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35.山崎城の戦い(1)

 天文二十一年七月七日。

 どうして俺が巫女に交じって舞わないといけなかったんだ。

 うん、知っている。

 巫女は清らかな乙女、俺を産んだ母上が舞うことはない。

 母上は思い出話を語り、千秋-季忠との今年の舞楽神事について語り合った。

 最初はどんな演目を披露するかという話だったらしい。

 しかし、それなのにどこをどう間違ったのか、俺の話にすり替わった。


“わたくしも一度でいいので舞いたかったわ”

“奥方が舞えば、皆も心が清く洗い流されたでしょう”

“残念です”

“いいえ、諦めるのは早いではありませんか。奥方にそっくりの魯坊丸様がいるではありませんか”

“そうね、魯坊丸がいました”

“神に等しい魯坊丸様が舞えば、民草の心を清く洗い流されることでしょう”

“まぁ、まぁ、まぁ、それは素晴らしい”

“ですが、私が願っても聞き届けて頂くことはないでしょう”

“大宮司様、わたくしが説得してみせます”

“誠ですか”

“任せてください”


 そんな感じで決まり、母上の説得がはじまった。

 俺は断固拒否した。

 母上がくどくどと昔のことを掘り返しながら、ついに俺は屈してしまった。

 舞楽神事は絶対に参加しないが、前座の清めの舞いに参加すると。

 最前列に俺が一人。

 後ろにバックダンサーのようにたくさんの巫女がいるのに、最前列は俺一人だった。

 皆の注目が集まり、俺の羞恥心が爆発した。

 もうお嫁に行けない。

 与えられた部屋の床でゴロゴロと繰り返していた。

 部屋の隅に巫女姿の千代女が座っていた。

 周辺に護衛侍女らも巫女姿で控え、紅葉が会場全体、楓は母上、里、お市、お栄の護衛に付いている。

 天井と床下には熱田甲賀衆と熱田伊賀衆が守っている。 

 今日の警護に愚連隊は参加していない。

 井戸田を挟んだ山崎の地で遊撃として参加しており、今日の警護は中根家に配置されている者のみであった。


「若様、そろそろ昼ですが、食事になさいますか」

「まだいい」

「さくらが戻ってきました。報告を聞きますか」

「頼む」


 部屋に入ってきたさくらが開口一番に熱く拳を握り、「織田方が圧勝致しました」と叫んだ。

 山崎城の復旧を、今川方は三百人の護衛に五百人の農民を掻き集めて始めた。

 昨日の夕方から大高水野家に大高城の東側で暴れる陽動をお願いしたが、今川方は鳴海城から援軍を送らず、逆に鎌倉街道の下の道を通り、鳴海兵が笠寺に移動させられた。

 先日の信長兄ぃの騙し手に懲りたようだ。


 先日、信長兄ぃは大高城の南から東に放火し、大高街道を通って知多半島を横断すると、東浦街道を北上し、沓掛を抜けて戻る放火の奇襲を敢行した。

 しかし、雨が上がった後に信長兄ぃの奇襲を予想していた今川方は三河方面から一千人の援軍を沓掛城に入れていた。それを知った楓が信長兄ぃに注進して、緒川城を経由して荒尾家の木田方面から帰ることを進言したのだ。しかし、信長兄ぃは素直に聞かない。

 そのまま直進して沓掛を目指し、その直前で反転した。

 何をしたかったのか?

 中根南城で報告を聞いているだけの俺には気付かなかったが、現地を何度も走っている信長兄ぃは部隊と部隊の距離感を把握していた。

 信長兄ぃが沓掛に直進すると、沓掛から鳴海勢へ援軍の使者が走った。

 信長兄ぃはその動きを楓に探らせ、すぐに伝えるように命じた。

 そして、使者が走った瞬間に反転して緒川城へ転進した。

 信長兄ぃは鳴海勢の位置を気にしていた。

 鳴海勢は信長兄ぃが大高を襲ったと聞くと、手越川(中島で分流する扇川の支流)に沿って走る鳴海道から長坂道を通り、桶狭間へ向かった。

 大高から東に逃げる信長兄ぃの正面を取ろうと考えた。

 しかし、信長兄ぃは大高街道を直進して桶狭間に向かわなかった。

 桶狭間で信長兄ぃを待ち受けていた山口-教継は信長兄ぃが来ないことにいらだった。そこに沓掛から信長兄ぃの来襲を告げる使者が駆け込んできた。

 鳴海勢は北上し鳴海道を通って北浦街道へ抜けてきた。

 沓掛で戦っている信長兄ぃの背後から襲うつもりだったのだ。

 しかし、鳴海勢が北浦街道へ到着したときは信長兄ぃは緒川方面へ逃亡しており、山口-教継は沓掛勢と一緒に信長兄ぃを追撃するか追撃を中止するかと問われた。

 そのまま緒川方面に逃げると思われたが、信長兄ぃは西に進路を取り、来た道である大高街道を逆走する。

 信長兄ぃを追撃していた大高勢は水野勢が大高城を攻めてきたので撤退しており、手薄となった桶狭間から有坂道、鳴海道を通って鳴海城に出ると、鎌倉街道から常滑街道を通って帰参した。

 山口-教継は信長兄ぃの手の平で弄ばれた。

 尾張甲賀衆の情報能力がある故にできる曲芸のような進軍であった。

 

 月も昇らぬ真夜中に水野勢が大高城の東に現れた。

 朝駆けではなく真夜中だ。

 深夜は盗賊にとって都合がよいが、道もはっきりしないので兵を動かすのに不向きな時間である。

 山口-教継はその時間に注目し、大高への攻撃を陽動と呼んで笠寺へ鳴海の兵を移動させた。

 凡将であるが、無能ではないらしい。

 何故、真夜中か。

 それは丑から寅の刻 (午前3時頃)が干潮になるからだ。

 中根南城から黒鍬衆百人が夜寒の渡しから進軍し、井戸田の渡しから信長兄ぃの常備兵一千人と那古野勢三百人、熱田勢二百人と延べ一千六百人が渡河した。

他に荷駄として鍬衆三百人と農民百人も参加している。

 山崎に滞陣する今川勢は井戸田に見えた灯を報告すると、鳴海勢一千五百人、桜中村三百人、今川方五百人、戸部勢二百人の延べ二千五百人が集結した。

 赤塚の戦いから約二か月、信長兄ぃは再び今川方と対峙することになった。

 前回は織田家臣の山口勢と信長の戦いという曖昧な解釈もできたが、 今度は今川方も参陣しているので織田弾正忠家と今川家の和睦が破棄される。

 解釈違いは利かない。

 戦いが開戦し、あっさりと決着した。

 さくらが興奮気味に叫んだ。


「若様が解禁した催涙弾、鉄球の威力で敵はたこ殴りにされて引いていきました」

「それは報告にならん。もう少し具体的に言え」

「信長様は兵を二つに割りました。那古野勢を山崎城に張り付かせ、黒鍬衆と熱田勢をやってきた敵の正面に配置し、自ら常備兵を率いて遊撃とされました」

「うむ、定石だな」

「対する今川勢は山崎城に三百人、街道近くの丘に二千二百人の配置です。そして、夜明けと共に突撃を敢行しました」


 日が昇ると同時に攻めるのも定石だ。

 街道で対峙する織田勢一千三百人、今川勢二千二百人と圧倒的に今川方が有利だった。

 山口勢が鬱憤を晴らすように突撃してくる。

 そこに催涙弾が飛来して前衛を潰した。

 催涙弾は唐辛子の「カプサイシン」、生姜の「ジンゲロール」、わさび・からしの「アリルイソチオシアネート」、山椒の「サンショオール」、トリカブトの「アルカロイド」を混ぜた。

 味方が吸って死者がでないように毒成分は控えめだ。

 目に入れば涙が止まらず、吸い込めば呼吸困難を引き起こす。

 そこに敵の指揮官のみを狙う鉄球が飛んでくる。

 混乱した直後に信長兄ぃが突撃を行えば、あっという間に崩れる。

 敵が敗走すれば、数が多くとも烏合の衆に成り下がる。

 突撃してきた二部隊を薙ぎ切りにすると、反転して山崎城も攻めた。

 山崎城は木柵しかできていない丘であり、城と呼べない。

 圧勝だった。

 だが、信長兄ぃも無傷の兵が後ろに控えていたので深追いは避けた。

 今回は小手調べだろう。


「明日は信長様も熱田で戦勝できたことを感謝するお参りに来るそうです」

「千代、城に帰ってよいか」

「大宮司様と一緒に主賓を迎える役です。帰れるのは三日後となります」

「嫌な予感しかしない」

「偶然です。私も同じ意見です」

 

 お市が俺の舞いを褒める。

 信長兄ぃが酒宴の座興として舞えと命じ、大宮司と母上が賛同する。

 熱田衆の皆を大喜び。

 女装をもう一回するの?

 俺のライフはもうゼロだよ。

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