第10話 天界査察官、闇スイーツに堕つ
緊張が走る中、俺が帳簿を差し出すと、エゼリオは表情を変えぬまま、淡々と確認し始めた。
「ふむ……帳簿の整合性は……問題ないようだ」
良かったぁ。ホッと息を吐くのも束の間、グランゼルドが突然、にこにこの笑顔で、銀のトレイを持ってきた。
「お待たせしましたぁ☆ こちら、闇のスモークスフレになります☆ 当店の一番人気ですので、ぜひお召し上がりください☆」
「グ、グランゼルド?! なに勝手に出して?!」
「やっぱこういう時こそ、闇の味を楽しんでもらった方が良いと思いまして☆」
「天界を口内から闇に染めるってか!! じゃなくて!! 今査察中!!!」
「でもやっぱり『魔界』に来たからには『魔界』をあじわってもらわないとですよ☆」
「これ、ただのスイーツだから!!!」
俺たちがごちゃごちゃやっている間、エゼリオはグランゼルドが出したスモークスフレに、静かに目を落とし、少しの間、沈黙していた。
「……これは……試食の義務はないが……」
エゼリオはそっとスプーンを手に取ると、頬を赤らめ、ぼそりと呟き、黒煙が立ち上がるスフレに、スプーンを沈めた。
「……しかし見過ごすことは出来ない……検証の一環として…味覚データの確認を……」
「言い訳しながら食べようとしてる!!!」
スプーンを口に運ぶと、無表情のまま、数秒、固まり、スッと目を伏せた。美味しくないのか?! やっぱり天界の方に魔界の味は合わないのか?!
「……表面はふわりと軽く、中心は濃厚な闇魔力をチョコレートが帯びている……これは……感情値に微細な揺らぎがある……」
「揺らいでるのはお前の心だよ!!!」
「……この味……さらなる検証が必要と判断する」
なんくち食べるんですか?! エゼリオさん?! それは本当に検証なのか?! スプーンは置かれることなく、スフレだけが減っていく。
「……美味……じゃなくて……これは、継続的提供が必要とされる類の……つまり……検査対象としての……」
「さりげなく今美味って言いませんでした? それらしいこと言ってますけど、貴方食べたいだけでは?」
「断じて違います」
エゼリオは紙ナプキンで、口周りを拭き、ばさりと背中の羽根を動かして、口を開いた。
「査察官として、当面このカフェに駐在し、詳細な味覚調査と混沌レベルの監視を継続する。以上」
「やっぱり食べたいだけですよねぇええぇぇええ?!?!」
「断じて違います」
こうして、天界の査察官エゼリオは、『スモークスフレの魔力的検証』という名目で『MAOU CAFE』に駐在することが決定した。まぁ、良い迷惑だ。
その日以降、白いローブの天使が店の片隅で、無表情でスイーツを食べながら、メモを取り続けるという、地獄のような……いや、天界と魔界のコラボレーション的な日常が続いたのであった。




