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5.葬儀、信長の乱入

 天文二十一年三月某日。

 那古野城の南の萬松寺で織田-信秀の葬儀が執り行われた。

 もちろん、信長兄ぃは浴衣の袖を外したような格好ではなく、腰には様々なものをぶら下げ、髪は茶筅まげなどではない。死による穢れを祓い、故人や近親者と同じ、白い喪服の直垂姿に烏帽子を被っていた。

 立派に喪主を務め、完璧に葬儀を取り仕切って嫡子としての役目を果たした。

 信勝兄上や主だった家臣も文句を付けられない。

 俺は織田一門衆の一段前で住職らと一緒に陣取った。

 萬松寺の住職も熱田神宮の神官のみを招くのでは、あらぬ誤解を招くと考えた。

 宗派を超えた僧侶や観音寺の神主などを招いて、俺は僧侶と神官の一団に紛れてしまった。

 流石、親父の叔父である大雲永瑞(だいうんえいずい)様だ。

 俺の意図を察しながら、角が立たぬように取り計らった。

 無事の葬儀を終えて中根南城に戻ると、信勝兄上から桃巌寺で親父を弔う会の招待状が届いた。

 末森の家臣、萬松寺に入れなかった者で親父を(しの)ぶという。

 しかも七日後だった。

 俺は千秋-季忠と相談した。


「あからさまに拒絶するのも何ですな」

「萬松寺に招待された僧侶と神官のすべてを招くようだ」

「ならば、行くしかございません」

「熱田は信長兄ぃを支持すると公言している。それを承知で招待状を送ってきた」

「別に末森と敵対する気もございません。信勝様も熱田に触れを出され、自治をお認めになっております」

「では、行くしかないか」


 あぁ、面倒だ。

 桃巌寺では親父を『偲ぶ会』であり、七日供養の筈だった。

 遺体の代わりに遺髪を飾り、段取りはどうみても葬儀にしか見えない。

 信勝兄上が喪主を務め、織田弾正忠家を継承するのは“わたしだ”と主張しているようだった。

 桃巌寺も萬松寺と同じ曹洞宗の禅寺であったが、家臣団の多くは浄土真宗を信仰していた。

 禅宗は、死ねば消滅。故人に天に旅立つ。

 対して、浄土真宗は輪廻転生して生まれ代わって再会できる。

 家臣らは、親父との再会を願った。

 式は浄土真宗に則って執り行われた。

 そもそも初七日や四十九日、年忌法要などの追善供養(ついぜんくよう)を行うのは浄土真宗の考え方であり、禅宗にはない。

 だが、中身は追善供養ではなく、葬儀であった。

 葬儀が進み、焼香となった。

 バタン、扉があらん限り大きな音を立てて開かれると、白直垂の信長兄ぃが現れて、お香をがしっと鷲掴みにすると、「喝っ、このうつけ者が」と大きな怒鳴り声を上げて位牌に投げつけた。

 後ろに振り返ると、この葬儀に参加している者を睨み付けた。

 ふん、最後に首を振って出ていった。

 寺から出るときは、いつもうつけ姿に戻って馬に乗って颯爽と消えていったらしい。

 

 中根南城の自室に戻って、重く暑苦しい神服を脱いでやっと一息だ。

 床に足を広げ、後ろで手を付きながら侍女らに聞いた。


「誰か、太田牛一という名の者を見たか」

「太田家の者はいましたが、牛一という名の参列者はおりません」

「柴田の家臣と聞く」

「柴田家に太田の姓を名乗る家臣はおりません」

「そうか」

 

 信長公記を書いた作者はいないのか。

 柴田家にもいないとなると、仕えるのは後だろうか?

 ともかく、牛一がどちらの葬儀にも参加していないのは判った。

 さくらが信長兄ぃに尋ねた。


「信長様のうつけぶりも凄いですね」

「そうでもないぞ」

「お香を投げつけていましたが、故人に無礼ではないのですか」

「禅宗では、香を投げつけ、故人への未練を断つ。礼儀に則った作法の一つだ」

「知りませんでした」

「特殊な作法だ」


 信長兄ぃも最低の礼儀は守った。

 萬松寺では普通に焼香したので、末森の家臣団への威嚇も含まれている。

 信長兄ぃも焼香に参加したので謀反の集会とはならない。

 温情かもしれない。

 まぁ、末森の家臣と周辺の領主をすべて敵にする訳にはいかない。


「しかし、もう少し知恵を巡らせるべきだろう」

「若様。それはどういう意味ですか」

「最初から参加して、喪主の席に居座るとか、穏やかな手もあるという意味だ」

「信長様が先に最前列に座ると退かす訳にいきませんね」

「俺なら平針の加藤図書助に命じて段取りさせる」

「おぉ、なるほど。加藤様は末森の家老。元々、熱田羽城の主で信長様を支持しておりました」

「信光叔父上に手を回せば、完璧だ」

「末森、筆頭家老。織田一門衆の中で発言力が高いお方です」

「敵を増やしてどうする」

「ですが、敵・味方がはっきりする方が判り易いと思います」

 

 単純なさくらには信長兄ぃに通じるものがあるのかもしれない。

 白黒をはっきりさせる。

 それは単純化であり、物事を進めるのが簡単になる。

 しかし、間違いだ。


「さくら、よく聞け」

「はい」

「世の中には、白でも黒でもない玉虫色がほとんどだ。はっきりとした白と黒という輩の方が珍しい。判るか」

「そうなのですか」

「俺は信長兄ぃのやり方が気に入らない。しかし、信勝兄上の決断力のなさは最悪だと思っている。だから、どちらかと言えば、信長兄ぃを推している。だが、白ではない。白寄り玉虫色だ」

「なるほど。信長様は気に入らないが、信勝様は頼りないので駄目だと」

「一番の理由は、尾張統一という一番面倒なことをやりたくない。誰かに押し付けたい。その才覚を持っているのは、信光叔父上と信長兄ぃの二人だ。信光叔父上はやらないと断言された。残るのは信長兄ぃしかない」

「勝幡城の信実様は駄目ですか」

「駄目ではないが、信実叔父上は俺を織田弾正忠家の当主にさせたいと言っている。中継ぎを引き受けてくれるが、俺が元服したら家督を譲ろうとするから絶対に嫌だ」

「なるほど。だから、信長様ですか」

「つまり、俺ですら玉虫色。ほとんどの家臣も玉虫色だ。それをわざわざ敵にする必要はない。味方になれと言わんが、敵にしない方法を考えれば、敵が減る。俺は少なくともそうしている」

「なるほど、民に温情を与えるのは敵にしない為でしたか」

「そうだ。それは民だけではない。織田家の家臣にこだわらず、婚儀や子供ができた時に祝いの品を贈っておく。こちらに悪い印象がなければ、調略のときに役に立つ」

「調略、敵の領主を裏切るのですか」

「領主に忠義のみで従っている者はおらん。忠義が揺らげば、玉虫色に変わる。こちらに好意があれば、白からやや黒に変えるのは容易い」

「おぉ、流石。若様です。このさくらには思い付かない策です」


 さくらは単純だから白黒をつけたい。

 信長兄ぃも白と黒にはっきりさせたいが、単純とは思えないから完璧主義なのかも知れない。

 でも、露骨に敵を増やすのが愚策だと思う。

 柔軟さがないと生きるのに疲れそうだ。



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