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第5章1節『瓦解の果てに(ザ・エンド・オブ・ノーション)』 第1節「沈黙する国家」



10月14日 午前2時。


東京都・首相官邸地下壕。


モニターの前に立つ三田村首相は、深く呼吸を整えていた。カメラの赤いランプが点灯する。


「……我が国政府は、南西諸島における一連の戦闘を“局地的衝突”と定義し、これまで外交的努力を優先してまいりました」


「しかし本日をもって、我が国は“戦争を選ばなかった国家”としての立場を明確にします」


「自衛隊による全面防衛行動は実施されません。今後の現地対応は、在日米軍および太平洋軍に委任されます」


「……国民の皆様には、どうか冷静な判断と行動をお願い申し上げます」


録画された声明は、各テレビ局で時差放映された。だが、多くの国民はすでにテレビを信用していなかった。


統合幕僚監部。


市ヶ谷の作戦中枢は、無人のオペレーションルームとなっていた。かつての緊急対応班も消え、司令群の大半は“入院”や“私的外遊”という名目で不在。


実質的に、南西諸島の作戦権は米軍に吸収されていた。


沖縄嘉手納基地には、米陸軍第25歩兵師団の派遣部隊が展開。


「日本の主権下での協力は困難であるため、緊急対応として米軍が直接統制に入る」


と、PACOM司令官は声明を発した。


与那国島・西海岸。


柿沼中隊の残存部隊は、戦闘糧食も弾薬も尽きかけていた。


中国軍の装甲車部隊が、島の東端から進軍してくる。


「最終防衛ラインまで、約600メートル」


副官が報告する。


柿沼浩介・1尉は、戦闘服の襟を正し、野戦無線機を手に取った。


「こちら、与那国島警備中隊。これより、我、自衛隊の名において最終迎撃を開始する」


「生存をかけた戦闘ではない。“存在”を証明するための迎撃である」


その言葉が、記録に残された最後の無線交信だった。


翌朝、与那国島南部に展開した無人機が送信した画像には、焦土と化した防衛拠点と、遺棄された小銃が散らばっていた。


石垣市内・避難キャンプ。


三橋夏美は、使えなくなったスマートフォンの電池を最後まで惜しみながら、録音機能で音声日誌を記録し続けていた。


「こちら、石垣避難キャンプ第三小学校分室。避難者数は本日で112名。食料は、今日で底をつきました」


「行政からの連絡は依然ありません。自衛隊の姿も見えず、連絡も取れません」


「ですが、記録を残します。ここに、“この国がこの瞬間どうなっていたか”を」


教師としての責務以上に、一人の人間として「語ること」の意義が彼女を突き動かしていた。


子供たちは、もはや質問もしなくなっていた。


「“国”って何?」


一人の女の子がぽつりと聞いた。


三橋は、黙って彼女の頭を撫でた。


その手のひらは、細かく震えていた。


10月15日。夜明け前。


かつて「国家」と呼ばれたものは、命令を出さず、守らず、記録さえ取らないまま、ただ“静かに死んでいった”。



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