4.葬儀参列への脅迫
天文二十一年三月某日。
その日、突然に熱田衆幹部会が招集された。
幹部の面々は、大宮司、権宮司、熱田水軍の大将、荘官、熱田衆の城達、熱田豪商である。
外様の養父は中根南城主だが熱田衆の幹部ではない。
俺は三歳から神輿として呼ばれている。
最初は、織田の小僧をひな壇に置くことで織田弾正忠家への批難を抑える為であった。
今は、熱田衆を率いる主として座らせてもらっている。
俺は酒造りを始め、今では京や畿内へ大量の酒を売っている。
他にも葛根湯をはじめとする医薬品を扱い、うどん、パスタ、水飴の日常食料品を提供し、琉球交易で砂糖など貴重品の交易を行っている。
熱田最大の黒幕にのし上がった。
熱田明神の生まれ代わりと崇められる俺は熱田神宮の神官らも俺に陶酔し、大宮司と二分するほど発言力を持つ。
熱田の領民も俺を崇めるので領主は俺の意見を無視できない。
俺が商品を止めると熱田商人は干上がる。
熱田防衛の為に水軍の強化を考えて造船所を建設したので、水軍大将は俺への支持をやめない。
俺は裏から支配している。
幹部会となると、本来は大宮司が座る席に俺が腰掛けた。
緊急招集を呼びかけた大喜東北城主の岡本-久治が怒気を発した。
「皆様にお伝えせねばならぬ事が発覚しました」
「どうされた」
「大殿の葬儀でございます」
「つつがなく、萬松寺で執り行う準備が進められていると伺っている」
「いいえ、大問題です。織田一門衆の参列に魯坊丸様の名がありません」
久治がそう言った瞬間、幹部らの目の色が変わった。
皆が怒気を発して怒り出した。
ちょっと待て。
元服していない俺が呼ばれないのは当然だ。
「元服されていない三十郎殿を参列させて、魯坊丸様を参列させないのは無条理です」
「まったくだ」
「三十郎殿も土田御前の子。御前の思惑が透けてみえる」
「まったくだ」
三十郎兄上は元服間近であり、目くじらを立てるほどではない。
偶々中根南城に飯を漁りにくる。
俺と剣術の稽古をしたがり、兄としての威厳を見せ付けたいと主張する以外は良い兄だ。
気心が知れているので付き合い易い。
特に問題ではない。
城主らは土田御前が自らの子を優遇する姿勢を非難していた。
そして、黙っていた水軍の将である加藤-延隆が口を開いた。
「そもそも初陣をしておらぬ信勝様より、熱田・荒尾・佐治の三水軍の総大将である魯坊丸様の方が上だ」
「延隆殿。総大将ではありません。“総帥”です」
「三水軍の指揮権を持つ。総大将と同じではなりませんか」
「いいえ、訂正して下さい。私は熱田水軍。荒尾水軍。佐治水軍。この三水軍を命令する権限はありません。荒尾領の造船所で建設した試作船二隻、新造の三百石船一隻を管理しているだけです」
「何を申される。あと五年もすれば。十五隻を超える艦隊を従えるのです。“総大将”で間違いありません」
「父上が存命の時にそんな事を言えば、私の首は飛びます」
「その大殿はおりません。いっそ、織田弾正忠家の当主となって下され」
「遠慮します。家臣にも言いましたが、後々のお家争いを避ける為にも“長子相続”を堅持します。熱田の繁栄を望むならば、無駄に争いを広げないことです」
「熱田の繁栄ですか。そう言われると返す言葉がない」
延隆の口を閉じさせると、次に熱田商人らが参戦した。
俺は信長兄ぃの婚礼を整えた相談役を立派に務め、今も琉球交易の相談役を親父から任じられている。
他にも尾張国内の領地に赴いて、“蝮土”を使った農地改革や新田開発の指導を行っている。
一言でいうならば、信勝兄上より領主達から信頼を得ている。
俺に逆らうと熱田明神の祟りで神罰が下る。
熱田領とその周辺の領民はそう信じており、領主達は俺に逆らうのを躊躇う。
信勝兄上より発言力があると断言した。
「仮に魯坊丸様が葬儀に参列されないことに納得したとしても、熱田の領民は納得致しません。必ず叛旗を翻し、織田様へ抗議致します」
「そこまでするか」
「魯坊丸様。城主らの目をご覧下さい。主を馬鹿にされて黙っていられぬ。そういう目をしております」
俺が城主らの目を見ると、城主らが一斉にうなずいた。
領民を煽って抗議を敢行する気……満々という意思が見えた。
熱田商人は城主を支援すると煽る。
止めないと、ヤバい。
俺が内心で焦っていると、大宮司の千秋季忠殿が「おほほほ」と笑った。
「大宮司様。その笑いはどういう意味ですか」
「皆様は何を焦っておられる。久治殿、お答え下さい」
「それは織田一門衆の席に魯坊丸様の名がないことです」
「愚かな」
「何が愚かですか。貴方の叔父上はそんな事で騒ぎません」
「叔父上も怒るはずです」
「怒る。あり得ません」
「何故でございますか。大宮司様。大宮司様でも返答次第ではただでは済みませんぞ」
「このような事態になることを」
大宮司の季忠が言葉を途中で止めて俺を見た。
「魯坊丸様が気付かれぬわけがございません。そうでございますな」
「…………」
「ここにいるのは幹部のみ。本心を語られても問題ありません」
「…………」
「魯坊丸様」
知りません。何も考えていません。
むしろ、葬儀に参列したくない。
なんて言えるわけもない。
「まぁ、見ておれ。そなたらは気に掛けることはない」
俺がそう言うと、皆が納得したようにうなずいた。
どうしよう?
幹部会が終わり、千秋邸の俺専用の客室に戻った。
部屋に入った瞬間、バッタリと寝転がると手をジタバタして体を揺すった。
「あぁ、どうしよう」
「若様。取り乱し過ぎです」
「楓、何か良い策はないか」
「若様が思い付かぬことを、私ごときが思い付くわけもありませんよ」
そういうと楓も寝転がり、手で顔を支えて俺を覗き込む。
猫の目のように興味深く俺を見つめ、何を考え出すかと覗いている。
楓は気楽でいいな。
「若様が私と同じ自堕落な性格であることは承知しています。面倒な葬儀に行くくらいならば、屋根で昼寝をしている方がいいですねよ」
「屋根に上る気はないが、その通りだ」
「屋根はいいですよ。春の日差しは暖かく、お昼寝に最高。辛気くさい部屋に閉じ込められて、お経を聞くより最高です」
「まったくだ」
「でも、そうなる。熱田領民は織田弾正忠家へ忠義心を失い、若様を神輿に担いで戦を始めますか」
「それはどうなるか分からん。だが、信長兄ぃも信勝兄上も信頼を失う」
「熱田が信長様の支持を取り下げれば、津島衆も止めるでしょう」
楓が面白がるように言った。
熱田と津島の支持を失った信長兄ぃが家督争いから脱落し、信勝兄上が俺に頭を下げて取り込まない限り、俺は熱田衆と津島衆に擁立されるのか。
美濃の蝮、東海一の弓取りの二人が腹を抱えて笑いそうだ。
「千代女様と加藤殿が喜びます」
「加藤は喜ぶだろうな。千代はどうか?」
「喜びます。若様が尾張の国主になるのです。私以外は喜びます」
「楓は喜ばないのか」
「忙しくなるのは嫌です。私はもっと昼寝がしたい」
「俺も同意する。ゴロゴロしたい」
俺がそう嘆くと、楓以外の侍女らは渋い顔をしている。
自堕落でだらしない主だ。
俺の本性を知っているのは、母上、妹、右筆、侍女、側近、忍び衆に限られる。
それでも俺に付き従ってくれる。
俺を慕ってくれる者が内戦で誰か死ぬのを見たくないな。
「行くしかないか」
「どうします」
「織田一門として出席すると、土田御前の面子を潰すだろう」
「そうですね」
「参加しても一般の武将と同じならば、熱田衆が納得しない」
「しませんね」
「楓、少し考えろ」
「考えても何も浮かびません。ですから、熱田明神様に祈ります」
そう言うと、起き上がると、俺に向かって祈った。
熱田明神って、俺の事か。
まったく、神頼みとは良い度胸だ……神頼みか。
「それだ」
「何がそれですか?」
「神頼みだ。萬松寺の住職に手紙を書く。このまま葬儀を執り行えば、織田弾正忠家に厄災が起こる。萬松寺も火の海に沈むことでしょう。大宮司の千秋季忠に相談することを奨めます。葬儀の前に不浄を取り払い、葬儀中は悪鬼が入らぬよう。寺に結界を張って致しましょう」
「えっ、それは何ですか」
「萬松寺の住職への『不幸の手紙』だ」
「不幸の手紙?」
「手紙に従わなければ不幸が起こる。そうだな、手紙は長根荘の荘官に頼むか。俺を葬儀に招かなかったと、熱田の民が押し掛けて萬松寺に火を掛けるだろうとつぶやかせるか」
「うわぁ、酷い脅しだ」
「住職の横で大宮司様と俺が結界を維持する。織田一門より一段の前に座る。織田一門に俺の尻を拝んで頂く」
「尻に敷けば、熱田衆も納得しますね」
「神様だからな」
「神は神でも若様ですか」
「楓も俺を拝んだだろ」
楓がニコリと笑った。




