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20.信長の足軽雇用

 天文二十一年五月二十日。

 ちゃらりんちゃらりん、すう~っ、とんとんとん・と~ん。

 ふわりふわり、ゆらゆら。

 ちんとんはいほれ、はいちーず。

 俺は膝を付いて、肩に花を置いて動きを止めた。

 母上はにっこり、里がぱちぱちと手を叩いた。


「兄上、素敵でした」

「そうか」

「はい」

「母上、今日はこれで宜しいですか」

「はい、よくできました。暇なときに型の練習を忘れないように。次回は千代女さんが甲賀の剣舞の舞を披露してくれます」

「ありがとうございました」


 今日も無事に解放された。

 基本、十日と二十日が舞の練習日だが、日程が合うと練習が追加される。

 用事が入っても延期されるだけであり、月に計四回だ。

 俺が部屋をできると、里の練習がはじめる。

 自室に戻ると、紅葉がお茶を入れてくれた。

 今日はさくらと楓がいない。


「那古野の様子はどうだ」

「長屋の引き渡しが終り、(もり)-可行(よしゆき)殿と伊丹(いたみ)-康直(やすなお)殿の引っ越しがはじまっております」

「信長兄ぃも無茶なことをいう」

「あははは、長屋の引き渡しが二十日に決まると、その日の内に公募を二十日と決めて、二十一日から訓練をはじめるですからね」

「引き渡されたから確認に最低でも三日は掛かるだろう」

「若様の仕事を信用していると申しますか。常備兵を一日も早く動かしたいかですね」

「後者だ」


 紅葉も苦笑いだ。

 二十日に練習の成果を確かめる黒鍬衆との模擬戦を取り止め、二十日間の訓練に耐えた褒美の宴会を一日繰り上げた。しかも酒なしだ。

 十九日の夜に作業員が止まる宿舎に返すと、夜中の内に新しい足軽長屋へ引っ越しがはじまった。

 まるで夜逃げだ。

 足軽長屋は城の南東に位置し、二千人が暮らせる。

 忍びの里を参考に、長屋、大食堂、大浴場、室内訓練所、医務所を建て、井戸、下水、共同厠、馬小屋、鶏小屋などを完備した二百人単位の長屋が十棟である。

 わずか一ヶ月で完成させた。

 最初の酒蔵に比べれば楽勝だった。

 ずっと建設ラッシュが続いており、大工の数は十分に揃っている。

 しかも角材などの資材は熱田で加工済みであり、木材を組み合わせて貼り付けるだけのプレハブ構造だ。

 寧ろ、土台造りが大変だった。

 ローマンコンクリートを使用できる作業員に数の制限があり、護岸工事を一時止めた。

 一般の作業員は恒例の川底漁りを一ヶ月前倒して、抜けた一千人の補充を急いだ。

 まず二千人以上の新規の作業員を募集し、根性無しを除外、スパイの割り出し、ちゃんと厠で用を足すなどの生活の躾からやり直しだ。

 三河・美濃。伊勢という周辺国から尾張へ流民の移動が続いているが、一千人を補う為に積極的に募集を掛け、 人買いを一儲けさせる事案となった。

 最近(天文十九年から二十年)は長雨や日照りが散髪しており、村単位で見ると、人減らしが必要になっている所が多い。

 自発的に村を出る者もいるが、子供の場合は奉公に出されるか、人買いに売られる。

 作業員の見習いとして買っている。

 彼ら彼女らは奴隷ではなく、本人に借財を背負わせ、自由民として仕事を与えた。

 但し、午前は那古野近くの寺で読み書きそろばんを習い、昼から簡単な仕事を与え、朝と夕職付きの共同宿舎で暮らせている。

 優秀な者は中根村へ誘致する。

 作業員の入れ替えを頻繁にすると、作業効率が落ちるので止めて欲しい。


「二千人の長屋は計画通りだが、常備兵は三百人からはじめるつもりだった」

「信長様が一千人を望まれ、若様が認めたので仕方ありません」

「そう遠くない内におかわりを言い出すぞ」

「募集は間に合うと思いますが、訓練が間に合いません」

「仕方ない。六日に一度の自主訓練(レクリエーション)を二日にするか」

「機能しないと思います」

「そうだな。自主的な訓練では限界がある。今回、一千人を選抜したが、連携がまったくできていなかった。秋の収穫祭で“行進・演舞”を題目に組んで、その練習日としよう」

「行進・演舞?」

「太鼓や笛の音に合わせて行進させる。しかも二つ行進がぶつからずに交差するなどの行進で演舞を披露させる」

「まず、普通の行進ができるように指導しておく。見本は黒鍬衆無習いにでも叩き込むか」


 黒鍬衆は忙しいので新しい演技を教えている暇がない。

 眉間をトントンと叩きながら千代女が部屋に入ってきた。

 難しい顔をしている。


「どうした?」

「喧嘩です。長屋で森衆、伊丹衆が道の譲り合いから喧嘩となり、城から戻ってきた常備兵が止めに入ったのですが、逆にやられて、喧嘩が拡大しました」

「そうならないようにさくら達を送ったのであろう。さくらは何をしている」

「当然、止めに入りました」

「沈静化したのか」

「いいえ、信長様が駆け付けました」

「信長兄ぃが止めたのか」

「いいえ、今後の事を考えて、わだかまりを取っておくと申され、三人一組の無手で総当たり戦を開催しました。さくらも巻き込まれ、総当たり戦に参戦中だそうです」

「俺の護衛侍女は関係ないだろう」

「信長様にそんな理屈は通じません。さくらの奮戦に触発され、森-可行殿とさくらが対戦中だそうです」


 確かに頭の痛いことだ。

 千代女ほどではないが、さくらも戦闘狂だ。

 いい笑顔で森-可行と対峙いるだろうな。

 楓は諦めて姿を眩ます。

 止める者が居なくなれば、信長兄ぃ公認の喧嘩が続く。

もう見世物だ。

 確かに森家と伊丹家のわだかまりは消え、結束が固まる。


「悪いことではないが、引っ越しは終わっているのか」

「中断中です。今日中に終わらないのは確定です。明日までに帰って来られるかどうかも」

「それは頭が痛そうだな」

「常備兵を先日まで指揮していたさくらが介入し、森勢と伊丹勢を沈静化できなかったさくらが悪いのです。信長様が到着する前に終わらせればよかったのです」

「それは無茶だろう」


 常備兵も血の気が多い者が多い。

 実力差から言えば、沈静化できる実力者が揃っているのは、さくらを手伝っている尾張甲賀衆だ。しかし、尾張甲 賀衆の仕事は今川方のスパイを炙り出すことであり、引っ越しの手伝いは隠れ蓑に過ぎない。

 顔出しできるのは、俺の護衛侍女のみだ。

 二桁満たない人数で鎮圧は無理だ。

 巻き込まれた常備兵を下がらせた所で信長兄ぃが到着し、無手による代表の“喧嘩祭” がはじまった。

 中根南城で背後を取られた側近の告げ口でさくらの参戦も決まった。

 喧嘩祭りの後は、浅間で宴会が続いた。

 引っ越しが再開は翌日の夕方からであった。

 

 三日後にさくらが帰ってきた。

 さくらは常備兵の指導、引っ越し、森-可行との対戦を引き分けに持ち込んだことを自慢する。

 千代女が鬼の面でさくらの見事な働きを褒めた。

 そして、“ご褒美だっちゃ”と猛特訓を与えた。

 千代女は“怒る”と怖いな。

 尾張甲賀衆の一部を五日間も機能停止にした鬱憤をぶつけた。

 お仕置きされた護衛侍女らが転がった。

 助ける求めるさくらに向かって、俺は頭を下げて合掌した。

 南無。


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