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33.戸部政直の裏切り

 天文二十一年六月二十五日。

 熱田湊に、西国に出ていた船団が戻り、千秋邸で報告会が行われた。

 六月末に宮中で行われる大祓(おおはらえ)の後に出される清酒の納品が終わった報告もあった。俺は望月家の行商からすでに報告を受け、商人らも独自のルートで承知している。ここで安堵するのは熱田衆の武士のみだ。

 むしろ、無事に終わったという報告より、京の米価が高騰して地下人(ぢげにん)(殿上に上がれない官吏達のこと)の生活困窮、借財で行き詰まっている報告が重要だ。

 長雨の為に商人らは凶作になることを察している。

 今は地下人に留まっているが、秋を迎えると民・百姓へ波及する。

 そして、食えなくなった者が流民化して、離散するか、野盗に落ちてゆく。

 領主や国主に至っては、造反や粛正の名のもとに戦となる。

 つまり、なければある所から奪うのだ。

 報告が終わると、皆は船団の無事を大喜び、笑顔で退出していった。

 俺も千秋邸の自室に戻った。

 ちょっと不機嫌そうに座り込むと、手に顔を乗せて不貞腐れた。

 紅葉がお茶を出してくれた。


「危機感がない」

「若様。皆は信長様の連戦連勝を素直に喜び、船団がもたらした利益を喜んだのみです。商人に至って、若様に賛同して西国の米を先買いできました。予想通りに米価が上がっているのは喜ばしいことです。しかも民の困窮、武士が起こす混乱は若様が何とかすると思っているのです」

「紅葉、そこまで言うな」

「申し訳ございません」

「俺にそんな力はない。先手を打って、尾張に波及しないようにしているだけだ」

「そこが重要です。治安が悪くなると商人の荷を襲う馬鹿が増えます。その手間を考えると、頭が痛い話です」

「だよな」


 今年の初めに六角(ろっかく)-定頼(さだより)が亡くなり、息子の義賢(よしたか)が跡を継いだ。義賢は公方様と三好(みよし)-長慶(ながよし)の和睦を為して、公方様を京に戻した。

 俺は親父の名義で入京の祝いを贈った。

 しかし公方様は大人しくしておらず、尼子(あまこ)-晴久(はるひさ)に四月二日付けで『因幡・伯耆・備前・美作・備後・備中の六ヵ国守護職事』という命令を出し、元々支配している出雲と隠岐を含めると八ヵ国守護となる。

 播磨に影響力がある長慶への威嚇だ。

 その三好家も丹波で公方様に見捨てられた細川(ほそかわ)-晴元(はるもと)派の波多野家と争っている。

 まだまだ畿内は落ち着きそうもない。


「若様。中国の米を先買いしましたが、収穫後に回収できるのでしょうか」

「さぁ、どうなるか。判らん?」

「無責任なことを……商人らが聞けば落胆します」

「仕方ない。『大寧寺(たいねいじ)の変』で大内家は荒れている。今年になって新当主の大内(おおうち)-晴英(はるひで)義長(よしなが))が山口に入って落ち着いた。しかし、旧大内派との対立が残り、毛利家とも雌雄を決することになる」

「やはり割れますか」

「陶家にとって毛利家の影響力が大き過ぎる。排除せねば安心できない」

「なるほど」

「戦がはじまり、米が回収できない場合は貸した銭の金利で儲ければよい。足りない米は九州と関東からかき集める。そういう方針を立てておいてくれ」

「畏まりました」


 今日の報告会は信長兄ぃの連戦連勝が話題に上がった。

 桜中村城を攻めた森隊が山口勢に痛手を与え、次に出撃した信長兄ぃが鳴海の兵を薙ぎ切りにした。実際、森隊は桜中村城を脇にして追撃した兵に火炎壺を放り込んだだけ、信長兄ぃに至っては、鳴海の三十人程度の分隊を追い払ったに過ぎない。

 大高攻めは村の田に火を点け、帰り道の鎌倉街道にいた沓掛兵を脅かしたのみで戦闘もなく、笠寺の田を狙ったときは、桜中村城と戸部城の挟撃を時間差で対応して追い払った。

 次に信長兄ぃは笠寺の田畑を狙った。

 笠寺砦に残っている今川方の葛山(かづらやま)-長嘉(ながよし)は、桜中村方面の山口勢五百人と笠寺三百人と戸部二百人の延べ一千人の兵で信長兄ぃ六百人の軍勢を包囲殲滅しようと企んだ。

 信長兄ぃは井戸田の渡しから鎌倉街道を通って笠寺方面を目指した。

 留守役の葛山-長嘉は信長兄ぃが笠寺砦を狙っていると考えた。

 砦で信長兄ぃを引き付け、背後を桜中村と戸部に襲わせて討ち取る。

最悪でも足止めができれば、鳴海方面から舟で渡河した今川・山口の兵が戻ってくると踏んだ。

しかし、信長兄ぃの狙いは田畑であり、砦に辿り着くことなく反転した。

 予想外が一つあった。

 島田・平針の兵が藤川の対岸に現れたとき、野並に渡し舟で桜中村の兵を運んでいた。

 野並に十分な兵がおらず、渡河中の桜中村の兵を討つ絶好の機会だった。

 島田・平針の家臣が“藤川を渡って、渡河中の敵を討ちましょう” と将に迫った。

 将には、藤川の上流の貯め池の土手がいつ決壊するか判らないので渡河するなと命じていた。

 せっつく家臣を宥めるのに苦労したようだ。

 しかし、桜中村の兵を率いた将は誰だ。

 桜中村から野並の渡しへ街道が続く。しかし、渡しの舟の数を把握せずに、最短ルートを選んだ馬鹿武将を詰りたい。

 五百人の兵を移動するならば、笠寺から山王山へ続く鎌倉街道の下の道を徒歩で渡河するべきなのだ。そうでなければ、常日頃から三百人を渡河できる舟を用意するとか。

 だが、この失敗が葛山-長嘉の援軍要請に応じる兵三百人の調達を可能にした。

 反転する信長兄ぃの前に桜中村の兵が現れた。

 桜中村の兵は援軍を急ぐあまりに隊列が縦の延びており、前から敵が来ることを想定していなかった。

 対して、信長兄ぃは桜中村方面の敵を気にしていた。

 兵数は倍、兵の練度は上、隊列が延び過ぎないように気を付け、先頭は攻撃態勢を維持している。

 これで負けたら、俺の方が首を傾げる。

 信長兄ぃが戦闘を避けているのは、俺の不興を買って熱田衆の支持を失いたくないからだ。

 本音は戦いたい。

 そんな信長兄ぃの前に手ぐすねを引いてやってきた鴨を見逃す筈もなかった。

 両者が正面からぶつかった。

 桜中村山口勢の頭上から投石と矢が降り掛かる。

 先頭が崩れると敗色が濃厚となり、山口勢の兵は逃げ出した。

 但し、勝って戻ってきた信長兄ぃは不機嫌だった。

 戸部城の戸部(とべ)-政直(まさなお)が信長兄ぃの命を破って出陣したからだ。

 戸部-政直が寝返ったことを伝えていたが、信長兄ぃは信じたくなかった。

 笠寺で孤軍奮闘する戸部-政直を信じたかった。

 今川方の戸部城の包囲が解かれ、戦闘がないことが証拠なのだ。

 だが、信長兄ぃは戸部-政直の手紙を信じて今川を謀っていると思いたかった。


“これより笠寺を攻める。戸部-政直は城の門を固く閉じ、絶対に討ってでることあいならん”


 先触れを戸部城に走らせ、笠寺を信長兄ぃが責めることを知らせた。

 戸部-政直は葛山-長嘉に信長兄ぃの笠寺攻めを教え、葛山-長嘉の対応が早かったのはその為だ。

 信長兄ぃが笠寺領に入ったと聞いて、戸部城から討って出てきた。

 笠寺を攻める信長兄ぃを味方の振りをして背後から攻め、信長兄ぃの首を取れば大金星だ。

 もちろん、笠寺に到着した戸部-政直が見たのは、織田勢がいない笠寺砦だ。

 葛山-長嘉と戸部-政直が反転した信長兄ぃを追うと、見えてくるのは無残に敗れた桜中村の山口勢であった。

 戸部-政直の裏切りを知った信長兄ぃは勝利より裏切りを怒っていた。

 

 十七日の笠寺攻めを成功させ、翌日は熱田湊から舟で大高の背後に付け、大高川の南側の田畑を放火する予定だったが、天候が崩れて二十三日にずれ込んだ。

 二十四日から天候が崩れ、本日の二十五日はまた雨だ。

 気分よく攻めることができない信長兄ぃは “天候が回復したら出陣する”という手紙を送ってきていた。

 もう面倒くさい。

 俺は他の仕事もあるんだ……というか、信長兄ぃも那古野の仕事がたまっているだろう。

 助けを求めてきても手伝いに行かないぞ。


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