29.信長の出陣
天文二十一年六月十日。
加藤-三郎左衛門が打ち合わせにきた七日は昼頃からどしゃぶりとなった。
好都合にゴロゴロと雷が響いていた。
加藤-三郎左衛門らには非常に申し訳ないが鳴海入りを願った。
ずっと働き詰めなどだが、「魯坊丸様の秘策ですな」と不気味な笑みを浮かべて去っていった。
俺の名代は楓だ。
平針の裏手から敵に気付かれずに侵入し、翌八日に河川の上流を堰き止める為に、相生山、篭山、高根山、定納山の付近を爆破して土砂崩れを起こさせた。
思惑通り、ダムとなって貯め池になってくれると助かる。
すべてを終えた九日の夜に楓が戻ってきた。
また、九日に予定していた信長兄ぃの出陣も雨天延期だ。
夕方頃に小雨になり、夜になって晴れると、早朝に出陣するという連絡が届いた。
やっと落ち着いたと休息をとっていた楓が「また戻るのか」と嘆いた。
今朝、さくら、楓、紅葉らの六十人を乗せた舟が日の出前に出航し、山王山(三王山)手前で上陸し、鎌倉街道を通って奥を目指す。
鳴海城の倉庫を放火、桜中村城を奇襲、二度に渡って山口勢を翻弄した。
山口-教継の怒りは頂点に達しており、此度も鳴海城に入って直に指揮を取っていた。
城内の兵は約二千人だ。
その内の八百人が北と東に散らばって散開し、尾張甲賀衆を討ち取ろうと包囲殲滅を仕掛けてきた。こちらも加藤から借りた護衛の剣豪らや乙子姉さんも投入した。
敵に凄腕の下忍がいるのだ。
戦力の出し惜しみで後悔したくないからさだ。
手薄のなった中根南城には忍びの里から援軍を呼んで守りを固めた。
愚連隊の忍びらは平針の裏手から夜に侵入すると、野並を監視する物見の始末に投入する。
夜の内に那古野城を出陣した信長兄ぃと常備兵六百人もさくら達が上陸する頃に常滑街道を南下して野並から東に進路を取った。
俺は執務室で書類を確認しながら庭を見て無事を祈っていた。
千代女が「大丈夫です」と話し掛けてきた
「若様の策は完璧です。すぐに朗報が届きます」
「考えたのは俺じゃない、紅葉だ。俺は聞かれたことに答えただけだ」
「策の土台は若様が考えました。我々にそれに従って動いているだけでございます」
「それより麦秋の収穫量が悪いな」
「三月から天候不順の為です。早植えは平年並みでしたが、遅植えは三割減となっております」
麦秋は秋に種を捲いた小麦のことだ。
米を収穫した畑に小麦、蕎麦、黒大豆、黍、野菜の種を植えている。
黒大豆は冬の間に収穫されるので影響なかったが、小麦と黍は三月から五月(新暦2月から5月)に収穫を迎える。
親父が死んだ三月から長雨が続く、天候不順がはじまった。
温室を使って発芽を早めている熱田とその周辺は問題なかったが、普通の種捲きした田んぼの芽吹きは遅かった。
四月に入っても天候不順が続き、五月、六月と生育は遅れている。
「このままですと、熱田はやや不作(95~98)、尾張は不作(95以下)、周辺国は大凶作になりそうです。あくまで目視ですが……」
「何だ。気になることがあるのか」
「いいえ、大した事ではございません。三河までは酷い惨状ですが、遠江以東は影響が見受けられません。遠江や駿河も凶作であればよかったのに、と考えしまいました」
「天が定めることだ。仕方ない」
この長雨は畿内から中部に影響しており、元々雨が少ない瀬戸内には恵みの雨となっている。
故に影響が少なそうな瀬戸内海と関東から米を仕入れるつもりだ。
秋は酒や常滑焼きを乗せて運び、帰りの船に米を詰む。
一度に運べないので、堺や紀伊、伊勢に倉庫を確保しておく必要があり、俺の息が掛かった商人に今から 土地と倉庫を確保させておこう。
追加の指示書をさらさらと書いて師匠に回した。
師匠が頭を掻くと、裏帳簿を取り出すとそろばんを出して弾き出した。
裏帳簿には他国の商人らの取引がまとめられており、織田弾正忠家、中根家、熱田屋とも違う俺の裏資産である。
庭に小者が入って跪いた。
「鳴海村の放火は見事に成功致しました」
「成功したか」
「紅葉様は山王山から赤塚山を抜けて鳴海へ向いましたが、山口勢の対応が早く、扇川へ到着する前に前方を塞がれました。また、海岸沿いに山王山へ兵を送り、退路を断つ気配を見せました」
「予想通りに兵を分散させたのだな」
「東は鳴海から宿地、鹿山へ。北は山王山から小松山へ兵を延しました」
「山口-教継。見事な差配だ」
教継は兵を二重に配置して退路を断つ気配を見せた。
急いで逃げれば、北東の鹿山と小松山の間から抜け出せるが、紅葉は山王山から逃げように見せ、突破を失敗したと見せて赤塚山に戻るという失態で時間を浪費した。
完全包囲の完成であった。
教継が「してやったり」と歓喜した瞬間、野並から藤川を遡り、清ノ水を迂回して鎌倉街道に戻ると、宿地を背後から襲った。
信長兄ぃからすれば、三十人程度の小隊を次々と撫でたつもりだろう。
総崩れした小隊が鳴海城へ撤退し、散開している部隊が動揺した。
那古野、末森の織田勢五千が鳴海城を落しにやってきた。
どこからともなく山口勢にそんな噂が広がり、諸将の動揺がピークを迎えた。
信長兄ぃは鳴海城へ逃げる兵を無視して、鳴海村の田畑に油多めの火炎瓶を放り投げると、反転して扇川を逆走しはじめた。
紅葉らは薬師山の敵を払って信長兄ぃと合流し、相原で渡河すると、曽根、有松、大高、狭間の村々の田畑に火を掛けた。
信長兄ぃは沓掛を通って平針街道から戻ってくる。
紅葉らは扇川を渡った所で散って、信長兄ぃが通るルートに敵が伏兵を偲ばせていないかの確認する任務に変わった。
信長兄ぃが鳴海と大高を放火し回っている間、鳴海の兵は城に戻った儘で動かなかった。
物見を出せば、織田の忍びに討ち取られる。
信長兄ぃが何を考えているのか?
そんな事でも議論していたのだろうと思う。
夕日を浴びて平針の関所を通ると、信長兄ぃはそのまま那古野へ帰城した。
明日、那古野へ来いという使者のみを送ってきた。
「明日、登城だ。予定を変更してくれ」
「畏まりました」
「紅葉らはまだか」
「前回の仕掛けを直に確認すると言っておりました。帰るのは真夜中になると思います」
「そうか」
その夜、帰ってきた護衛侍女の鹿が泣いたらしい。
遭遇戦はすぐに近くの仲間が集まり、今川方は十人、こちらは十五人という数で乱戦となり、敵は五人の 被害を出し、こちらは三人の小者を失った。
今川の伊賀者もこちら狙っていた訳ではなく、偶然の遭遇戦であった。
十五対三、のんびり屋の鹿が圧倒的な有利な状況に油断し、深追いしてしまった。
そこに駆け付けた敵七人が襲い掛かる。
鹿の危機に世話役二人が身を呈して守ったのだ。
鹿の従者でもある護衛侍女の蝶が負傷した。
鹿にとって自分を育ててくれた親のような存在の二人だった。
翌朝には笑っていたが目の下が赤い。
これからもこんな光景をいくつも見るのだろうと心を引き締めた。




