34.千秋楽と山崎城
天文二十一年七月一日。
六月三十日は『夏越の祓』が執り行われ、そのまま千秋邸で泊まった。
今日は城に戻り、政務や雑務を終わらせて六日に戻ってくる。
七日から『千秋楽』がはじまるからだ。
この『千秋楽』では、来客を呼んで舞や奏楽を披露する。
俺が察するに、これが『熱田まつり』の原形ではないだろうか?
七月の邪気を払う為に行われた『七夕祭』から派生したように思える。
なぜなら、七夕は織姫(織女星)にあやかって、裁縫、書道、和歌、音楽などの上達を祈った。
昔、七夕に千秋家の者が和歌や音楽を披露して神々に捧げたのははじまりらしい。
千秋家が雅楽や舞を奉納することから舞楽神事を『千秋楽』と呼ばれるようになったらしい。
千秋-季忠が張り切らない訳がなく、母上が協力しない訳がない。
俺は何故か、巫女に交じって『承知楽』の演目を舞うことになっていた。
母上と一緒に、里、お市、お栄まで観劇する。
逃げ道を塞がれた。
午前は豪商らを呼んで次の船団の打ち合わせをした。
紅葉が考えた割り当てを千代女が読み上げた。
西国の情勢を聞かれ、陶家と毛利家が対決することになるが、互いに準備もあるので年内に起こらないという推測も加えた。
豪商らは尼子-晴久という敵がおり、大内家を裏切った陶家と毛利家が仲間割れするのかと懐疑的だった。
客観的に見れば、俺も同じ意見なのだ。
八ヵ国守護に任じられた尼子-晴久を相手に陶家と毛利家が争えば、漁夫の利を得るのは晴久である。そもそも石 見銀山を巡って毛利家と陶家と尼子家が争っている。
どさくさに紛れて陶家が支配していた銀山を奪い返した。
その略奪を陶-隆房は許せないし、備後・備中で尼子家と争っている毛利家も手を結べない。
だが、俺は知っている。
毛利-元就が『厳島の戦い』で陶-隆房を討ち取ることを……弱体化した大内家を滅ぼすチャンスを見逃すほど、謀将“毛利-元就”は甘くない。
史実通りに進むとは思えないが、俺の介入で財政的に裕福になった元就は陶-隆房と戦う道を選ぶ。
豪商らは何の根拠もない俺の勘を信じて毛利家が勝つと考え、毛利家にどれだけ高く貸し付けるかを話し合った。
昼食を食べていると、千代女が神妙な顔で部屋に入ってきた。
「どうした。信長兄ぃが大高城でも攻めたのか」
「信長様は案内役に従って大高街道から東浦街道へ進んでいるようです」
「山口-教継はどうした」
「何度も桶狭間から間米原を通って帰参しているので、今回もそこを通ると踏んで、鳴海城から有坂峠を抜けて桶狭間へ兵を進めたようです」
「紅葉の予想通りだな」
「鳴海勢と大高勢で、桶狭間で信長様の挟撃を狙っておりました。その後の報告はまだです」
「名和城の水野近守と忠守はどうした」
「大高城を攻めております」
水野近守は大高城を奪われ、一色家が放棄した廃城の名和城に入って抵抗していた。
大高城の東の村の田畑を放火し、信長兄ぃは大高街道を東に移動した。
大高城の山口勢が討って出た後に、水野勢が大高城を攻める手はずとなっていた。
水野家の要望を聞いた形だ。
大高城を取り戻す気はないので、成功しても失敗しても気にしない。
同盟国の水野家の顔を立てた。
「信長兄ぃは沓掛を抜けて帰ることになりそうか」
「いいえ、沓掛城には福谷方面から一千人ほどの今川勢の加勢が入っております。沓掛を抜けるとなると面倒です。東浦街道を引き返し、緒川城を経由し、荒尾の木田から舟で熱田に戻ってくると思われます。あの信長様です。どうされるかは知りません」
「信長兄ぃの話ではないか」
「元山崎城の周辺に山口勢三百人が姿を現しました」
「山崎城の復元か」
松巨島(現、笠寺台地)の北、井戸田の渡しと接している土地を山崎という。
鎌倉時代、蔵人-浄盤という者が山崎の地に“羽城”を建てたらしいが、史跡が残っているだけの荒れた丘があった。
松巨島で信長兄ぃが好き勝手できるのは、井戸田の渡しを越えた先に今川の砦や城が一つもないからだ。対して 塩付街道には新屋敷西城、鳥栖城、桜中村城があり、すぐに織田勢の侵入が知れる。
もちろん、山崎に今川方の物見がいるが、ずっと兵を留める訳にいかない。
こちらは忍びに見張らせ、敵が油断していれば刈り取るからだ。
さらに言えば、山崎は戸部-政直の支配下であった。
今川方に寝返った戸部-政直を刺激して、再び織田方へ戻るのを危惧していたのだろう。
だが、戸部-政直は信長兄ぃの首を狙って出陣した。
もう戸部-政直への配慮も必要なくなり、山崎城を復活させて、織田勢を抑えるつもりなのだろう。
うん、想定内だ。
熱田の危機だ。
ここは俺が指揮して、今川の目論見を打破してくれる。
「山崎の奪還に若様が出陣する必要はないと思います」
「千代。まだ何も言っていないぞ」
「七夕で披露する舞を欠席する理由ができたと顔に書いてあります」
「重要だと思わぬか」
「非常に重要です。ですが、中根家の大将は兄君の忠貞殿で十分です」
「しかしだな」
「奥方様が残念がります。お市様とお栄様が駄々を捏ねて、その代償を支払うことになるだけです。諦めて、巫女になりきって舞ってください」
「千代はどちらの味方だ」
「もちろん、若様です。ですが、奥方様に甘い若様が妥協するのが知れておるのです。奥方様に不興を買う意味がございません」
「千代も見たいとか思っておらぬか」
「まさか。さくらや紅葉らのように若様の女装に興味はございません。雄々しくあろうと思われる若様に共感を覚えます。その点はご安心下さい」
「しかし、止めてくれんのだな」
「これから奥方様や妹方に厳しく接すると約束していただけるならば、すべて中止にさせます。中止させますか」
「…………」
「奥方様や妹方に厳しくされますか」
「…………」
「若様」
母上と里ががっくりと肩を落とし、お市がしがみ付いておねだり、お栄が我慢しながら涙を堪える。それを見て、俺は何もせずに耐えられるわけがない。
俺は家族を大切にしたい。
民草の為にすべてを犠牲にして家族を見捨てるようなことはしたくない。
無理だ。
「自信はない」
「では、諦めて下さい」
「何か、よい手は?」
「ございません」
「千代」
「舞うだけです。奥方様や妹君を満足させて下さい」
俺は千代女に見捨てられた。




