春風に揺れる花冠
リリュエルが隠れ家に加わってから、日々は少しだけ賑やかになった。
姿を隠したり現したりを繰り返しながら、無邪気にイタズラを仕掛けてはイエレナを笑わせる。
その笑い声が屋敷に響くたび、アウルは額を押さえ、ギウンは苦笑し、
セレストは“仕方ないな”とでも言うように柔らかく目を細めた。
――穏やかで、どこか懐かしい春の午後。
隠れ家の庭には、芽吹いたばかりの若葉が陽の光を受けてきらめき、
春風が柔らかく通り抜けるたび、草花たちは揺れながら小さな音を立てた。
遠くで鳥が鳴き、
光は薄雲を透かして庭一面にやわらかな色を落としていた。
「イェナ!見ててね〜!」
リリュエルが得意げにくるりと宙を舞う。
金の粉を散らすように羽を震わせ、次の瞬間――アウルの背後で小さな風がふっと巻き起こった。
「……?」
振り返るアウル。だが、誰もいない。
「ふふっ……!」
イエレナは口元を押さえながら笑いをこらえる。
春の陽光の中で、その笑顔は小さな花のように揺れていた。
リリュエルがちらりと振り返り、いたずらっぽくウィンクする。
それを合図に、四方八方から小さな風がふきつけた。
「わっ……」
アウルの銀青の髪がボサボサに乱れ、風に遊ばれるように逆立つ。
彼は深く息を吐き、眉をひそめた。
「また、リリュエルですか…?」
低く呟いた声には、うっすらと怒気――いや、呆れの色が混じっていた。
「やばっ!」
リリュエルは慌ててイエレナの背に隠れ、
小さな顔だけをのぞかせる。
その仕草が可笑しくて、イエレナはとうとう声を洩らした。
「ふふっ……っ!」
その笑顔を見たアウルは、さらにため息を深くする。
「……姫様まで楽しそうに笑われると、叱る気も失せますね」
ぐしゃぐしゃの髪を整えるアウル。
イエレナはまだ肩を揺らしながら、目尻をにじませて笑っていた。
「ねぇねぇイェナ、次はギウンにやってみよっ!」
リリュエルが目をきらきらさせて囁く。
「えっ……ま、またやるの?」
困惑しながらも笑みがこぼれるイエレナに、
リリュエルは胸を張って小声で宣言した。
「ボク、ギウンには特別なイタズラ考えてあるんだ〜!見ててね!」
その瞬間、温室の外からギウンの声が響く。
「おーい、姫さん。野菜の様子見に行くけど、一緒に――」
言いかけた足が止まる。
ふわりと風が舞い、花びらが空を舞った。
淡いピンクと白が絡まり合い、小さな花冠を形づくる。
そのまま――ギウンの頭の上に、すとんと落ちた。
「……は?」
巨体に似合わぬ花冠。
一瞬でその場の空気が静まり、アウルが絶句する。
リリュエルはイエレナの後ろで飛び跳ねながら歓声を上げた。
「見て見て!似合ってるでしょ!?ギウン、かわいい〜!」
「ぷっ……ふふっ……!」
イエレナは慌てて口元を押さえたが、
こらえきれずに笑いが弾けた。
「ギ、ギウン……すごく……似合ってる……!」
「お、おいおい姫さん!笑いすぎじゃねぇか!?
……くそ、外れねぇ!」
ギウンは必死に花冠を外そうとするが、
リリュエルの魔力でしっかり固定されている。
「よーし決まり!ギウンは“花の騎士”だね!」
リリュエルが高らかに宣言し、イエレナは涙をにじませながら肩を震わせた。
アウルは小さく頭を抱え、「また始まった……」と呟く。
そんな騒ぎの中、ふと、庭の入口から穏やかな声が響いた。
「……なんだか楽しそうだね」
その声に振り向くと、
春の光を背にセレストが立っていた。
白銀の髪がそよ風に揺れ、
瑠璃色の瞳が花の色を映すように柔らかく笑っている。
「セスにも花冠つけてあげるよ!」
リリュエルが嬉々として飛び回りながら近づく。
ギウンは花冠をつけたまま絶望した顔で叫んだ。
「やめとけリリュエル!殿下は巻き込むな!!」
「え〜?だって似合いそうじゃん?ほらほら、セス〜!」
からかうように手招きする小さな妖精。
セレストは苦笑しながら一歩こちらへ歩み寄った。
「リリュエル、僕は遠慮――」
そう言いかけたところで、
イエレナがふいに顔を上げた。
ぱっと花が咲くみたいに表情が明るくなり、
瑠璃色の光が反射したかのように新緑の瞳がきらめく。
「えっ……みたい、かも」
その一言は、思ったよりずっと素直で。
イエレナ自身、口にした瞬間に胸がどきりと跳ねた。
セレストの手が、ふっと止まる。
ほんの一拍の静寂――
その後、彼は音もなくイエレナへ身を傾けた。
長い銀髪がさらりと肩から流れ落ち、
淡い光を含んだ瑠璃の瞳が、真っすぐに覗き込んでくる。
距離が、いつもより近い。
「……ふーん」
わずかに首を傾げ、
細めた瞳の奥に柔らかな笑みが溶ける。
その仕草があまりにも自然で、
ほんの少し前に出た顔の距離が近すぎて――
触れそうなほどの距離に、胸がざわめいた。
イエレナの心臓が跳ねる気配を、
セレストは逃さなかった。
「僕のこと、からかうんだ?」
低く、けれど柔らかくて――
どこか甘さを滲ませた声音。
その響きだけで頬が一瞬で熱を帯びる。
イエレナは視線を泳がせ、慌てて言葉をつなぐ。
「ち、違うの……っ! 似合うって思っただけで……!」
春の風が二人の間を抜け、
揺れたイエレナの髪を、セレストがふわりと目で追う。
その仕草は優しくて、どこか嬉しそうで――
次の瞬間、彼は小さく笑った。
「そっか。ありがとう。
――でも、花冠ならギウンが一番似合うよ?」
「殿下?!さすがにやめてくれ!」
ギウンが本気の抗議を上げ、
リリュエルは空中でころころ転がって笑い転げる。
イエレナも思わず吹き出した。
陽光の中でほどけていくその笑顔は、
頬をほんのり染めたまま、春の花のように柔らかく綻んでいる。
花の匂いを含んだ風が庭をすり抜け、
笑い声が光と混ざり合って広がっていく。
まるでこの小さな庭だけ、季節より一歩先に春を迎えたようだった。
そして――
そんな穏やかな空気の中で、アウルが照れたように苦笑しつつぽつりと呟く。
「……平和ですね」
その言葉にギウンが鼻で笑い、
イエレナが肩を揺らして微笑む。
セレストも、小さく息をこぼして空を見上げた。
春風が花びらをそっと舞い上げる。
風に揺れる花冠は、精霊と人をつなぐ小さな橋のようで――
その下に咲く無邪気な笑顔こそ、
この隠れ家が守り続けてきた“平和そのもの”だった。
(了)
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