第31話 刀の名は
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確かにできうる限りの手伝いはしたし、1番近くで見守り支えたという自負はある。しかし、それはあくまで「補助」であり自分が刀を「造った」などとは全く考えていなかった。
手伝ったというのならばこの里のドワーフ皆であるし、今自分の前にいる研ぎと装飾を担当する双子の方がよほど「造った」と言えるのではないかと思う。
それを口に出そうとした時、ナールが小さく首を振るのが目に入った。
どうやらそれは言ってはいけないことのようだ。
イザベラには理由はわからなかったが、職人同士で通じるものがあるのだろうと思って従うことにした。
イザベラが「わかった」と言うと、一貫斎は満足そうに笑い定位置へと座った。
そして刀を示しながらドワーフ二人と打ち合わせを始めた。
イザベラはそれを見るともなしに眺めながら、刀につけるべき名前を考えていた。
(月と湖……。そのままにするのは芸がない気もするが、ううむ)
刃紋を見たときに浮かんできた情景を思い返すと、夜空には満月が煌々と輝き、その姿が凪いだ湖面にも映っていた。
(湖というより、そこに映った月の姿じゃのう。では、月の光か……)
イザベラがふと我に返ると、鍛冶場には一貫斎と二人だけになっていた。その一貫斎は、またウトウトとしかけている。
また膝枕をしてやろうと体に触れると、一貫斎は逆にパッと目を開いた。
「ああ、俺はまた寝かけちまってたのか」
「妾は構わぬから寝たほうがよいぞ。今は待ち時間なのじゃろう?」
「まあそうだけどよ、寝ちまったらもったいねぇからな」
一貫斎はクッションに寄り掛かり直すと、どこか遠くを見るような眼差しをした。
「なあ、名前決めたか?」
「悩んでおるところじゃ。月であるのは確かなのじゃが、その先がのう……。月の光を言い表すよい言い回しがないものかのう」
イザベラが思い浮かべた情景を語ると、一貫斎は目を閉じながらそれを聞いて自分でもその情景を想像しているようだった。
「俺がいたとこでよ、『月の影』つったら月の光を表すんだとよ。だから『月影』……。いや、音が好みじゃねぇから逆にして『影月』でどうだ?」
そう言いながら一貫斎は近くを探り、帳面を取り上げた。そこにサラサラと「影月」と書く。
「こっちが光を表す字で、こっちが月だ」
「ほう、カンはこのような文字を書くのじゃな。うむ、影月とはよい名であると思うのじゃ」
「なら決まりだな。俺の方は……そうだなぁ、あれは桜吹雪だよなぁ。最後にパッと散っていく姿か。桜と……影月に揃えて月って入れるか。なら『櫻月』だな」
一貫斎は一人でぶつぶつと呟いていたが、刀の名前を決めたようだった。また帳面に「櫻月」と書きつける。
「む、それはどういう意味なのじゃ?」
「こっちは桜で、木に咲く花の名前だ。咲いてる時に眺めるのもいいんだけどよ、散る姿もまたいいんだよな。んでこっちはべらのと合わせて月ってつけた。月の光で眺める桜吹雪もまた一興だろうよ」
「そうか、それはさぞや美しいのであろうな。妾も見てみたいものじゃ」
「春の桜に夏の蛍、秋の紅葉に冬の雪。そんなのを愛でながら酒を飲んで暮らしたら最高だろうな」
「お主は酒が好きなのじゃなぁ。通りでドワーフどもと気が合うはずじゃ」
「ああ、そうだな……」
そこまで話したところで、スイッチが切れたように一貫斎は眠ってしまった。先ほどまでも薬の効果に抗って無理矢理起きていたのだろう。
一貫斎が取り落とした帳面を開くと、イザベラにはわからない文字でびっしりと書き込まれていた。日記か作業の記録か、そういったもののように感じる。
その最後の見開き2ページにそれぞれ書かれた「影月」と「櫻月」の文字を見て、イザベラの目に涙が溢れた。
帳面に涙を溢さないように気をつけながら眠る一貫斎の頭を抱き寄せ、いつまでもイザベラはそのページを見つめ続けたのだった。
刀がほとんど完成に近づいてきて安心したためか、強引に保たせていた気力も尽きてしまったのか、一貫斎は翌日から自力で起き上がることさえできなくなってしまった。
痛み止めの薬湯だけはどうにか飲ませ、その副作用によってかろうじて眠ってはいるが、熱は下がらず咳も止まることはない。
呼吸は常に苦しげで、喀血することもあった。
落ち窪んだ中でも鋭さだけは残していた眼差しは虚となり、もはや残された時間が僅かであることは誰の目にも明らかであった。
そんな状態でも時折イザベラを探すように手を彷徨わせるので、イザベラはほとんどの時間を一貫斎の側で過ごした。
汗を拭い、身を起こすのを手伝って薬湯を飲ませ、背中をさする。
体を清めるのだけはアウルヴァングルが気を遣って行ったが、それ以外の世話は全てイザベラが行った。
里のドワーフたちも、それを見守り手助けした。そのおかげで寝具も衣類も毎日新しいものに交換され、一貫斎は清潔な状態で過ごすことができたのだった。
そして数日後、イザベラが苦しそうに眠る一貫斎の汗を拭っていると部屋の扉がノックされた。
「誰じゃ? 開いておるぞ」
「失礼します」
扉を開いて入ってきたのは、刀の研ぎを行っていたナールだった。
「カタナが研ぎ上がりました。親方に最後の確認をしていただきたい」
「……わかったのじゃ」
もはや昏睡状態に近い眠りに落ちている一貫斎にそのようなことをさせるなど、通常であればありえない選択であっただろう。
だが、この里にいる者は誰もが一貫斎を最後まで刀鍛冶でいさせてやろうとしているのだ。それならば、イザベラが取る行動は決まっている。
「カタナは鍛冶場じゃな?」
「はい」
それだけ確認すると、イザベラは細心の注意を払って一貫斎を背負い鍛冶場へ向かった。
久しぶりに背負う一貫斎はあまりにも軽く、イザベラはそれだけで涙がこぼれそうになるのを必死でこらえなければいけなかった。




