聖女ですが、人類裏切ります!
私は聖女レミリア。
私達は今、魔王と対峙している。
この世に魔王がいる限り、世界は瘴気に包まれて滅亡してしまう。
瘴気。それは魔界の者が身に纏う負の力。人間やあらゆる生き物の生命を蝕み、呪い、腐らせるという。
世界が滅亡してしまうその前に、元凶である魔王を討伐せよと王様から命令が下り、勇者と重騎士、魔法使い、聖女の私の四人は冒険に出たのだ。いわゆる“魔王討伐パーティ”というやつだ。
長い旅路を経て、ようやく魔王城へと辿り着いた私たち。そして、魔王を打ち倒した暁には、私は勇者である王子と結婚することが決まっていた。
「魔王よ!」
玉座に悠然と腰を掛ける魔王に向かい、勇者が叫ぶ。
「ここに立っているのは、世界を救うために選ばれし者たちだ!」
勇者の張り詰めた声が、旅の記憶を呼び起こす。……ろくでもない思い出ばかりだけど。特に野宿。あと男共のデリカシーのなさ。
魔王は憂いを帯びた低い声で呟く。
『来たのか、人間よ……』
淡く揺れる紫紺の瞳。
魔王は玉座からゆっくりと立ち上がり、私達の前へと歩み出た。
『この戦いに意味はない。それでも尚、戦うつもりなのか?
そもそもお前たちは誤解している。瘴気は我らのせいではない。憎しみや嫉妬、恐れ、悲しみといった感情が瘴気を生み出すのだ。魔界の者たちも、それに苦しめられている』
「言葉巧みに騙そうとしても無駄だぞ。瘴気はこの魔界から生み出されているだろう!」
『それは、瘴気が集まりやすいこの地に、我らが住んでいるだけで――』
勇者が剣を抜き、前に突き出した。
「黙れッ!元凶のお前を此処で倒す!」
魔法使いは冷笑を浮かべ、詠唱を始めた。
重騎士が大剣を振り上げ、私も武器を手に取った。
この戦いで全てが終わるのだ。
男3人に女1人、デリカシーのない連中との旅はほんっとに大変だった。ひとりは魔法オタク、もうひとりは筋肉馬鹿。私の話なんて誰も聞かず、無茶な突撃ばかりして、その尻拭いはいつも回復薬の私だった。
話し合おうとしても、鼻で笑われて終わり。
魔法使いはインテリぶって眼鏡をくいっとしながら、
「君、平民なんだろ?学校にも行ってない低脳じゃ、お話にならないね」
と馬鹿にする始末。重騎士はふんと鼻を鳴らしてこうよ。
「女は男に黙って従え!」
……会話のキャッチボールすらできない相手に、どうやって信頼を築けっていうの?
勇者?顔だけはいい。でもそれだけ。
「大丈夫! 戦闘は俺たちに任せてくれよ」って調子いいこと言ってたけど、回復がなけりゃあんたら三回は死んでるからな?
あ、そうそう。
旅の途中で魔法使いまで重騎士に感化されて筋トレを始めた時は笑ったわ。ムキムキがふたりに増えて暑苦しかったな〜。モヤシは好みじゃないけど、マッチョも苦手……というか、この旅で大嫌いになったわ。
『……話は通じないか。私も民を背負う身。そう来る気なら全力で応えるぞ』
おっと、いけないいけない。これから決戦だというのに考え事をしてしまった。
私は意識を取り戻し、目の前の魔王を見据える。
魔王も意を決意したのか、自身の武器を取り出した。禍々しい雰囲気を持つ巨大な杖だ。
高く聳える黒いクロークを纏っている。身につけた鎧の下には、筋肉質で強靭な身体が隠されているのが一目ではっきりと見てとれた。程よく引き締まった肉体美……所謂、細マッチョだ。
顔立ちは優美で、彫りが深く、まるで芸術作品のように美しかった。
艶やかな黒髪はオールバックに撫でつけて、耳より後ろは肩に触れる程度にかかっている。まるで血のような深紅の瞳。鋭い眼差しは見るものを威圧し、その姿は王としての威厳に溢れていた。
えっ、えっ、なにこの人……
めっちゃくちゃ、ドタイプなんですけど!?!?♡♡♡♡
「さぁ、レミリア。君の力で魔王の力を封じるんだ!……レミリア?」
「おい、レミリア!!さっさと詠唱しないか!!」
「はぁ、これだから平民は……」
わあわあ喚く連中の声に、うっとりしてた意識が現実に引き戻される。
「はっ、いけないいけない。決戦前なのに、また意識を飛ばしちゃった……。えーっと、戦うか、戦わないかって話でしたよね?」
私はにっこり笑って、言った。
「わたし、戦いませ〜ん!」
「は、はぁぁぁあ〜〜!???」
仲間達の悲鳴が裏がえる。魔王様も呆気に取られている様子。その驚いた顔まで格好いい。
「レミリア、どういうつもりだ!」
「魔王様、カッコいいですね!彼女、いますか?いないなら、結婚してください♡♡♡」
「は、はぁぁぁあ〜〜!???」
『……な、何を言っているのだ、この人間の娘は』
「レミリア!貴様、人類を裏切る気か!僕という婚約者がいながら!」
「うるさいッ!!」
剣の矛先を此方に向けてきた勇者に啖呵を切る。
「なーにが、婚約者よ。浮気してた癖に!“平民あがりの聖女なんかと結婚したくない”って陰口叩いてたのも、ぜーんぶ聞いたわよ!」
所詮平民の人気取りの為の婚約なのは、婚約した当初から薄々気づいていた。魔王を退治した勇者と聖女が次期王と妃となれば、支持も爆上がりだもんね。
でも、王子様は、本心では平民の私の結婚は気に入らなかったようで、私に隠れて他の女性と付き合ってた。しかも浮気相手と私の悪口も言ってたみたい。
「なんでそんな事を知ってるんだ!」
「ご丁寧にあんたのボインボインの浮気相手に教えて貰ったからよ。貧乳で悪かったわね!」
「ぬぐぅ……!」
勇者が狼狽えている横から、ただのマッチョと眼鏡マッチョ……間違えた、重騎士と魔法使いがしゃしゃり出てきた。
「貴様、人類を裏切るのかァ!」
「浮気されたからって魔王になびくなんて、聖女失格だな。そもそも、殿下が浮気したのはお前に魅力がなかったからだろ?」
――はあ?
私は負けじと言い返す。
「クソミソ以下のあんた達に言われたくないわよ。
ただのマッチョに、眼鏡マッチョ、お前らの筋肉は見せかけなの!?戦闘でこそ、その筋肉使いなさいよ!
私を平民だからって前線に出して、お陰様で何回死ぬかと思ったことか!そもそも回復しても感謝もしないし、それどころか詠唱が遅いだの文句ばっかだし。ちょ〜〜ムカつく!」
「ただの、マッチョ……!?お前の仕事なんだから、回復させるのは当然だろ!」
「じゃあ、あんたは重騎士の仕事をしてなさいよ!!回復役の私を盾にすんな!」
込み上げる怒りが、もう止まらない。
「それから言っとくけど――私、好きで聖女になったわけじゃないからね!勇者の婚約者も、なりたくてなったわけじゃない!全部、王様の命令よ。国のために仕方なく従って、それでも精一杯やってきたの!」
声が震える。悔しさと怒りが、胸の奥からせり上がってくる。
「なのに、この仕打ち!どんな理由があっても、浮気した奴が悪いに決まってるじゃない!!」
私は叫ぶ。怒鳴らずにはいられなかった。
――そうよ!
死ぬ気で頑張ってきた私への“報い”がこれ!?
「だいたい、この旅に出てからずっと疑問だったのよ……。本当に魔王が諸悪の原因なのかって。瘴気から世界を救うって言うのは建前で、本当は魔界で取れる魔石とか鉱物が狙いなんでしょ!分かってんだから!
だいたい、なに!?たった4人で魔王軍と戦えなんてフザケてんの!?
もう、これ以上ブラック国家に付き合ってられない!!退職させていただきます!!!」
勇者と仲間に今まで我慢に我慢を重ねていた鬱憤をぶち撒けて、魔王の方へ振り返る。
「それで、魔王様〜〜♡先ほど、魔界の人たちも瘴気に困ってるって言ってましたよね♡聖女なんで瘴気を浄化出来るんですけど、私のこと雇いませんかっ?」
『つまり……自国に愛想が尽きたから、人類を裏切って、私に仕えると?』
「はい!心機一転、魔界で再就職したいです♡」
『ふむ、聖女が味方につくのは此方としては心強い。悪い話ではないな』
「流石、魔王様っ!話、分かる〜!」
「おっ、おい!勝手な真似を……俺たちは許さな――!」
「はいはい黙ってろ、浮気野郎!」
そんな訳で、人類を裏切っちゃいました♡
あの後、勇者とその仲間たちは、私のサポートなしで魔王様に挑んだけど――瞬殺♡
回復も加護もなしじゃ勝てるはずもなく、「俺が世界を救うんだー!」とか叫びながら吹っ飛ばされて、あっさり退場した。
なんの功績も残せずのこのこ自国に戻った勇者は、皇太子の身分を剥奪。魔法使いと重騎士は、ど田舎の辺境に左遷され、筋トレと農作業に明け暮れているとか。
あ、そうそう。ブラック国家の祖国は……瘴気の源を“魔界”と決めつけて、根拠もないまま侵略を始めたことで、他国からも総スカン。支援は打ち切られ、経済はガタガタ、内部は腐敗だらけ。王族は民衆の暴動で城ごと炎上。
見事に滅びたわ。ちゃんちゃん♪
一方、私はというと……
あの後、めでたく魔界で再就職!瘴気を浄化できるという希少スキルを買われて、好待遇&感謝されまくり♡
仕事は大変だけど、みんな優しいし、福利厚生もばっちり!有給も残業手当もある!ブラック国家から転職して本当に良かった~~。
そして、何より――
仕事の合間にこつこつとラブラブアタックを仕掛け続けて、ついに魔王様を見事ゲット~~~!!♡♡♡
魔王様は外見だけじゃなく中身も素敵で、浮気なんて一切しないし、子育てにも超協力的。
幸せいっぱいな毎日を、今も魔界で送ってま〜す!
以前別名義で登校していた作品になります。
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本編完結した『悪役令嬢のダイエット革命!〜前世の知識で健康美を手に入れてざまぁします!~』もよろしくお願いします~