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24.鳴海城の炎上

天文二十一年五月三十日。

今回の件で俺は一つの事を教訓とした。

次々と報告が入り、俺は皆に状況を精査しながら指示を出した。

 千代女の意見をオウム返しで喋っていた。

 策は俺が考えるが、実行は千代女に丸投げする方が巧く進むと悟った。

 現地で指揮をすれば別かも知れないが、報告を聞いても地形や場所が想像できない。

 報告のみでそれぞれの能力が把握できない。

 一々、尋ねながら進めるより千代女に任せる方が早い。

伊賀者狩りの作戦がはじまってから千代女を廊下から空を気に掛けていた。

 昨日の昼頃に雨が止んだ。

 夜に雲の切れ間から星空がわずかに顔を出した。


「若様。星が見えます」

「そうか、やっと止むか」

「流石、若様です」


 何が流石なのか、よく判らない。

 でも、鳴海城の米蔵を燃やすのは晴れた方が都合よかった。

本日、日が隠れると千代女らは黒装束に身を包み、黒いリュックを背負って黒染めの舟に乗って鳴海方面へ漕ぎ出していった。

 城に残っているが、紅葉と何見姉さんのみという異常事態だ。

 愚連隊の剣豪が警備に当たり、城を守る伊賀衆もいる。

さらに真夜中まで別邸横の講堂に非番の尾張伊賀衆二百人が休憩している。

朝方の一刻を除けば、普段より厳重な守りを敷いていた。

 千代女がこんな無茶なことをするのは、信長兄ぃへの当てつけだろう。

 千代女の目から見て、信長兄ぃは俺を侮り過ぎ、“何でも聞く”と誤解しているという。

 俺からすれば、山口への奇襲を「三日待て」と言えば聞いてくれ、かなり気遣っていると思うのだが、千代女の目から「最初から相談しろ」と思っている。

 俺の実力を侮っている信長兄ぃに苛立っていた。

 山口攻めの一番功績を尾張甲賀衆が頂く。

 つまり、俺の手柄を見せ付けることで信長兄ぃへのけん制を狙っていた。

 使えると知ると、要求が増えそうだ。

 千代女のストレス解消もあるので否定はしなかった。


 鳴海城は台地の南端に建てられた城であり、北、東、西が崖や急斜面となっていた。

 しかも斜面は知多特有の常滑土(とこなめど)であった。

 滑りやすい粘土質であり、焼物に適し、知多の“常滑焼き” は日の本中に売られている。

 天然の崖を土塁とした斜面が滑り易く、足が取られて登れない。

 今日は雨上がり、ウォータースライダーのようにツルツルであった。

そこから攻めようと考える馬鹿はいないと思った。

 つまり、南側以外から攻めてくる者はいないと油断していた。

 南側から攻めると言ったも、その南に扇川が流れ、大軍を配置し辛い。

 攻め易い南側と言っても天神社がある東側のみであり、本丸がある場所は特に急勾配だった。

誰もが本丸から攻めるのが難しいと思う。

攻めるならば、わずかに勾配が緩い北側か、天神社がある南側と考える。

 だがしかし、常識など覆せる。

千代女らは足のつま先と手の平に鉄爪(アイゼンの爪)を装着した。

 急勾配を無視して土塁と壁をこえ、建物の壁に身を潜めた。


鳴海城は中央に本丸があり、西の櫓、北の櫓、大手門へ続く。

一方、東は二の丸、二の丸から大手門へ抜ける。

大手門からぐるっと東側を回って、南の天神社へ抜けた。

天神社の先に街道があった。

千代女の狙う蔵所は本丸と二の丸の中間に置かれ、地図で見ると浮き出た島のようだった。


山口勢は城攻めなど露にも思っていない。

 今川方の忍びが大量に殺され、怒った今川方の武将に責められ、犯人の首を届けることを急いだ。

つまり、関ヶ原方面に身を隠している織田家の忍びの討伐に目が向いていた。

山口-教継の総勢五百人の兵が各百人単位で村や街道を封鎖し、加藤らが潜む山を取り囲んでいた。

 真夜中でも伝令が鳴海城に出入りしており、出陣があるかも知れないと兵は身構えていた。

 一方、守備兵は弛んでいた。

先に動いたのは、乙女姉さんが率いる十人だった。

月のない新月、暗闇が黒装束に身を包んだ乙子姉さんが斜面を登りきった。

 たっぷりと油を染み込ませた薪を背負子で背負っており、その薪を櫓に沿って配置すると火を付けて燃やした。

わずか十人で西櫓の占領を試みる。

無茶を承知の陽動に出た。

 油断していた兵は火の手に驚き、棒立ちになった所を刺された。

 あっけなく占領できた。

乙子姉さんは本丸へ続く扉を閉めた。しかし、扉であって門ではない。

 異変に気づき、兵が押し寄せる。

扉は簡単に打ち破られ、鳴海の兵らが雪崩れ込んだ。

乙女姉さんは撤退を命じた。

 斜面を滑り台のように滑って降りると、無数の矢が乙女姉さんの背中を襲った。

 針ねずみのようになって逃げてゆく。

 背負子の板の間に鉄板を入れておいて正解だった。

 次の一手だ。

 山王山に無数の松明が灯ったことに鳴海の兵が驚く。

 黒染めの舟で留守番を命じられた二人は山王山の松明を結び付けた竹を地面に挿し、鳴海の火の手を合図に松明に火を付けた。

風に揺られ、松明が揺れた。

数百人の織田勢が攻めてきたと鳴海の兵が驚き、注意が北へ逸れた。

 千代女ら四十八人は蔵の影から飛び出すと、蔵の鍵を一瞬で壊し、蔵の中へ手分けして入り込んだ。

 まず、腰に巻いた藁筒を米俵の間に差し込む。

 藁筒の中に鳥兜の毒などを粉末にした粉が入っており、焼け跡から残った米を回収した後に食した場合を想定した。

 米俵の下の隙間に入れておく。

 しっかり洗えば問題ないが、手を惜しむと被害者が多発するというトリックだ。

 背負ってきたリュックからアルコールと油の混合液の入った皮袋を取り出し、小刀で袋を裂いて米俵に撒き散らかせた、

 最後、扉を出ると火筒ファイヤーピストンで引火した竹先を蔵に放り込むと、蔵が一瞬で炎に包まれる。

 作業時間は“しばし”(二分程度)だった。

 まったく、敵に悟らせず、プロフェッショナルの強盗のような手際の良さであった。

 城内の兵が外へ飛び出し、城の出火に慌てた。

 その間に千代女らは悠々と斜面を滑り降り、南の街道を渡って、扇川に接岸された黒染めの舟に飛び込んだ。

 舟は松巨島の南側を迂回して海上に出ると、熱田湊の灯籠火を目印に港を目指した。

 一方、乙女姉さんは山王山付近に停めてあった舟で戻った。

 早く起きた俺が南の空を見ると、ほんのりと赤く染まっているように見えた。

 怪我人がいなくてよかった。 


〔千代女に同伴した鶴、乙女姉さんに付き添った梅の業務日誌より抜粋〕



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