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ある刀鍛冶の神隠し  作者: 紅葉月


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最終話 その男は刀鍛冶

 数日ぶりに入った鍛冶場は冷え切ってよそよそしく、既に主を無くした伽藍堂と化しているかのようであった。一貫斎と刀を打っていたのがはるか遠い記憶のように感じられ、胸が締め付けられる。


 そこに鞘作りを行っていたヤールと共に、二振りの刀が静かに作り手を待っていた。

 刀の正面に一貫斎を抱え込むようにして座ると、イザベラはそっと一貫斎を起こした。


「カン、聞こえるか?」

「ううっ、ゴホッゴホッ。……べらか。なんでぇ」


 精気の抜けた声に崩れ落ちそうになる心に鞭を打ち、イザベラは一貫斎に刀の方を向かせる。


「カタナができたのじゃ」

「ゴホッ。……ああ、そうか。やっとだなぁ。もっと近くで見せてくれや」


 ドワーフの双子が一振りずつ刀を持ち、一貫斎に見えるように掲げてみせる。


「ああ、これはどっちも最高の出来だな」


 一貫斎はそれぞれに視線を走らせたのち、ふわりと満足そうに笑った。その笑みがあまりにも透明で、それは一貫斎が既に人という殻を脱ぎ捨てようとし始めているかのようだった。


「最後に銘切(めいき)りしねぇとな。銘切り(たがね)はどこだ?」


 イザベラは動けないため、代わりにドワーフ二人が道具の中から該当のものを持ってきた。

 太さが何種類もある鏨が箱の中に並べられている。

 一貫斎は鏨に手を伸ばしたものの、衰弱し切った体ではそれを持ち上げることさえ叶わなかった。


「べら、代わりにやってくれや」


 達観したような諦め切ったような表情で頼まれてしまうと、イザベラには「やったことがない」と言って断ることなどできなかった。

 一貫斎が震える手でどうにか紙に書き記した日本語の文字を、イザベラが刀の柄に切る。


 さすがにぶっつけ本番にするのは恐ろしく、双子ドワーフのアドバイスを受けながら適当な鉄材で練習すること数回。一貫斎に見せると、ちゃんと日本語として読める文字になっているとお墨付きをもらうことができた。


「では、やるぞえ」

「おう、頼むな」


 ピリリとした緊張感を纏ったイザベラが、影月の前に立つ。

 手には銘切り鏨と槌。

 深呼吸して気持ちを落ち着けると、慎重に銘を切っていく。


「銘 べら 号 影月」


 そこに自分の名前を切ることに、イザベラはもう抵抗を覚えなかった。


 これは二人で作った刀だ。

 それ以外のドワーフたちの手助けがあったとはいえ、作者は自分たち二人だ。

 一貫斎の人生最後の仕事は、それは一貫斎とイザベラで打った刀だ。

 これが、そう。


────彼の、一貫斎の生きた証だ。


「できたのじゃ」

「おう、完璧だな」


 集中力が途切れないように、イザベラはすぐに櫻月にも銘を切り始めた。


「銘 一貫斎 号 櫻月」


 刃紋に舞い飛ぶ桜吹雪に、自然と一貫斎の人生を重ね合わせてしまう。

 己と比べてはるかに短い寿命の、そのほんの一欠片。それが自分と一貫斎が共に過ごした時間だ。

 けれどその刹那はこんなにも激しく切ない。


「こっちもできたのじゃ」

「ああ、これも最高だ。……できたんだな、最後の刀が」


「……そうじゃ。お主はカタナ鍛治であるからな」

「ああ、そうだな」


 震える手を刀に伸ばし、愛しげに撫でる一貫斎。

 いつの間にかドワーフ二人は姿を消しており、静かな鍛冶場に一貫斎の息遣いだけが響いていた。


「これに柄と鞘と、まああと色々つけたら完成だが、俺がやるのはここまでだ」

「うむ、刀身は仕上がったものな」


(つば)はつけねぇで、柄は黒い布をぐるぐる巻きつけたみてぇにするんだとよ」

「そうか」


「…………」

「…………」


 再び沈黙が落ちる。


「なあ、べらよ。外に連れてってくれねぇか」

「わかった」


 口を開いた一貫斎は、もう()()()()()()のか清々しささえ感じさせた。


 イザベラは再び一貫斎を背負って立ち上がり、その軽さに改めて目眩がしそうになった。

 もはやここには魂の僅かな欠片しか残っていないのだろう。

 命を燃やし尽くした、その抜け殻。

 悲しみで崩れ落ちそうになる己を叱咤して、イザベラは外へ向かって駆けた。


「なんかこう、開けたところはねぇのかよ」

「連れて行ってやるから待っておれ」

「ああ」


 既に体を支えることもできず、完全にイザベラの背に身を預けた一貫斎をできるだけ揺らさないように気を遣いながらも、イザベラは全力で駆けた。

 なにも言っていないのにシルフたちが力を貸してくれ、さらにそのスピードは加速する。

 しばらくひた走ると森を抜け、草原のようなところに出た。


 空は果てしなく青く遠く、太陽は眩く輝いている。

 もたれさせるような場所が見当たらないため、イザベラは異空間から適当な布を取り出して敷くとそっと一貫斎を下ろし、自分も座って膝に頭を乗せてやった。

 眠っているのか意識がないのか目を閉じたままだが、苦しそうな呼吸はしていた。


────間に合った。


 それに安堵しながら、己の中に浮かび上がった想いにひどく狼狽する自分がいる。


───間に合った。

───なにに?


────死ぬ前に。


 現実は全て一貫斎が死の間際だと教えている。

 痩せ細った体。止まらぬ咳と喀血。震える指先。苦しげな呼吸。

 残った乏しい気力でどうにか保たせていた生が、今にも潰えようとしていることは明白だった。


 エルフは、あらゆる生命は大いなる円環のうちで巡っていると考える。

 ひとつの存在として死を迎えたとしても、その身は朽ちて土へと還り新たな生命を育む。それらは全て大いなる円環のうちで繰り返される営みであり、どのような姿をしていようとも大いなる円環の営みを構成している存在であることに変わりはないのだ。

 生きていようが死んでいようが、大いなる円環のうちにいることに変わりはないのだ。


 だから一貫斎が死んでも、生きている時と変わりはないのだ。

 変わりはない、はずなのだ。


 だけど、自分は今こんなにも苦しい。

 このままの姿であってほしいと、そう願うことを止めることができない。


 行き場のない想いを抱えたまま、イザベラは一貫斎をそっと揺り起した。


「カン、外じゃぞ。開けたところに着いたぞ」

「……ああ」


 弱々しく目を開いた一貫斎は、ぼんやりと青空を見上げている。


「なあ、べらよ。お前は酒は飲まねぇのかよ」

「酒か。飲まぬわけではないが、それほどでもないの」


「つまんねぇなぁ。いい仕事のあとはうまい酒といい女ってのが相場なのによ」

「そうか、どちらもないのう」


 ドワーフは酒好きなので里にはいくらでもあるだろうが、ここには持ってきていない。

 死の間際ぐらい好きなものを飲ませてやれればよかったのだが、取りに戻る猶予はもうないだろう。


「いや、いい女はいるだろうがよ」

「…………」


「べら、おめぇのことだよ」

「そうかの。どうせ同じようなことを何人にも言ってきたのじゃろ」

「んなわけあるか。こんな小っ恥ずかしいこと、二度と言うかよ」


 血の気の失せていた一貫斎の頬にほんの少し赤みがさしたことに気づき、イザベラの口元は無意識に笑みを浮かべていた。

 そのままぼんやりと空を見つめる一貫斎とイザベラにシルフが優しく寄り添い、その髪を揺らす。


「なあ、べらよ。いつかおめぇが俺と同じ所に来たらよ、その時は握り飯を食わしてやらぁ」

「……ニギリメシとはなんなのじゃ」


「そらぁおまんまを握ったもんに決まってんだろうが」

「……オマンマとはなんなのじゃ」

「ああもう、見りゃあわかる」


 舌打ちをする一貫斎に、イザベラは自然と苦笑していた。


「そうか。じゃが、妾がゆくのは遥か先じゃ。その頃にはお主は妾のことなど忘れて、他のいい女とよろしくやっておるじゃろうよ」

「そんなことはねぇ」


「…………」

「それは絶対にねぇ」


「そうか」

「いい女はいても、いい仕事のできるいい女は他にいねぇよ」

「そうか」


 ほんの少し前のイザベラであれば、鍛冶の腕がいいと言われれば侮辱とさえ捉えたかもしれないが、今のイザベラの胸に湧き上がったものは誇らしさだった。


「……なあ、お天道様が眩しいな。おめぇの髪みたいだ」


 一貫斎は眩しそうに目を細めると、そのまま眠るようにすっと目を閉じた。

 その目が開くことは、もう二度と……ない。


「……最後まで言いたいことだけ言いおって。勝手に満足して逝きおって」


 ほんの少しの悔しさに背を押され重ねた唇はまだ暖かく、そして甘くてしょっぱい味がしたのだった。

 これにて本編は完結となります。

(後書きと参考文献を週末に追加してから「完結」としますが、物語としてはここまでです)

 一貫斎とイザベラ、ふたりの旅路にお付き合いいただきありがとうございました!

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