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27.尚武祭と流鏑馬の復興

 天文二十一年六月七日。

 五日に行われた大祭『尚武祭(しょうぶさい)』を終えて城に戻ってきた。

 俺の政務に戻ると山積みの書類に視線を外した。

 先月末から千代女らが戦力から外され、師匠岡本(おかもと)-定季(さだすえ)を中心に側近、右筆見習い一同、一般侍女、文官、下女、見習い文官を総動員して処理を進めていた。


「千代、俺達なしで回るのか」

「我々が手伝いはじめた頃もこんな感じでした。要するに慣れでございます。半年もすれば、回るようになるでしょう」

「今日から紅葉らをしばらく貸し出しますので、今月は乗り切れるでしょう」


 一緒に城に戻ってきた紅葉が次々と書類を開き、処理の指示を出していた。

 仕方ない。

 俺は俺の仕事をしよう。

 承諾の判子と署名は俺しかできない。

 書類の細部の決定は右筆や担当者の署名で済ませ、部署ごとにまとめて俺の承諾印と署名で完了するように変更した。

 判り易く言えば、俺は計画書の表紙に署名を書くだけであり、中身は各担当の署名で進めることができるように微調整された。だからと言って、中身を知りませんとはならない。

 面倒臭かったので読まずに判子を押すと、千代女が書類を持ってきて、「若様。本当にこの箇所の儘で奨めて宜しいのでしょうか」と駄目出しされた。

 千代女は俺より忙しいのに細部まで目を通していた。

 母上と里のお願いも断り辛いけど、正論で責めてくる千代女も別の意味で怖い。

 それに俺のことを気遣っているのが判るから反論しできない。

 というか、手を広げ過ぎた為に俺の処理能力を軽く越え、千代女と師匠がいないと詰んでしまう。

 彼ら彼女らなしで生きてゆける気がしない。


「若様。手が止まっております。お疲れみたいですから休憩致しましょう。お茶を持ってきます」

「頼む。というか、誰かに声を掛ければよいのではないか」

「お茶を運ぶ侍女を待機させる余裕がありません。見習い侍女も書類整理に手伝わせております。自分で入れるのも気分転換となります」


 そう言って千代女が立ち上がると台所へ向かった。

 師匠も手を止めて放し掛けてきた。


「信用できない者をお側に近づける訳には参りません。自分で入れるのが一番安心という所でしょう」

「なるほど。信用できる者は限られているな」

「尚武祭はどうでございました」

「母上が張り切り過ぎて、皆の迷惑を掛けた」

「奥方もあの癖がなければ立派な奥方なのですが、皆を振り回す所が魯坊丸様と一緒ですな」

「俺は振り回しているつもりはない」

「自覚がない所がそっくりです」


 そこから本題へ移る。

 尚武祭は主だった城の名代が遣わされ、敵方の清須や微妙な岩倉からもやってきた。

 那古野デビューを果たしたので値踏み圧が強かった。

 尚武祭が終り、迎賓館に移って宴会では、次から次へと来客がやってくる。

 千代女は相手に聞こえるように耳打ちをすると、俺は「大宮司の千秋季忠様のお陰です」と用意された手  本通りに答える傀儡を演じた。

 神童と謳われた秀才の片鱗を見せつつ、都合のよい神輿と思わせておく。


「相変わらず、子供に酒を勧めてくるのが難点だった」

「酔わせて失態を誘いたいと思う不埒者も多いですからな」

「そんなに恨まれているのか」

「元服もしていない者が自分より評価される。妬まない者の方が少ないでしょう。妬まない者は魯坊丸様をよく知っている者か、余程の度量を持つ者のみです」

「となると、帝の使者殿はどっちだったのか」


帝の使者は侍従勧修寺(かじゅうじ)-晴秀(はるひで)であった。

 その付き人であった蔵人万里小路(までのこうじ)-惟房(これふさ)が俺のことを根ほり葉ほり探っていた。

 馬を射るつもりで母上に接近すると、俺自慢が発動する。

 俺自慢をする母上は、親父に見初められた所からはじまり、親父に似て聡明だと褒め、自分似で可愛いと自慢するのだが、そのフレーズが何度もリフレインするので聞く方もぐったりする。

それを最後まで聞いていたのは惟房だけであった。


「侍従殿と蔵人殿に悪意は感じられませんでした」

「悪意はなしか」

「侍従殿は夏越大祓(なごしのはらえ)で例年通りに清酒が納品されるかを気にしておりました」


 千代女はそう言いながらお茶を机に置いた。

 師匠と祐筆見習いにも茶出してから横の席に戻った。

 他の者は自分で取りに行けということだろうか。


「納品は若様が管理されておられるので問題ないと答えておきました」

「その答えでは、“私がいるので大丈夫”と聞こえるな」

「問題がございましたか」

「まったくない」

「朝廷は山科(やましな)-言継(ときつぐ)卿を駿河に派遣し、『熱田神宮は“草薙剣”が置かれている神域である。努々、迷惑をかけること、相成らん』と熱田神宮を攻撃しないようにお願いされたようです」

「それって“草薙剣”というより、“酒造所”を潰すなという山科卿の私心ではないか」

「半分そうだと思います」

「帰りに寄った時に四斗樽(72ℓ)でも送ってやれ」

「四斗樽では、二晩で飲み干してしまうが……その程度でよろしいのでしょうか」

「マジ?」

「はい。以前、末森でそのくらいの量を飲まれております」


 底なしだ。

 末森では十日で十斗樽を飲み干したらしい。

 化け物だ。

 朝廷が味方になってくれる方がいいので、山科卿には上級酒を好きなだけ飲めるように手配することにしておく。

 そういえば、使者の随行員に下鴨神社の神官がいた。

 古式行事の復興に寄付をしたことを感謝された。

 その神事の手順や儀式の段取りを示した手順書写しを手土産として持参してくれた。

 これで来年から熱田神宮でも流鏑馬を開催できる。

 よい土産だった。



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