14.魯坊丸の苦難(中根南城の美少女?)
天文二十一年四月二十日。
俺の母上は美人だ。
熱田の楊貴妃と謳われるほど美しく、親父がその噂を聞いて通いはじめた。
信長兄ぃも元服前で通ったらしい。
親子で母上を取り合うとか、止めてほしい。
俺を懐妊すると、養父の中根忠良に下げ渡された。
俺の感覚から言えば、自分の愛人を他の男に渡すなどあり得ない。
しかし、この時代では最高の名誉となる。
君主の愛人である母上はこの城で養父より偉かった。
そして、君主の息子の俺が一番だ。
この城の順位は、俺、母上、養父となっていた。
その日、俺は母上の部屋に呼ばれた。
部屋に入った瞬間、左右の腕を母上の侍女に拘束された。
なぁ、何だ?
母上と里が俺の前で仁王立ちして、ビシッと指を差して言った。
「やってしまいなさい」
母上を真似て里も「やって……しまう」と言った。
六人の侍女に取り囲まれると、俺はしわくちゃにされて、服を「あ~れ~」という感じで剥がされ、何かを着せられてゆく。
終わった所で侍女らがささっと去っていった。
キャ~っと後ろから千代女と一緒に同行した俺の侍女らが悲鳴を上げた。
「若様、美しいです」
「いつもの水干姿も愛らしいですが、想像した通りの美しさ」
「最高、最高、最高」
俺の侍女らの目がギラついて怖い。
千代女も少し頬を赤め、目を逸らして「綺麗だと思います」と言う。
自分が着せられた服を見た。
派手に彩飾された高級品西陣染めを真似た熱田染めの着物だった。
あぁ、俺は嵌められたのか。
舞いの練習で着る練習着はやや色彩が明るかった。
白でよいのにさりげなく着飾った。
母上が俺に女装させたがっているのは知っていたが、気が付かない振りをした。
まさか、強硬手段に出てくるとは……それより。
俺が千代女を睨んだ。
「申し訳ございません。奥方様がどうしてもと言われ」
「千代なら断れただろう」
「はい……ですが、私に見てみたいだろうと問い詰められ、断りきれませんでした」
「この裏切りもの」
「申し訳ございません。ですが、髪をおろされた若様はとても美しいと思います」
ガーン、千代女までそんな目に見られていたのか。
千代女は望月家の長女として信濃の本家に嫁ぐことになっていた。
相手は親と子ほど年の離れた男だ。
しかも京に隣接する甲賀から鄙びた信濃の山奥に行くのが嫌だった。
しかし、武家の娘として断れない。
そこに俺が千代女を名指しで指名したことで運命が変わった。
千代女は「この御恩は忘れません」と言ってくれた。
“千代のあんぽんたん、裏切りもの”
母上と里は“まぁ、まぁ、まぁ”と満足そうな目で俺を見ていた。
俺はジト目で母上に向き直した。
「母上、大切な用事とは、まさか女装ではございませんな」
「おほほほ、そんな事はありません」
「では、要件をお聞かせ下さい」
「魯坊丸は信長様に呼ばれて那古野に向かうと聞きました。こんな事もあろうかと、これを用意していたのです」
母上が障子に向かって扇子を向けると、障子が開くと、烏帽子と織田家の家紋が入った子供用の大紋直垂が飾られていた。
確かに俺は元服していないから直垂を用意していない。
様々な用途の神官服を何着も持っている。
「魯坊丸は神官服で登城するつもりでしょう」
「それで問題ないと思います。そもそも元服しておりません。烏帽子と直垂は分不相応となります」
「何を言うのです。琉球交易と水軍の相談役という肩書きを持っているのです。分不相応ではありません」
「今回は弟の魯坊丸として呼ばれます。それを着ることはできません」
母上が扇で口元を隠して溜め息を吐いた。
仕方ないという感じで扇を振ると、侍女らが烏帽子と直垂を片付けて、裏から衣桁と呼ばれる衝立のような道具に水干を掛けて運んできた。
それは薄いオリーブ・グリーン色の水干だった。
京では、茶色みと黒みを帯びた深い黄緑を『海松色』が流行っているらしい。
その色を採用しつつ、あえて薄く染めてあった。
「魯坊丸は派手な服を嫌います。ですから、薄い海松色に染めました。それを魯坊丸が考案した熱田染めで作らせました」
「同じ色で目立ちませんが、胸に家紋が入っているように見えますが」
「家紋を入れるのは当然です。裾に芥子の花の金刺繍を入れてあります。色は控えめですが、見る者が見れば、仕上げの良さに気付くでしょう」
「さぁ、これに着替えて下さい」
成長著しい時期だ。
微調整は欠かせないと俺を呼んだらしい。
着せ替え人形に徹した。
疲れて部屋に戻ると、同行できなかった侍女らから悲鳴が上がった。
俺の侍女らは俺の女装が見たかったと嘆く。
「このさくら。若様の晴れ姿を見逃すとは万死に値します」
「「大したモノではない」
「何をおっしゃいますか。若様の美しさをこの目に刻めないとは何たる失態ですか。楓もそう思うますよね」
「まぁ、見たいか、見たくないかと聞かれるとみたいかな」
楓、お前もか。
さくら以上に落ち込んでいるのが紅葉だった。
机の上に置いた手を握りしめてつぶやき出した。
「なんという事でしょう。先輩の侍女がさり気なく女着を用意しても絶対に着ないので、こんな日がくると思いませんでした」
「まったくです。千代女様も酷い」
「私の失態です。若様より命じられた永遠のその時を固定する写真の開発はまだレンズも出来ていません。どうしてもっと研究を急がなかったのでしょう」
「なんと、そんなものがあったのです」
「あったのです。研究中です。今からでも急がせる必要があります」
「紅葉、協力します」
「さくらちゃん」
他の侍女らもすごくやる気になっている。
あまりの騒ぎに師匠である右筆岡本-定季が叱った。
「嘆かわしい。魯坊丸様の女装一つで何を騒いでいる。手が止まっておるぞ」
いつもならば、「はい、申し訳ございません」と素直に侍女らが仕事に戻った。
が……今日は違った。
侍女らが師匠に噛み付いた。
「定季様は判っておりません」
「若様は私らの癒しなのです」
「若様の美しい姿を見逃したのです。この心の痛みが判らないのですか」
「どんな辛いときも若様を見て耐えているのですよ」
「そんなことも判らないのですか」
「女心が判らないなんて、奥様が可哀想です」
俺の美しさが判らぬ師匠は女の敵といい切って非難が殺到して目を白黒させた。
一致団結した侍女らの言葉の圧力が襲い掛かった。
師匠も抵抗されたのが初めてだった。
何度か咳き込んでから師匠は言い直した。
「魯坊丸様が女装するくらいで士気が上がるならば、偶にはよいかもしれぬ」
師匠まで裏切った。
侍女らがお墨付きを頂いて歓喜が湧く。
俺は味方を探した。
師匠の後ろの右筆見習い、側近、文官らも目を逸らす。
この部屋に俺の味方はいないのか。
護衛侍女、侍女、下女に至るまで、俺に女装して懇願する。
仕事が倍になっても構わないとか。
千代女は懇願に加わっていないが、ちらりと俺の返答を気にしている。
もう一度みたいという願望と迷惑を掛けてはならんという思いが葛藤しているようだ。
彼女らが「着替えてくれないなら、もう仕事はしません」とストライキを起こした瞬間だけ、千代女が彼女らに睨みを利かせてくれた。
マジで助かる。
ストライキを言われると妥協せざるを得ない。
だが、俺の弱点を突いた脅迫は信頼関係を崩す、越えてはならない一線だった。
一緒の仲間から雇い主と雇われる者に分かれる。
千代女はそれを死守してくれた。
俺も化粧や髪型、普段着を侍女の好みに合わせるまで妥協したが、女装は拒絶した。
耐えた。耐えに耐えきって拒絶した。
なお、里がお市とお栄に自慢したので、お市とお栄からも女装を頼まれたが断りきった。




