第13話 一貫斎の選択
「べら! 大丈夫か!?」
「くっ、掠っただけじゃ」
枝はまっすぐ飛ばなかったため直撃は免れたが、猛スピードで飛んできたので掠っただけでも腕を傷めてしまい激痛が走る。
魔獣は獲物にダメージを与えられたことを確認し、再び木をよじ登り始めた。
(回復魔法か!? いや、そんなことをしている間にここまで来てしまう!)
イザベラはそのまま魔獣を仕留めることを選択した。
「シルフ! ドライアド! 奴を狙うのじゃ!」
強風の塊をぶつけ、鞭のようにしなる枝を叩きつける。
しかし、あまりに強い風を使うと自分達にも危険が及ぶため手加減してしまったせいで、魔獣の分厚い毛皮に阻まれてしまった。
枝も力任せに払いのけられ、無惨に折れていくばかりだ。イザベラにはドライアドの悲鳴が聞こえてしまうため、これ以上枝で攻撃するのは躊躇われた。
やむなくイザベラは異空間から弓を取り出し、肩の痛みを堪えて矢を番えようとする。
この矢は付与を施してあるため貫通力が強化してある上に、麻痺効果も持たせてある。
これを比較的柔らかい部分に打ち込めばさすがに弱るはずだ。
「ぐっ……!」
肩に走る激痛に顔を顰めながら弦を引こうとするイザベラの腕を、伸びてきた手が抑えた。
見慣れた筋張った手が、病人とは思えない力強さでイザベラが弓を引くのを押し留める。
「な、なにを……!?」
「怪我を治せるなら、先にそうしろ」
「!?」
押し殺したような低い声にそう言われ、イザベラは思わず声の主を見やった。
そこからはまるでスローモーションのように見えた。
いつになく厳しく、しかし冷静な表情の一貫斎は左手でイザベラの腕を押さえたまま右手を懐に入れ、そして白木の守り刀を取り出した。
「お主、なにを……」
一貫斎は鞘を口に咥えて刀身を引き抜くと、なんの躊躇いもなくそれを魔獣に向かって投擲した。
「!?!?」
守り刀は吸い込まれるように魔獣の右目に刺さり、魔獣はこの世の物とは思えないほどの叫び声を響き渡らせながら木から墜落していった。
巨体が地面に激突した轟音と振動が響き、周囲一帯から鳥たちが慌てて飛び立つ羽音が聞こえた。
呆然としているイザベラの腕を、一貫斎が強く引いた。口に咥えていた鞘を右手に持ちながら「早くしろ!」とせっつく。
予想外の攻撃と痛みに怯んだ魔獣だったが、それはすぐに激しい怒りへと変わり咆哮をあげながら再び木をよじ登り始めた。
イザベラは慌てて影から闇の精霊シェイドを呼び出し、肩を治すよう頼んだ。数秒経つと、完治はしていないが矢を射るのに支障はない程度まで回復していた。
イザベラは改めて弓に矢を番えると、目にも止まらぬ速度で連射し始めた。
矢は1本も外れることなく魔獣の目、口、首といった毛皮が薄い部分に突き立っていく。
同時に麻痺の付与が発動し、動きを鈍らせていく。
頭部がハリネズミのようになる頃、魔獣がどうっという音を立てて落下していった。
(あそこまで射る必要はなかったか……?)
冷静なつもりで冷静でなかったイザベラは、いつもと違い必要以上に射過ぎてしまったことを恥じつつも、仕留められたらしいことに胸を撫で下ろした。
「とどめを刺すか?」
「その方がいいじゃろう。お主のカタナも回収せねば……いや、それよりもお主どうしてカタナを投げたのじゃ!? あれは大切なものなのであろう!?」
「……あれは生きてるもんを守るために作ったもんだ。死人のためじゃねぇ」
「…………」
一貫斎が守り刀を打った背景を知らないイザベラには詳細はわからないが、守り刀から感じていた女性が既に亡き人であるということは感じ取った。
「俺が守りたいもんを守るために使ったんだから、なんの悔いもねぇよ。けどその、なんだ。べらのために作ったもんじゃねぇから、嫌なのかもしれねぇけどよ」
顔を背けながら早口でボソボソと言い訳がましく話す一貫斎の頬が、心なしか赤い。
それに気づいたイザベラは、一貫斎が言わんとしているところを悟り、瞬時に顔が真っ赤になる。
「いや、その、なんじゃ。その、……助けてくれて嬉しかったのじゃ」
いざべらはどうにかこうにか、それだけ絞り出した。
そしてハッと我に返る。
「こんなことをしている場合ではないのじゃ。早くとどめを……」
そう言って魔獣を見下ろすと、既に小型の肉食獣が群がり始めていた。
もう一体の気配も遠ざかっている。
「その必要はねぇみてぇだな」
「しかし、カンのカタナが……」
「だから、もういらねぇって。べらが無事ならそれでいい」
「…………!?」
いつになくストレートに気持ちを口にする一貫斎に、イザベラはあたふたとするばかりだ。
「……んなことよりもよ、これ解いてくんねぇか? 縛られたままって様になんねぇだろ……」
自分の体を幹に縛り付けている蔓を、困った顔で引っ張っている一貫斎。
そんな状態で甘い空気になっていたことがおかしくて、イザベラはクスクスと笑い出してしまう。
「カンは戦えないと思っておったのじゃが、投擲はできるのじゃな」
蔓を解こうとしたところでイザベラがふと思い出したことを聞くと、一貫斎はバツが悪そうに頬を掻いた。
「投擲なんて大層なもんじゃねぇよ。その、木の上の方の柿の実とか取るのによ、石とか投げてたから、それで慣れてるだけだ」
「……ふはっ、お主なかなかに食い意地が張っておるのだな。ははははははっ!」
一貫斎の言った理由がよほど面白かったのかイザベラの笑いが止まらなくなり、一貫斎は縛られたまま憮然とした顔でそれを見ている羽目になるのだった。




