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40.帰蝶の熱田参りと荷駄潰し

 天文二十一年八月三日空亡(くうぼう)(仏滅)

 帰蝶義姉上が熱田神宮に信長兄ぃの無事と美濃の災害を払う邪気払いの祈祷を願った。

 祈祷の寄付は百貫文 (1,200万円)だ。

 嫁入りの交渉で俺の姉である“木戸の方”に三百石の領地を蝮殿(斎藤-利政)が贈ったのに対して、織田方から帰蝶義姉上に年三百貫文を約束した。

 三百石の領地を貰っても半分しか年貢が上がらない。しかも代官などに給金を払うと、百貫文も残ればよい方だ。織田家は見栄を張って銭三百貫文を与えると言った。

 それだけでも法外な額なのだが、俺は“蝮土”(肥料)の名前料として売上の一部を帰蝶義姉上に与えるという約束もあったのに、二重に支払う罠に気づけなかった。

 俺は斎藤-利政の巧妙さに負けた。

 しかし、蝮殿の評価は高く、帰蝶義姉上は俺を気遣うように蝮殿に命じられたそうだ。

 帰蝶義姉上は蝮土の報酬の一部をキックバックしてくれたわけだ。

 ありがたい。

 俺は心を込めて玉串を振った。


『払いたまめえ、清めたまえ』


 斉藤家も蝮土を採用しているが、その耕作面積は多くない。

 人件費としていただく販売費が安くないからだ。

 まだ一万石に達していない。

 だが、他の分野ではいろいろと真似ていた。

 例えば、冬の間に川底の砂や砂利を取り除く『浚渫(しゅんせつ)』を長良川で実施した。川から採った石や土や砂利は土木工事で使うので川の氾濫を防ぐ効果と一石二鳥である。

 今年の長雨では、美濃の各所で氾濫が相次いだ。

 斉藤家の領地は長良川沿いが多く、その氾濫は限定的で済んだ。

 しかし、木曽川と揖斐川(いびがわ)で被害が出ていた。

 蝮殿が川底を掘ることを奨励しても民への課役が反発を生み、離農や盗賊化を招く恐れがあった。

 織田家のように銭で作業員を雇えば、喜ばれるが予算の余録などない。

 強制すれば、蝮殿からの離反もあり得る。

 だが、今年は長雨で川の氾濫が起こり、領地に大打撃を出してしまった。

 蝮殿は被害にあった家臣へ災害復興に兵を送った。

 現代風に言えば、自衛隊の災害復旧支援である。

 派遣した兵は税を免じている半兵のみであり、領民の負担は最小に留めていた。

 村々の再建はできそうだが、今年の収穫は見込めない。

 祈祷が終わると、帰蝶義姉上がそっと信長兄ぃ宛の手紙を俺に見せてくれた。

 蝮殿は兵糧を借りたいらしい。


「殿は申し出を受けるとおっしゃりました。しかし、那古野の蔵を空にする訳には参りません。もちろん、私の所持金では足りません。恥ずかしながら相談に参りました」

「山城様ならば、有無を言わせずに敵対勢力を排除すると思っていました。その賄えで補填すると」

「私の知る父そうしたでしょう。食えなくなった民を引き連れて、敵対者から奪い尽くす。しかし、父も変わりました。魯坊丸のやり方を見習って、筋道を立てた方がよいと考えていたようです」

「筋道ですか」

「手紙を持ってきた光秀(みつひで)が申しますには、敵対しそうな者には、復興のために人か、米の供出するように命じているそうです」

「あっ、なるほど」

 

 蝮殿はこの災害を利用して、敵対勢力の弱体化を進めるつもりだ。

 協力すれば、その者は蓄えを失う。

 朝倉家に繋がっている領主や他の斉藤家に協力的する家から搾り取って力を削ぐ。

 恭順する者には温情を与える。

 一方、恭順せずに反抗的な者は容赦なく潰す。

 同じ敵でも、恭順する者と恭順できない者が対立して一致団結できない。

 俺がやっている敵を増やさないやり方だ。

 しかも救済された領主と領民は蝮殿の恩義を感じて忠義が厚くなり、討伐で頑張ってくれる。

 そして、敵対勢力の村々を襲って、奪った戦利品を救済に臨時収入に充てる。

 さらに感謝して蝮殿の基礎が盤石となる。

 その信頼を得るために、被災地に送る救援米が必要だ。

 嫁いだ帰蝶義姉上が信長兄ぃに頼んで支援米を送ったと広まれば、織田家と斉藤家の同盟は強まる。逆に、蓄えに余力がないので協力に応じられないと素直に言えば、蝮殿にとって信長兄ぃも潜在的な敵と認定される。

 それを信長兄ぃも察した。

 確かに、織田家と斉藤家の信頼にヒビを入れるのは拙い。


「わかりました。熱田屋に命じて無利子で銭を貸すように頼んでおきます」

「無利子ですか。宜しいのでしょうか」

「熱田屋は祖父の店です。私が言えば無理を聞いてくれます」

「ありがとうございます」

 

 帰蝶義姉上は低金利で借りるつもりだったようだ。

 普通、年利百パーセントが当たり前だ。

 酷い所は“トイチ”を吹っかけ、差し押さえを念頭に銭を貸し出す。

 織田家から津島や熱田の商人から借りれば年利三割と格安だが、それでも三割は大きな負担となる。俺も無利子という恩を売った。

 熱田屋は俺の後ろ盾で設立した問屋であり、俺がオーナーの店だからね。

 そういう事もできる。

 手紙を持ってきたのは明智-光秀と言っていたな。

 光秀は織田家の技術を盗もうと必死に足を運んでいる。


「光秀の “蝮土”は完成したと言っておりましたか」

「魯坊丸に隠しても意味がないのでいいますが、まだ出来ておりません。織田家の秘密を探ろうと、私にも必死に質問してきます。もちろん、織田家に不利になることを答えておりません」

「帰蝶義姉上を信じております」

「そう言っていただけると嬉しいかぎりです。光秀が河川工事の視察を望みましたので、一般区のみ許可を出しました。宜しかったでしょうか」

「問題ございません」

 

 光秀はローマンコンクリートにも興味を持っていたが、それ以上に河川の水流を制御する“聖牛(せいじゅう)”に興味を持った。

 丸太を組みだけで水の勢いが下げられる。

 しかも、すぐに美濃でも取り組める。

 甲斐の武田家が採用した工法なので隠す意味もないと公開情報に分類されていた。

 光秀は危険な非公開情報より、堂々と手に入る公開情報に飛び付いた。

 非公開は自分で研究している。

 光秀は白石を砕いて作った石灰粉に灰を混ぜて、ローマンコンクリートの再現に苦心している。

 美濃から大量に白石の購入にこだわり、飛騨から火山灰を購入している。

 材料の目星が付くのは当然だった。

 まだ、海水と砂利を使う事に気づいていない。

 漆喰を原形に研究し、麻や藁を混ぜるので強度が上がらない。

 光秀との会話を具体的に聞くと、織田家の現場に麻や藁が運ばれていないことに気付いたと言った瞬間、帰蝶義姉上は慌てて「どうような配合か知りません」と否定した。

 帰蝶義姉上は独自の考察で作り方に辿り着いていたようだ。

考え方が柔軟な上に勘がよい。

 廊下に出ると、千代女が待っていた。

 信長兄ぃの奇襲が成功したと教えてくれた。

 俺は帰蝶義姉上に祝いの言葉を贈った。


「作戦の成功。おめでとうございます」

「魯坊丸の段取りのおかげです。ありがとうございます」

「今回も嫌がらせです。成功の有無は大した意味はございませんが、信長兄ぃが完璧を求めるあまりに無理をしないかと心配しておりました」

「本当ですね」


 今回の兵糧入れは知立から衣浦浦を舟で渡り、大高街道、長坂道を通って鳴海城に運ぶ道を選んだ。信長兄ぃは前日に熱田湊から海を渡り、知多を横断して緒川城へ入った。当日は森隊が大高城の南から侵入し、迂回して大高街道から荷駄隊を襲い、敵を引き付けている間に背後から信長兄ぃが兵糧を奪う。

 今川勢が撤退してから鳴海勢や大高勢は穴熊のように城に籠もって討って出てこない。

 武将を多く失い、兵の統率が取れない。

 兵の脱走を恐れて、村に帰すこともできないという惨状であった。

 運び込む米は八十石(12トン、400俵)である。

 村人百人、馬五十頭で運ぶ。

 護衛の兵は三河の兵がほとんどであり、約八百人であった。

 俺が詳しいのは、今川家が伊勢で買った米だからだ。

 今川贔屓の伊勢商人は俺の駒である。

 米百石(十五トン)を吉田城代大原(おおはら)-資良(すけよし)の命を受けた御馬の船頭衆(せんどうしゅう)に売った。

 米は倍近くの値上がりしており、危険手当を含めて三倍の値で買ってくれた。

 俺は儲かり、今川は貴重な米を手に入れた。

 その御馬湊で陸揚げされた米は岡崎へ運び込まれた。

 岡崎運んだ者に俺の手の者がいたので、陣容から輸送まで知ることができた。

 輸送ルートだけはわからなかった。

 鎌倉街道は先日の雨でささやかな土砂崩れを起こして道が封鎖されており、鳴海道か、大高街道の二択に絞られた。

 鎌倉街道もまったく通れない訳でもないが……米俵二俵(60キロ)を背負った農民が通る道ではない。鳴海道を整備されているとは言い難い。

 大高街道に狙いを絞って正解だった。

 さて、今川義元はどう動く?


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