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46.信長からの呼び出し

 天文二十一年九月三日

 くそ忙しい最中に信長兄ぃが呼び出しに応じることになった。

 いつものように部屋に案内されると、まず帰蝶義姉上が申し訳なさそうと謝った。


「魯坊丸、ごめんなさい。今日、知らされたばかりなの。忙しいのに申し訳ございません」

「いいえ、信長兄上が急ぎと言われたのです。重要なことなのでしょう」

「・・・・・・・・・・・・」

「帰蝶義姉上はもう知られたのですね」

「本当に申し訳ないわ」

「えいえい、ごちゃごちゃと何を謝っておるのだ」

「常備兵を増やすだけの交渉ならば、わたくしが聞いてきます。呼び出すほどのことでありません」


 常備兵を増やすつもりで呼び出したのか。

 下らない。

 帰蝶義姉上は俺が怒ると気が気でないようだ。


「信長兄上」

「兄上ではない。兄ぃではなかったか」

「では、信長兄ぃ」

「うむ、なんであるか」

「本気で常備兵を増やす為に呼び出したのですか」

「まずはこれを見よ」


 九月の決算書を取り出して俺に披露した。

 先月は“萱津の戦い”があったので普通ならば赤字になっているのだが・・・・・・今回は違った。

 奪い取った戦利品の一部が上納され、捕縛後に生かされた武将が多額の献金を上納し、副収入が支出の赤字を埋めていた。

 否、赤字を埋めるどころか、膨大な収益となっていた。


「信長兄ぃ、何をなさったのですか」

「大したことはやっておらん。降伏した兵は名前と誰に付き従ったかを控えて解放してやった。武将も同じだ。寝返れなどと無駄なことを言わなかった。ただし、解放した兵の数を知らせ、己の値段は己で付けよと申してやったのよ」

「身代金ですか」

「一文たりとも支払わぬとほざく奴には、“其方の価値は0文じゃな、ようわかった”と答えてやった。払わんと言っていた奴が一番多く持ってきおった」


 武士は見栄の塊だ。 

 奴が百貫文ならば、俺は二百貫文だ。

 やせ我慢の競い合いで命のセリが起こった。 

 助かった武将はお互いに命の値段を談合し、互いに意地を張って値が吊り上がった。

 こうして信長兄ぃの元へ、臣従の証の上納金が集まった。

 銭をむしり取った上で代官の派遣を認めさせた。


「これだけの銭が用意できれば、常備兵の追加は問題ないな」

「何の話でございますか」

「銭を用意すれば、兵を揃えると申しておったであろう」


 売り言葉に買い言葉だ。

 本気で銭が用意できると思っていなかった。

 はぁ、俺はため息を吐いた。

 こんな下らないことで俺は呼び出されたのか。


 俺はあの戦で各方面に迷惑を掛けた。

 特に熱田の惣にお世話になり、恩返しに儲け話を提示した。

 囲碁・将棋、乗馬、投石、武闘の奉納試合を開催し、“賭け札”で一儲けしましょうと呼び掛けた。

 その準備と調整で目いっぱいなのだ。

 その準備、ルール作り、人材の配置とやることがいくらでもあった。

 言い出しっぺが俺だ。

 まだ誰も知らないことをはじめたので丸投げできずに面倒臭いことになっていた。

 そんな慌ただしい昨日、十月二日にに信長兄ぃが“明日、登城しろ”という使者がやってきた。

 使者の佐久間(さくま)-信盛(のぶもり)が言った。


「信盛、俺は忙しい。八日に登城することになっている。それではいかんのか」

「信長様がすぐに登城するように申し付けております」

「信盛、もう一度言うぞ。俺も忙しい」

「信長様も忙しくされております。その信長様が急ぎと申されております」

「わかった。明日の昼に登城する」


 猫の手も借りたいときに信長兄ぃに呼び出された。

 本当の急ぎなら千代女経由の内容が先に伝わる・・・・・・つまり、ろくでもない話しかない。

 そして、自慢話の後にろくでもない要求だった。

 頭が痛くなった。 

 信長兄ぃも清須に何度も攻められながら新たに臣従してくる者の対処や、取り戻した松葉城と深田城の後始末をしているのに、この余裕は何だ?

 そうか、

 細かいことを指示せず、誰かに丸投げしているからだ。

 常備兵を揃えるには、兵に軍隊式を叩き込む必要があり、『ブートキャンプ』のような多岐にわたる短期集中型の実践特訓が必要だ。

 つまり、兵の中から戦国の価値観をぶっ潰す。

 敵首など見向きもしない軍兵へ変貌させる必要があった。

 基礎でも三ヶ月、スタミナを付けるなら一年の過程が必要となるが、前回は強引に一ヶ月の超短期スケジュールで鍛え直した。

 そんな時間も人材もない。


「わかりました。あと一千人のみ用意しましょう。しかし、一人の兵を育てるのに、普通でも三年は掛かります。まだ二年目ですが、その兵を用意しましょう」

「用意してくれるか」

「用意しますが、残り一年分はご自分で揃えて下さい」

「鍛えるじゃと」

「今はまだ普通の兵であり、軍隊として使えません。そのやり方と指導員は派遣します。俺は鍛える期間を一ヶ月に短縮して信長兄ぃにあの常備兵を用意しました。本来は一年掛かりますが、やり方次第で短縮できます」

「そなたがやってくれんのか」

「この忙しい時期では手が足りません。半年ほど待って頂くことになります」

「待てん」

「ならば、ご自分で育てるしかありません」

「そなたは三千人を揃えてみせると言ったではないか」

「明日、揃えるとは言っておりません。人を育てるには時間が掛かるのです」

「魯坊丸、儂を謀るつもりか」

「謀っておりません。待って頂ければ、三千人でも、一万人でも用意致します」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「相分かった。一千人と常備兵に育てるやり方を教えよ」

「すぐに指導できる者を派遣し、作業員から一千人を集めましょう」

「よろしく頼む」

「最後に愚痴を申しますが、作業員から一千人が消えると作業工程を組み直すことになります。その分だけ、俺が忙しくなるということをご理解下さい」

「覚えておく」


 くそぉ、また仕事が増えた。

 やってやれるか。

 信長兄ぃを見習おう。

 はじめての事でも丸投げして失敗してからフォローする。

 そうしよう。

 もう、そうするしかない。

 そうしないと、俺も千代女もパンクする。

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