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37.山崎城の戦い(3)

 天文二十一年七月十七日。

 後から考えると、俺もどうかしていたと思う。

 七月七日、開幕前に清めの舞を披露したのは仕方なかったが、今川が動くのが十日早いか、十日遅ければ、二度目、三度目の女装はなかったと考えてしまった。

 十三日に中根南城の東で動きがあった。

 相生山(あいおいやま)の尾根一つが天白川の河口付近へ伸びており、常滑街道の直下に砦を築こうとしていると報告が入った。

 松巨島(まつこじま)の山崎を諦めて、信長兄ぃのもう一つの進入路を潰しにきたと対策を練った。

 今更だが、山崎の復旧と相生の砦は同時にはじめたが、はじめから廃城跡があった山崎と、手付かずの相生では 選定の時間差があったのではないだろうか。

 いろいろと動揺していたので判断を誤ったが、一度出した言葉を引っ込める訳にもいかず、相生砦破棄案は実行された。

 今更だが、急いで相生砦 (仮)を攻略する必要がなかったと猛省している。

 俺の横で千秋季忠がせわしなく同じ所を回っていた。


「魯坊丸様がこんな所までお出で頂くなど危険でございます」

「俺は魯坊丸ではない。熱田屋の小倅で金田(きんた)だ。間違うな」

「申し訳ございません。金田様がここに居るのは危険と思います」

「大丈夫だ。今頃、井戸田の海岸では万の民草が網引き漁を楽しんでおる。井戸田の渡しでは熱田の各城の兵が集まって宴会だ」

「笠寺を攻める予定はございません。ただの見せ兵を気付かれます」

「問題ない。干潮で海を渡れるのは日に二度しかない。一度だけ騙せればよい」


 陸地と松巨島を渡河できる道は日に二度の干潮時しかない。

 巳の刻 (午前9時から11時)を騙せれば、戌の刻の終り頃 (午後21時前)まで渡河できない。十二時間も待てないので渡し舟でチマチマと兵を運ぶしかない。

 昨日十六日の夕方、井戸田に多くの那古野の兵が集まってくれば、夜の干潮時に海を渡り、本日の早朝にどこかを奇襲すると疑う。

 鳴海城から笠寺へ兵が移動し、それを見届けてから夜寒湊よさむみなとから山王山(三王山)の北側へ上陸して、山王山の頂上に一夜砦を築いた。

 笠寺の連中が俺らの上陸を気づくのに遅れたのは井戸田の所為だ。

 信長兄ぃが那古野や熱田の民草に魚料理を振る舞ってやると言い出し、井戸田へ集めるように命じた。当然のことだが強制ではない。

 だが、炊きたての米と酒と魚料理が振る舞われる。

 娯楽に飢えている数千の民草がこぞってやってきた訳であり、長蛇の松明の火が井戸田へ集まっているのを見て、笠寺の武将らは“信長は本気で攻めてくる気か”と戦々恐々としていた。

 今川の武将らは信長兄ぃがどこでそんな大軍を手に入れたのかと首を傾げている。

 しかし、考えて欲しい。

 今川領は駿河・遠江・三河を合わせると百万石と噂される。

 その半分と見積もっても五十万人の民がおり、五十万人が尾張へ攻めてくれば、イナゴの大軍と一緒であり、どんな計略や強力な武器でも対抗できない。

 イナゴに襲われた尾張は一夜で終わる。

 石山本願寺が起こした一向一揆とは、そんな民草のイナゴだった。

 だが、イナゴの大軍を制御できるわけもなく、摂津、河内、大和を荒らして消えていった。

 井戸田の集まった民草はレジャーを楽しみにやってきた烏合の衆だ。

 今川と山口の武将らは昼前に気づいたようで、昼過ぎから笠寺から鳴海へ兵を輸送しはじめた。

 千秋季忠は俺を心配しながら感動に打ち震えている。


「金田様の知謀は素晴らしい」

「別に大したことはしておらんぞ。熱田の埋め立てに輸送船を多く抱えているので、それを利用しただけだ」

「山口は渡し舟を数隻しか持たず、舟人の舟を借りても十隻しかございません。対して、こちらは小早より大きな寸胴舟を百隻も保有しております」

「俺の舟はその三割だがな」

「熱田衆から借りられますので問題ございません。中根や八事の民は喜んで荷運びを手伝ってくれました」

「銭は払うぞ」


 森隊六百人が先行して護衛として海を渡り、俺らはそれに続き、無数の馬防柵などを山王山の頂上に運んで置かせた。最後に大盾を組み合わせて壁と屋根を作り出す。

 俺の陣幕も大盾で囲っている。

 黒鍬衆が背負う背負子は大盾であり、接合部を合わせると壁にも傘にも屋根にもできる。

 積み木ブロックの要領だ。

 こうして一夜砦が完成し、最後に数千の火炎壺を運ばせた。

 砦を守るのは、熱田衆三百人、常備兵百人、鍬衆二百人の延べ六百人のみだ。

 信長兄いは井戸田で待機していた。

 今川方が井戸田へ向かう危険に備えた。

 敵は桜中村付近で集結し、そのまま動かなくなった。

 井戸田の大軍と山王山の砦建設の情報を集め直したのではないだろうか。

 日が昇れば、対岸奥の井戸田の海岸を窺える。

 地引き網を引く民草、海岸で浮かれて遊ぶ子供ら、戦をする雰囲気ではない。

 信長兄いが渡河場所で仁王立ちしているが渡る気配もない。

 井戸田が陽動で、鎌倉街道の下の道の要である山王山を占拠するのが本命と気付く。

 それが陽動だ。

 潮が満ちて渡河できない状況になると、信長兄いは夜寒湊と八事湊へ移動し、相合山の麓へ舟で渡る。

 輸送舟は那古野勢五百人と常備兵四百人を一度で渡した。

 昼過ぎに信長兄ぃが相生砦を攻めだしたと報告が入った。

 一方、下の道を渡河しようとする敵を追い払っていた森隊が護衛を放棄して野並近くまで移動した。ここから渡し舟で信長兄ぃの背後を襲う敵に対応する。そして、俺らは相生砦の援軍の足止めだ。

 未の刻(午後2時頃)になると、渡し舟で鳴海付近に上陸した山口勢が移動をはじめた。

 赤塚山から北へ移動しようとする敵に黒鍬衆と熱田勢が討って出て背後を襲う。

 その後続が近づく前に、黒鍬衆と熱田勢は背後を一撃すると戻ってくる。

 数百人程度が相生へ向かった。

 残り敵は反転して山王山砦に襲ってきた。


『火炎壺を放て、戻ってくる兵に間違っても当てるな』


 次々と渡し舟で移動して敵の後続が続き、こちらは防戦一方となってゆく。

 風下には催涙弾も混ぜて放ったが……風下から敵が消えてゆく。

 よほど、催涙弾が気に入ったらしい。

 また、敵は馬鹿ではない。

 海に入って体を濡らして突撃する部隊が現れた。

まじか。火炎壺が直撃しないと効果が薄れるようだ。

 敵が炎の合間を抜け、馬防柵にぶち当たり、それを越えて襲い掛かったが、壁の前で倒れた。

 勇猛な猛者も毒には勝てない。

 南無三。

 前回で馬防柵の毒に気付かなかったのか、馬防柵を火炎壺の盾代わりに近づき、倒れる者が続出して気付いたようだ。

 慌てて敵が馬防柵を避けるようになった。

 半刻 (1時間)ほど立つと、敵も火炎壺の恐ろしさに気付き出した。

 燃え爛れる兵が続出したからだ。

 直撃を躱したのにもかかわらず、わずかに付いた火の粉が服を燃やし、丸焼けになる者が現れた。

 消えない炎に恐怖し、雄叫びを上げる。

 すでに直撃して火だるまになった死体が目に付く。

 兵が恐怖から足が止まり出した。


「なぁ、千代。ナフサは恐ろしい武器だろう」

「はい、触れると簡単に消えません。大量に生産できればよろしいのですが、それが問題です」

「火災を前提に生産を続けるか、完璧な蒸留器が完成するまで待つか。それが問題だな」

「様々な配合の効果をこの目で確かめられたのも大きいと思います」

「城攻め、兵の威嚇、用途に分けて使ってゆくか」


 油の種類、蒸留の度数を変えて実験を繰り返してきた。

 二十種類くらいまで絞ったが、実戦で効果があるのはどの配合かの結論が出ていない。

 度数の高い蒸留酒は派手に燃え、油が遠くまで飛散するが、攻撃力は乏しい。

 しかし、実戦では派手に燃えるので敵が恐怖して足が止まる。

 止まった所に持続配合の火炎弾を密集して放り込む。

これが一番効果的だった。

最適解の適合より、どちらに偏った配合をずらして投入するのが正解らしい。

 やってみないと分からないものだ。

 戦い始めて一刻(2時間)、相生砦から煙が上がり、敵が鳴海城へ下がっていった。

 信長兄ぃの反転攻勢を恐れた。

 もう山口勢の士気は最低であり、砦が落ちたことで兵は逃走寸前だった。

 夜の帳が下りると、馬防柵に油を掛けてすべて燃やした。

 京五山送り火のような山王山を後にして、俺らは舟で撤収した。

 三戦三勝、上機嫌の信長兄ぃが「よくやった」と褒めながら俺の背中を叩く。

 痛いから止めてほしい。


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