28.三郎左衛門の獲物
天文二十一年六月八日。
加藤-三郎左衛門が信長兄ぃの出陣の打ち合わせにやってきた。
本題に入る前に楓やさくらの仔細が語られた。
初手は鳴海城の兵をおびき出す策の一環であり、俺が加藤に頼んだ。
加藤は今川方の伊賀衆、および、山口家の物見を排除する為に“鎌倉街道の封鎖”という陽動作戦と取った。
まず、楓らに伊賀者の拠点を襲わせて排除した。
報告を聞いた今川武将が激怒し、山口-教継に排除を命じた。
教継は兵三百人を出して山狩りが行われた。
追われた楓らは扇川を渡り、坊主山、姥子山、そして、榎山と呼ばれる山々の方へ逃げた。
そこは大高(大高緑地)の北、境川と扇川に挟まれた場所である。
榎山を越えると、北東十町(1キロ)先に沓掛城がある。
まず、二百人の兵が西の坊主山から追い立て、楓ら三十人は東へ移動した。
教継も一様知恵を絞り、間米原(中京競馬場辺り)で百人の山口勢が待ち伏せしていた。つまり、挟撃を狙った。
加藤は楓ら六人を選抜し、まっすぐに北の平針を目指して山を下らせた。
楓らは敵の間隙を縫って逃げた。必死に逃げた。
加藤曰く、「楓は状況判断が良い。包囲をかき乱してくれる」と言った。
楓らを敵が動くと、その背後にスペースが生まれる。
そこに逃げ込み、敵の動きに合わせて這うようにスルスルと抜けてゆく。
楓は天才だ。
最適解を見つけて、山口勢を翻弄しながら抜け出した。
だがしかし、藤林家の伊賀者らが手ぐすねを引いて待っていた。
楓は罠に掛かったのだ。
北の小高い丘から山口勢の動きを見れば、楓の動きを読める者がいて当然である。
手練れの十人が待ち受けていた。
楓も“万事休す”(終わった)と思った瞬間に、加藤ら六人が背後から飛び出して敵を瞬殺し、数を逆転させると、藤林家の上忍に襲い掛かった。
「で、そいつらには逃げられたと」
「柘植らは某と互角の腕前です。それでも押し切れませんでした」
「強敵だな」
「はい。しかし、手練れ十人の内、四人を始末しました。また、三人にかなりの負傷をさせました。頭目の上忍と中忍を取り逃がし、凄腕の下忍はこちらの攻撃を躱して悠々と去られました。あの者は危険です」
「厄介な敵が残ったか」
「残念ながら。しかし、数を減らすのには成功しました。あの手練れは上忍の護衛が主たる任務でしょう。手数が減って上忍が顔を出すことはないと思われます。これでしばらく、あの下忍が動くことは考える必要はありません」
「だといいな」
加藤らは楓が敵をかき乱している隙に山を降りると、変装で敵兵に紛れた。
その兵の振りをして移動し、敵の伊賀者の動きを探った。
周囲には山口勢が囲み、その山口勢が殺気をばら撒いているのを利用して背後に移動すると、楓らを囮にして、敵の伊賀者の背後から襲った。
他の者は沓掛城を大きく迂回して帰ってきた。
護衛は剣豪だ。
身を隠しながら道なき山々を抜け、沓掛を超えてから街道を一気に駆けた。
三日三晩、敵中で散髪的な戦いを繰り返しながら戻ってきた。
楓らほどではなくとも疲労困憊であった。
一日開けて再び、加藤はさくら達を引き連れて鳴海入りした。
島田から南下し、野並付近が東へ進路を取る。
さらに行き掛けの駄賃と鎌倉街道を通る今川の使者を襲い、ワザと逃がした。
当然のように山口勢が出陣した。
兵は倍近い五百人であり、今度は山口-教継が率いる主力が出てきた。
どうやら加藤の行動は藤林の伊賀頭目に読まれていた。
否、加藤が読ませた。
こちらの狙いが今川の目である伊賀衆の殲滅と読ませ、どう動くと加藤が敵の頭目に投げかける。
さくら達は山口勢に追われながら扇川を渡り、姥子山に逃げ込んだ、
再び、山口-教継は山を包囲させた。
加藤はさくらと前田-慶次郎の二人を中心に十人を選抜し、教継のいる北側へ中央 突破という危ない策を命じた。
「無茶な事をさせるな」
「いいえ、山口-教継の首を取って来いと言った訳ではありません。本隊の手薄な所を突きのけろと命じただけです」
「本隊ならば、百人は残っていただろう」
「横に広がっている敵など、数の内に入りません。しかも夜。雲がかかり、足元もおぼつかない場所での戦いです」
「扇川の河川敷ならば、そこそこに広い場所で陣を敷いていただろう」
「そうですな。ですが、分厚い所を抜けろと命じたのでありません。手薄な所を抜けて北へ逃げるだけです」
「なるほど、出来なくないか」
敵は五百人といっても山を包囲しており、一箇所に要られる数は多くない。
二十人、三十人の集団を食い破って山を駆け下り、扇川を渡河して平針まで走らせる。
但し、雨が降った為に泥濘んだ山道だ。
さくらと慶次郎の二人の勇戦から始まった。
一ツを突破すると周りの部隊が集めってきて、山口勢五百人内、三百人がさくらと 慶次郎の追撃に動き出した。
さくらと慶次郎は敵を倒すのではなく、追い払って通り抜ける。
足が止まれば、何重にも包囲されて“The End”だ。
扇川を渡ったさくら達は籠山へ入っていった。
街道を走れば、道止めしている敵に塞がれ、後続に追い付かれる。
敵がいない山に入るしかない。
籠山から滝の水、桃山を目指し、藤川を越えた所からやっと平針を目指した。
だが、山をまっすぐに走るのは難しい。
況して追撃する敵を追い払いながら山を逃げると方向を見失う。
「おい、こっちで間違いないのか」
「林の中では星を読むことができませんから方角など判りません」
「いい加減にしろ。それでも忍びか」
「慶次郎も忍びでしょう」
「俺は元だ」
「慶次、後ろ」
「判っている。それより他の者は大丈夫か」
「皆さん、頑張って下さい。藤川の上流までもう少しです。たぶん」
「たぶんか」
「信じれば、道は開けます」
全員の戦闘力が高いので助け合えば何とか突破できた。
東へ、西へ、北へ、南へ。
日が昇ると方角が間違っていたことに気付き、方角を修正できても敵の追撃で思うように進めない。そんなチグハグな戦闘を繰り返して、二日掛けて平針に戻ってきた。
さくらと慶次郎は精根尽き果てた。
だが、それは追っていた山口勢の兵も同じであった。
楓と違い、さくらと慶次郎は敵に見つかり、戦闘を繰り返した。
二人の居場所が判れば、兵に移動が命じられる。
休憩を挟んで山を彷徨った楓と違い、敵の兵も二日間も昼夜を分けずに包囲の為に走り続けさせられた。
敵兵の疲弊はピークを迎えているだろう。
「加藤はさくらの後を付いてゆかなかったのか」
「前回と同様に敵に紛れて様子を伺っておりましたが、さくらを追う様子が見受けられません」
「さくらと慶次郎らを狙わなかったのか」
「はい、その通りです。そして、物見は伊賀者が少なく、鳴海・笠寺の者を配置しておりました」
「鳴海・笠寺の者とは」
「狩人や漁師でしょう。夜目が利きます。山口家が雇った忍びがいたのかも知れません。三河の野盗崩れか、その手も者やも知れません。伊賀者はその者らに指示を出すだけで、陣から離れませんでした」
「それではさくらや慶次郎は討ち取れまい」
「奴らの狙いは飛び出してきた主力ではなく、その手足を捥ぎ取ることを狙ったようです」
「読み負けているではないか」
「あははは、その通りですな。ですが、滝川-資清が思っていた以上に頑張ってくれました」
「笑い事ではない」
「藤林-長門守殿は慎重なお方であり、同胞が無駄に死ぬのを嫌います。同じ愚は犯さないでしょう」
「なるほど。藤林の棟梁はそんなお方か。つまり、主要な者を狙わず、はしたの者を狙って、こちらの目を奪いにきた」
前回と大きく違ったのは、引率を滝川-資清に任せた。
護衛に松本備前と猿田彦丸を付けたが、彼らは武士であり、忍ぶ働きは苦手であった。
俺の護衛侍女らは戦闘に特化する。
さくら、楓、紅葉、その三人を補佐する三人の計六人を除くと、人を手足のように扱うのに長けているのはいない。
加藤の愚連隊は一匹狼が多く、指揮をとれる者もどこか歪で新人を任せるのに不向きらしい。
そこで白羽の矢が資清に立った。
資清が無能な忍びだったら全滅もあり得た。
無類の酒好きの資清は意外と優秀な忍びだった。
まず忍びと兵の差は歴然である。
忍びは夜目が利き、松明なしで移動できる。
兵は松明を持っている。
資清は兵を避けながら、先鋒と思える忍びを見つけると殲滅した。
俺の護衛侍女と小者はそこそこに強い。
取り囲んでしまえば、あっという間だ。
敵の気付かれずに東へ移動したが、沓掛城から西に十町(1キロ)ほど行った二村 山近くの鎌倉街道で待機させていた。
そう、敵は山口勢だけではなく、沓掛の近藤勢も加わっていた。
近藤勢は無傷。
梟の声に似せて、互いに連絡を取っており、資清は敵の数を推測できた。
一つ潰せば周りが集めてくる。
資清は動向していた加藤の従者に近くの山口隊を動かしたいと策を伝えた。
資清の策は山口隊と近藤隊を同志討ちさせるものだった。
資清は沓掛の近藤隊に奇襲を掛け、鎌倉街道を西に逃げる。
山口の物見に扮した加藤が山口の武将に織田勢が迂回して襲ってきたと近藤隊の物見に化けて援軍を要請した。
隊を鎌倉街道に先見隊を送ると、先見隊が逃げる織田勢に襲われた。
実際、資清らは近藤隊に追われているだけなのだが、暗闇の中で旗を視認する事などできず、攻めてきたと勘違いして山口隊は反撃に転じた。
乱戦がはじまると、加藤は指揮者を暗殺した。
すると、指揮系統がグチャグチャとなり、日が昇るまで乱戦は続く。
資清らはドサクサに紛れて逃げ出した。
乱戦を演出する為にかなり危険な橋を渡ったが、乱戦が起こると追撃の余裕はない。
翌朝には悠々と平針の関所を通って戻ってきた。
最短距離を走っているさくらと慶次郎らを余所して……暢気にお茶を飲みながらさくら達の帰還を待ったのだ。
「資清は掘り出しものだな」
「まったくです」
「しかし、慶次郎に酒の情報を流し、巻き込んだのは何故だ」
「タダの趣味です」
俺が策の成功を祝い、秘蔵の酒を用意させていると加藤は慶次郎に伝わるように細工した。
案の定、酒に釣られて慶次郎と資清が宴会に紛れ込んだ。
さらに、信長兄ぃに大宮司の千秋季忠を通じて、慶次郎が陽動に参加したという嘘の書状を捏造し、しばらく陽動に借りたいと求めた。
翌朝、寝ぼけた慶次郎と資清に酒代として陽動の参加を求めると、資清は「主の許可なく参加できない」と断るのだが、加藤は信長兄ぃから二人を俺に貸し付けるという書状を見せて退路を断ったのだ。
根回しが完璧だった。
「魯坊丸様と一緒です。この年になると、若い者の才を見つけると、その先がどうなるかと見てみたくなるのです」
「先を見たいだけか」
「前田-慶次郎、剣豪となるか、名将となるか、将又、土塊となって没するか。何もさせずに腐らせるのが面白くないと思っただけです」
「慶次郎も大変な奴に目を付けられたな」
「魯坊丸様はさらに面白い。怠惰を望みながら、焚き付けるられずとも難局へ走ってゆく。実に仕えていて楽しゅうございます」
「俺も大変な奴に目を付けられたようだな」
「魯坊丸様ほどではございません。必要とあらば、某の才を存分にお使い下さい。それが本懐でございます」
「覚えておこう。だが、俺の本音はそんな才などを使わずに、安穏と生きてゆきたいのだ」
「それもまた一興。そうなると宜しゅうございますな」
「信じていないだろう」
「ふふふ、あの東海一の弓取りを片手で遊んで安穏を目指す。面白いことを言われる。是非、見てみたいものです」
「期待するな。俺の願望に過ぎん」
俺も慶次郎も厄介な奴に目を付けられたようだ。




