31.水で消えない火災
天文二十一年六月十二日。
早朝、千代女が廊下から飛び込んできた。
「若様、玉水の蒸留実験所から火災です」
「千代……おはよう」
「若様、火事です。玉水の実験場が火事です」
千代女の声で起き上がったが、頭が回らず、何を言っているのをすぐに理解できなかった。
長根村の東、玉水の上流に蒸留所があった。
これは熱田の酒村に置かれる兜釜式蒸留器を銅製に変えた蒸留器の実験が行われていた。
そして、高濃度の蒸留酒から派生させたナフサの実験も行われていた。
蒸留酒からエチレンを取り出し、基礎化学品を製造する為だ。
ビニールのホースなど利用価値が大きい。
また、あまり気が進まないが、その過程でできるナフサを使うと、雨の日や水の上でも燃える火炎壺を製造することができるのだ。
このナフサを作るのが面倒であり、まず水ガラスをケイ砂とソーダ灰から作り、水酸化アルミニウムと水酸化ナトリウム、水を混ぜてゼオライトという触媒を作ることから始まる。
これを触媒に高濃度の蒸留酒を気化したものを通すと、気相反応でナフサが取り出せる。
つまり、効率的な蒸留装置とナフサを取り出す実験をしている。
「若様、起きて下さい。ナフサの実験場が燃えています」
「ナ……ナフサだと⁉」
「ナフサです」
「拙い」
一瞬で目が覚めた。
火事の対応でバケツリレーを推奨しているが、水を掛けてもナフサは消えない。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
ナフサ用の危機対応マニュアルを決めていなかった。
「千代、先に行け。俺も後から追い掛ける」
「判りました」
「爆発に要注意だ。誰も近づかせるな。鎮火より飛び火に注意しろ」
千代女は「はい」と返事をして飛び出していった。
ナフサの実験場は他と離れている。
消火しようと近づかなければ問題ない。
それより山の木々に移って山火事になる方が恐ろしい。
俺が立ち上がると侍女が素早く着替えさせてくれる。
さくら、楓、紅葉がいない。
侍女の指揮を取っているのは朝顔であった。
「さくらは」
「若様の名代として信長様の出航を見送りに行きました。楓と紅葉は大高に入って、信長様を出迎える準備をしている頃です」
「そうだな」
鷲津山の裏手、大高城と鳴海城の死角になる谷間で目印の焚き火を付ける。
笠寺の星崎城から見えるだろうが、星崎城から鳴海城へ使者を送っている間に信長兄ぃを乗せた熱田水軍の舟は扇川の南側へ到着する。
その頃には空が明るくなって熱田水軍が鳴海城から見えているだろう。
暗闇の海へ灯りも付けずに出てゆくのは非常に恐ろしい。
だが、熱田湊の灯籠と荒尾家の御州浜湊の灯籠を目印にすれば、おおよその位置がわかる。
そこに鷲津山裏手の目印が加われば、道に迷うことはない。
信長兄ぃらは大丈夫だ。
襖が開かれ、何見姉さんが声を掛けてきた。
「若様、準備は整いましたか」
「準備はできた。馬はどこだ」
「えっ、広間に行くのではないのですか」
「現場に決めっておこう」
「しかし……」
「行くぞ」
何見姉さんは俺が現場に行くと考えていなかった。
千代女を送ったので報告を待つと考えていた。
急いで甲賀衆と伊賀衆が集められ、何見姉さんが「さくらが戻り次第、城の警備の指揮を取らせろ」と叫んでいた。
どうやら城を開けて、何見姉さんが指揮を取るみたいだ。
問題ない。
手元に護衛侍女は半数が残っている。
尾張伊賀衆が俺の役に立ちたいと願い出てきたので、甲賀衆の半分を割き、非番の伊賀衆が総出で加わった。偶に俺の役に立つ仕事をしたいらしい。
手元の護衛侍女を俺の元に残し、楓と紅葉の指揮下に入れた。
二人の護衛に加藤と乙子姉さんが付いている。
武蔵が大事な荷物を抱えるように走った。
長根村、中根村から人が飛び出し、玉水へ向かっている。
仏地院の僧兵も飛び出していた。
僧兵は俺の侍女の指示を聞かずに中に入ろうと押し問答を繰り返している。
「そこの僧兵。命が欲しくないというならば通してやる」
「どこの小僧だ」
「織田-魯坊丸だ。仏地院の僧ならば、俺の顔を見知っている者もいるであろう」
言い返そうとした僧兵を仲間が止めた。
どうやら俺の顔を知っている者がいたらしい。
仏地院は最近まで和尚さんが一人という荒廃したボロ寺であった。
中根が発展すると寄付も集まり、弟子を取ることができるようになった。
和尚様はボロ寺の建て替えに多額の寄付をした俺に感謝し、寺領の玉水と裏山を俺が買い取り、街道の反対側の畑を寄付したことで僧兵を養えるまで復興した。
寺との関係は良好なのだが、新しい弟子や僧兵らは元寺領に我が物顔で開発する中根家を苦々しく思っていた。
だが、火事となれば論外だ。
火消しの手伝いにきた僧兵を追い出す俺の侍女に怒りの声を上げていた。
「魯坊丸様かどうか知らんが、火を消しに行くのを何故に止めるのだ」
「説明できん」
「何故だ」
「黙って従え」
俺がそう怒鳴った瞬間、ドガンと実験場が大爆発した。
何見姉さんが身を盾にして俺に覆いかぶさる。
天高く火の粉が舞った。
火の粉が着物に取り憑くと、そこから燃えはじめ、その火に怯えた者が慌てる。
もう隠して仕方ないと諦めて俺は声を上げた。
「あの火は水では消せぬ。砂を被せよ」
「水で消せんとはどういう事だ」
「説明する気などない。さっさと寺に戻れ、火の粉で寺が燃えても知らんぞ。言われた通りにしろ」
二次被害を防ぐのを重視した。
千代女が現場の指揮を取り、俺は駆け付けてきた者の対応にあたる。
とにかく、野次馬は追い返す。
養父が駆け付けてきたので街道の封鎖をお願いした。
人手が足りない時に限って事件は起きるようだ。
佛地院は長根荘の近くにあった寺ですが、大正7年に周囲の宅地開発で修行に適した音聞山の麓に移動しました。
〔音聞山は「遠く伊勢湾の波の音が聞こえるほど静かで眺望の良い山」という意味で付けられたそうです〕




