第2話 魔王が来ない件について
顔色の悪い長身の男が、会議室にふらりと現れた。政治担当のバロン卿だ。俺たちの前にくるなり、バロン卿は口を開いた。
「これは決して我が意図せぬ……いや、我が意図しないとも言い切れぬ事象に巻き込まれ端を発したものであり、まさに、ほぼ、ある意味、遅刻は遺憾であり、ですね、ええ、はい、そういうことで……なんか、すまんの」
「最初から『遅れてすみません』って言えぇえぇ!!!」
これで四天王が揃った……いや、揃いかけた、に留まる。何故なら、肝心のトップ、魔王様がまだ来ていないのだ。
「もう1時間経ったんですけど……魔王様どこ行った?」
四天王たちに問いかけると、破壊将軍グランゼルドがパチンと指を鳴らし、ウィンクを飛ばしてきた。いちいち腹が立つ。
「たしか今、玉座の間で『魔王らしいセリフ』の練習をしているそうですよ☆」
「……は??」
「『我が眷属よ、闇に跪け……』とか、『真の絶望をその目に刻め……』とかですね☆」
「中二病でも言わねぇよ!!」
しかも続きがあるらしい。
「そのために『全身黒コーデにマント』で、部下を連れて廊下を練り歩いてるらしいです☆」
「黒の巨塔かぁぁあぁあ!!!」
呼吸が追いつかない。ツッコミすぎて過呼吸になる!! 笑うところではないはずなのに、すでにこちらは涙目である。
「で? 会議は……始めるのか?」
「魔王様がいないと始まらないよ。上司の意見が絶対、部下は口を挟むな。それが会議ってもんでしょ?☆」
「昭和か!! 今、令和だぞ!!」
「れいわ?」
……こいつらに時代感覚を求める方が間違いだった。机の上に並べた議題資料を見下ろす。会議の準備は万全だが、会議は始まらない。その時、カゲマルがぼそりと呟いた。
「オレ、お腹すいたッス!!」
「呟きにしては声でけぇよ!!!」
「じゃ、僕パン買ってきますね☆」
「始まってすらねぇのに休憩するなぁぁ!!」
カゲマルとグランゼルドが勝手に会議室を出て行く。せっかく集まったのに……。もうやだ。机に突っ伏すと、ふと前世の上司の言葉が頭をよぎった。
『これがチームを動かすリーダーの苦労ってもんだ』
いや違う。これはもう保育士。俺から見れば、こいつらは全員バブちゃんだ。くそがぁあぁあぁあ!!!
「帰りてぇ……」
「えー……苦境とは常に、情勢と感情の板挟みに起こるものであり、君が抱える不安もまた、概ね不可避な時世の煽り……つまり、えっと…ほら……気にするな」
「うるせぇよ」
だが、この絶望をツッコまなければ、光は差さない。
これは俺の転生人生。異世界ブラックギャグ企業だったとしても、俺は立て直してみせる!!!
俺の胃に平穏がなくとも!!