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ある刀鍛冶の神隠し  作者: 紅葉月


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第21話 決意

 翌日は、ついに一貫斎の鍛冶場に火が入った。


 火床(ほど)は溝を掘った両側に壁を作ったような形をしており、その奥に木箱状の(ふいご)がある。鞴から飛び出た取手を出し入れして、火床に風を送るのだ。

 取手を動かしたときに木箱の中でスライドする板状の部品に、イザベラが仕留めてきたタヌキの毛皮が使ってある。


 火床と鞴の前に草で編んだ薄いクッションを敷き、そこが一貫斎の座る場所となる。

 一貫斎の右側には金床や水桶などが置いてある。


 火床に炭を入れ着火するのだが、これはこの世界における一貫斎の鍛冶場での初の火入れだ。単純に着火すればいいものではない。

 鋼を叩いて熱を持たせ、それを木材に着火させるのだ。さすがにただの木材では火がつきにくいため、燃えやすい樹脂を塗りつけてある。


 赤々と燃え上がる火の中へ、一貫斎が次々と炭を投入していく。

 炭に着火するにつれ鍛冶場の温度がどんどん上がり、熱気が肌に刺さるようだ。


「悪くねぇな」


 火床の様子を真剣な表情で見ていた一貫斎がボソリと呟いた。


「今日は道具を作っちまうぞ」


 その言葉を合図に、ドワーフたちが次々と材料や道具を用意する。その流れるような動きは、彼らが見たこともないものを制作しようとしてるのだとはとても信じられない。


 イザベラはそれを眺めながら、鍛冶場の端に座り込むと一貫斎の着物を縫い始めた。

 布も糸も針も、ドワーフたちから提供されたものだ。助力も申し出られたが、それは断った。自分以外の手は入れたくないのだ、決して。


 道具作りは順調に見える。ということは、明日からはカタナを作り始めることになるだろう。

 つまり、イザベラはこれを今日中に一人で縫い上げねばならない。裁縫が図抜けて得意というわけではないが、これは自分がやらなければならないことだという焦燥に突き動かされるように縫い進める。


 鍛冶場の温度はどんどん上がり続け、イザベラが滴る汗を拭った時、視界の端に何かが差し出されるのが見えた。

 顔を上げるとアウルヴァングルが立っており、水の入ったカップを差し出していた。


「夢中になるのはわかるが、水分補給は忘れてはならん」


 見ると、一貫斎やドワーフたちも休憩しているところだった。


「すまぬ」


 大人しくカップを受け取り、水を飲む。一口飲むと、自分の喉がいかに乾いていたかに気づき愕然とした。

 慌てて魔法で水を出し、2杯3杯と飲み干す。


「このような暑いところで縫い物をする必要はないのだが、離れる気はないのだろう?」


 イザベラは頷く。


「なら、自己管理はきっちりしておくことだ」

「かたじけないのじゃ」


 その後もそれぞれの作業は続き、一貫斎たちの手元からはイザベラにはよくわからない道具が次々と作り出されていった。その中にはイザベラが柄を木から削り出した小槌も含まれている。出来上がったそれを一貫斎が満足そうに振っているのを見て、我知らず笑みが溢れた。


 この着物を縫い上げたら、明日から一貫斎はこれを着てカタナを作るだろう。

 イザベラが柄を作った小槌を使ってカタナを作るだろう。


──ではその時、己はどうするのか?



 必要な道具を1日で全て作り終わったらしく、一貫斎は上機嫌だった。

 あらかた縫えた着物を試着させた時も浮かれたように見え、イザベラは微笑ましく思っていた。

 しかし、触れた肌は燃えるように熱く、出会った頃よりも痩せた体は病の進行を明確に物語っていた。


「今から仕上げをしてしまうゆえ、明日のカタナ作りには間に合うじゃろう」

「おう、頼んだぜ」


 鼻歌を歌いながらさっさとベッドに向かう一貫斎を、イザベラは意を決して呼び止めた。


「のう、カン。ちょっとよいか?」

「んあ? なんだ?」


 イザベラはずっと悩んでいた。

 イザベラはエルフで金属は好まない。好まないはずなのだ。

 だから、目の前で金属が加工されているのを邪魔することはしないが、積極的に関わることもしない……はずなのだ。


 けれど、ここで傍観者を選んでしまえば自分は一生後悔するだろう。

 長い長い生にもかかわらず、一生引きずったままになるだろう。


 鍛治に手を出すということが、どれだけエルフとしての根幹に影響するのかイザベラにはわからない。

 二度と里に戻れなくなるかもしれないし、大して変わらないかもしれない。


 わかっているのは、一貫斎がカタナを作っている輪の中に自分も立っていたいと願っていることだけだ。


「カンは妾に手伝えと言うたが、それは明日以降もと思うてよいのか?」

「……いや、べらは鍛治はやってことねぇし好きじゃねぇんだろ? もう木を加工することはねぇから、見ててくれたらそれで」

「嫌じゃ」

「なっ!?」


 見ていればそれでいいと言う一貫斎を遮って、イザベラは自分の思いを伝える。


「見ているだけなど嫌じゃ。妾も手伝いたいのじゃ。お主の1番近くにおるのは妾でなければ嫌じゃ」

「いや、それは……」


 縋り付いてくるイザベラに困惑する一貫斎。

 これが彼女以外であったならば、「素人が手ぇ出すんじゃねぇ!」と一喝して終わっただろう。イザベラは感情のみで話しており、技術的に可能だから手伝いたいと言っているのではないのだから。

 そうできないのはやはり惚れた弱みだからか、一貫斎の中にも「イザベラと共に作りたい」という願望が存在するからなのか……。


「……明日1日だけやる。それで覚えられなきゃ、先手(さきて)は許さねぇ。黙って見てろ」

「……わかったのじゃ」


 イザベラには「先手」の意味もわからなかったが、神妙に頷いた。


 もちろん、俗に「炭切り3年、向槌(むこうづち)10年」という言葉があることをイザベラが知る由もない。

注 向槌を打ち下ろす役目の人を先手と呼びます。

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