいてほしいような。

――けれど、今はまだ気づかれたくないような。


そんな曖昧な想いが、

静かな雪みたいに、少しずつ降り積もっていった。


イエレナは、

そんな彼の心の揺れにも気づかないまま、

灯りの連なる通りを見上げ、目を輝かせている。


セレストは何も言わず、再び前を向いた。


隣で弾む彼女の声だけが、

この夜の灯りよりもずっと温かく、

胸の奥に、やさしく残っていた。



 ◇ ◇ ◇



夜更け。

屋敷へ戻ると、暖炉の火が穏やかに揺れていた。

その前では、ギウンとアウルが温かな灯りの中で待っていた。


「おかえりなさい! ほら、これ――姫さんに」


ギウンが差し出したのは、編み目の優しい毛糸のマフラー。

アウルからは、美しい羽根飾りのついた栞が手渡された。


「感謝の印です。……いつもお気遣いいただいていますから」


「……ありがとう。二人とも」


イエレナは頬をほころばせ、両手で丁寧に受け取った。

それから、自分が抱えていた包みを一つずつ取り出す。


「リリュエルには蜂蜜の琥珀糖。

 ギウンとアウルには……マグカップと手袋」


「おぉ〜! 姫さん、気が利く〜!」

「……ありがたく頂戴します」


笑い声がリビングに満ち、

リリュエルが嬉しそうに飛び回りながら「わぁい!蜂蜜だ~!」と声を弾ませる。

イエレナはくすっと笑い、最後の包みをそっと手に取った。


「それで……これは、セスに」


そっと差し出された小包を受け取って、

セレストは一瞬だけ目を瞬かせる。

それから静かに包みを開いた。


中から現れたのは――

ガラスの中で、星屑のような細かな銀砂が舞う、小さな硝子細工。

灯りを受けて揺れる雪の粒が、白銀の光をやさしく反射していた。


「……」


言葉を失ったまま見つめるセレストに、

イエレナは少しだけ視線を伏せ、指先をきゅっと握る。


「セスみたいだなって、思って……」

小さく息を吸って、続ける。

「穏やかで……星みたいで……その……消えない光、だから」


「……消えない光....」


セレストが、噛みしめるように呟く。

その声に、イエレナは小さく頷いた。


「うん。……いつもありがとう、っていう気持ち」


その頬は、暖炉の火よりもほんのりと赤かった。

セレストはゆるやかに目を細め、

星硝子を光にかざしながら、微笑を浮かべた。


「……イェナ、ありがとう」


そして、静かな夜の中で、

その声は少しだけ照れを含んで続いた。


「――僕からも、受け取ってくれる?」


差し出された小箱を開くと、

そこには王家の紋章が刻まれた耳飾りが収められていた。

星の光を宿したような青い宝石が、

灯りを受けて柔らかく瞬いている。


「アストレアでは、婚約者に家紋入りの装飾を贈るのが習わしでね。

 これは……僕の気持ちとして」


その声音は静かで、

けれど確かに、照れくささを滲ませていた。


イエレナは息を呑み、

胸の奥がじんわりと温かく満たされていくのを感じる。


「……ありがとう、セス。……とても、嬉しい」


その言葉に、セレストがそっと手を伸ばした。

指先で彼女の頬を包み、

わずかに身を屈める。


雪明かりに照らされた夜の中、

彼の唇が――

そっと、彼女の額に触れた。


「……喜んでもらえて、良かった」


囁く声が、

火のはぜる音に溶けていく。


イエレナの頬は瞬く間に真っ赤に染まり、

リリュエルが「きゃ〜っ!」と弾む声を上げ、

ギウンとアウルが、同時に咳払いをした。


それでも、その夜――

笑い声と灯りは、いつまでも絶えなかった。


外では、雪が静かに降り続いている。

まるでこの光景を、

永遠に閉じ込めておこうとするかのように。



(了)



もし気に入っていただけたら、本編もそっと覗いてみてください。


▼本編はこちら

『亡国の姫は、隣国の静謐王子に甘やかされる』

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