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6.熱田の愚連隊

 天文二十一年四月三日。

 昨日、月次祭の熱田神宮の祭事を終えて城に戻った。

 今朝は加藤(かとう)-三郎左衛門(さぶろうさえもん)が仕切る特練の日だった。

 三郎左衛門は近江六角家に仕える家老の三雲(みくも)-定持(さだもち)の子である。

 定持も甲賀五十三家の一つであり、“猿飛び”の名を持っていた。しかし、老いた時点で嫡子賢持(かたもち)に名を譲った。

 猿飛びの名を譲り受けられなかった三郎左衛門は武者修行の旅に出て全国を回った。

 そこで望月の鬼姫が仕えたと聞いた彼は、千代女の腕試しと俺を殺しにやってきた。

 護衛の家臣や千代女らの護衛侍女を打ち倒し、俺に刃を向けた。

 彼は下らぬ者に容赦しない性格だった。

 俺の人生はこんなものか。

 諦めて睨み付けた。

 彼は「その年でその度胸。気に入った」と言って姿を隠すと、加藤-延隆の客将となって戻ってきた。“三雲”の姓を捨て、延隆から“加藤”の姓を貰い、熱田の猿飛びで『飛びの加藤』を自称している。

 千代女もスパルタだが、加藤のスパルタは比でない。

 俺を護衛するメンバーの力量を見定めて、顔や首元といった急所を狙って攻めてくる。

 護衛の手元が狂えば、俺は死ぬ。間違いなく、死ぬ攻撃を繰り出してくる。

 護衛侍女らの緊張は千代女の比にならない。

 千代女も容赦しないのは同じだが、俺への致命傷となる攻撃をしないからだ。


「反応が遅い。今ので魯坊丸様が死んだぞ」

 

 俺の首筋に赤い線が走った。

 三郎左衛門と彼が選んだ刺客のメンバーがギリギリの手加減で攻めてくる。

 生の殺気で気絶しそうになるのに耐えた。

 気絶したら“お仕置きだ”とロビンフッドの林檎打ちの刑が待っている。

 俺の頭に置いた果実に護衛侍女らがクナイを一人百投で投げ続ける罰であり、遠間から切れ目なく飛んでくるクナイに耐えるシゴキだ。

 生きた心地なんてない。

 いっそひとおもいに殺してくれ!

 そう叫びたくなる。

クナイを投げる護衛侍女らも投げるのに戸惑う。明らかに外すか、一瞬でも躊躇えば、百投の追加で“ネバーエンディングストーリー”だ。

 俺も恐怖に負けて失禁した。

 あのときは、思い出す度に恥ずかしさで皆と顔も合わせられなくなった。

 とにかく、三郎左衛門は容赦がない。


「よし、ここまでだ」

 

 日の出前からはじめて一刻(2時間)が過ぎ、日が差してきた。

 今日も生き延びた。

 十日に一度程度の千代女の特練は生傷が絶えないが、加藤の特練は寿命が縮む。

 冷や汗を拭き、皆で反省会を兼ねて朝食となった。


「やっと様になってきましたな」

「加藤殿の教授のお陰です。私ではどうしても甘くなりました」

「まぁ、まだまだですが、千代女様抜きでも手練れから一撃を防げる程度になりましたな」

「はい」

 

 千代女と加藤は馬が合う。

 強くなりたい千代女は加藤という目標を目指し、加藤も娘のような千代女に技を惜しみなく伝授している。しかも加藤は武者修行で多彩な技を習得しており、刀、槍、鎌、縄、忍術と別人のような攻撃をしてくる。

 加藤が侍女ら一人一人に忠告を与え、手痛い指摘されると彼女達は頭を下げた。

 紅葉は「あははは」と呟いていた。


「最後に魯坊丸様」

「俺もか」

「殺気に反応できるようになりましたが、無駄に避けようとしましたな」

「拙いか」

「拙うございます。そこのとろくさいチビ程度に動けねば、邪魔となります」


 チビとは紅葉のことだ。

 紅葉は「とろくさくありません」と目を逸らして呟いている。

 俺から見ても遅いと思わない。


「このとろくさいチビは某の動きが見えておりませんが、予測して味方に指示を与え、味方の間隙を埋めるように動きます」

「紅葉はそんなことをしているのか」

「一番とろいですが、先読みをするので某の動きを抑止できるのです。魯坊丸様も味方の動きを把握して避けるならば有効ですが、衝動的に避ければ、敵の思うツボとなります」

「思うツボとは何だ?」

「魯坊丸様を助けようと寄ってくる者をまず一人始末し、陣形が乱れた隙にもう一人を始末する。そうなれば、魯坊丸様を殺すのは容易い」

「俺を助ける為に読まれやすい行動になるのだな」

「はい」

「判った。避けるのはやめる」

「止めるのではなく、味方の動きを把握して敵を誘導する動きを覚えて頂きます。それが次の課題ですな」


 余計なことをしたら宿題を出された。

 指摘が終わると、さくら、楓、紅葉のグループに分かれ、グループワークで動きの確認が話され、どう動くのが正解だったのかを加藤に尋ねる時間に変わる。

 朝食が終わってもグループワークがしばらく続いた。

 少し手が空いた加藤がこちらを向いた。


「魯坊丸様。何やら山口(やまぐち)-教継(のりつぐ)が奇妙な動きをしております。災いになる前に刈り取るべきという意見が出ております」

「意見とは、愚連隊(ぐれんたい)か」

「はい」


 熱田の独立愚連隊。

 加藤が武者修行の旅で知り合った猛者、偶然に熱田を訪ねた剣豪や忍びを勧誘してできた加藤家の客将軍団のことだ。

 加藤の部下ではなく、俺を支える加藤の同志でもある。

 但し、目的は強敵との戦いだけの者、子供に刺客を送る今川義元に反発した者、銭が欲しい者、一族を食わしたいだけの者、己を評価してくれる君主を求める者とそれぞれであった。

 その愚連隊の半数は忍びであり、主を失った者、故郷を奪われた者が多い。

 多くの君主は武力を尊ぶが、忍びを下賤な者と蔑む。

 しかし、俺はまったく違い、情報こそ至高。

 忍びは自分の目と耳であり、腕と足から切り離せないと公言する。

 仕えがいのある君主らしい。

 加藤家の客将という肩書きで必要な資金は俺が出している。

 尾張甲賀衆や尾張伊賀衆に属するのを嫌がったので、俺が「まるで不良中年、独立愚連隊だな~」というと、加藤はその言葉を気に入って『愚連隊』と称していた。

 どうやら彼らは独自に山口家を調べ、山口家の謀反を察知したようだった。


「千代。説明してやれ」

「畏まりました」

「加藤殿。こちらをご覧下さい。尾張の地図でございます」


 千代女が後ろから尾張の地図を広げると、山口家が陣取る笠寺と、反対の東尾張の岩崎を指差した。


「鎌倉街道を進み笠寺を越えると熱田が目と鼻の先となります」

「ここが寝返ると熱田が危ない」

「はい、その通りでございます。しかし、危ないと今川方から見れば、攻めたくなる場所となります」

「攻めたくなる……つまり、熱田から攻めさせたいと」

「若様はそのように考えられ、織田の長城を用意されました。長城を避けると、守山か、岩倉から攻めることになり、今川方は遠回りすることになります」

「それが拙いと」

「はい。尾張の東から北へ迂回されると、織田弾正忠家は総堀の内に籠もる策が使えず、討って出る必要となります」

「平場の戦いを避けたいということか」

「若様は圧倒的な武力を叩き伏せるか、城に籠もって耐え忍ぶことを信念とされます」


 加藤が俺を見た。

 平場の戦場で互角戦力なんてまっぴら御免だ。

 戦うなら圧倒的な戦力で叩く。

 それが駄目なら城に籠もって耐え忍ぶ。

 那古野・末森を囲む総堀内に田んぼがあり、兵糧は無限に生産できる。

 湊を抑えられない限り、物流は途絶えない。


「魯坊丸様は籠城で今川方の猛攻を耐えられると」

「城攻めには三倍の戦力がいる。織田家は一万とちょっとの兵力を用意できる。今川方の三万では足らん。五万が必要だ。だが、今川家に五万の兵を食わす兵糧はない」

「兵糧がないと?」

「駿河、遠江、三河を合わせても高々八十万石しかない。すべての兵糧を持ってくれば、戦えぬこともないが、それでは自領で内乱が起きる」


 五万人の兵には、荷駄隊や後方支援の兵が必要であり、延べ十万人の動員が必要となる。

 十万人を食わす兵糧が必要であり、駿河、遠江、三河の三国で用意できる物量を超えている。

 北条家と武田家が支援しない限りあり得ない。

 しかし、北条家は関東に多数の敵がおり、武田家は上杉家という敵がいる。

 そんな戦力は用意できない。


「今川方が出せる兵は知れている。釣りと一緒だ。撒き餌を蒔いて大物を釣る。最小の労力で最大の獲物を釣る。山口は撒き餌だ」

「なるほど」

「あえて熱田を攻めさせ、しびれを切らして出てきた義元を狩るのですな。納得しました」

「しばらく、自重してくれと言ってくれ」

「畏まりました」


 これで独立愚連隊が大人しくしてくれるといいな。


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