4 とても大切そうに、あなたはそれを抱きしめている。
とても大切そうに、あなたはそれを抱きしめている。
けっして、なくさないように。
絶対に、手放さないように。
「藍様は都に帰りたいのではありませんか?」と小咲姫は言いました。
みんなは海の波の打ち寄せるところで砂遊びをしていて、大きな木(松の木)の木陰には、藍と小咲姫の二人だけしかいませんでした。
「どうしてそう思われるんですか?」と遠くを見ながら、藍は言いました。
「都に戻って、お兄様である紅様のお力になりたいと思っているのではないのですか?」と小咲姫は言いました。
それはずっと藍に聞いてみたいと思っていたことでした。
そんな小咲姫の声を聞いて、藍はとても驚いた顔をしました。
それから、くすっと笑うと、「思いというものは、隠していても、隠すことはできないで、顔に出てしまうのもなのですね」と小咲姫の顔を見て、言いました。
遠くで海鳥が鳴きています。
「私では、兄の力になることはできません。私にできることは、歌を読むことだけです。政治のことや、戦のことは、なにもわかりません。武門の家に生まれましたが、兄とは違い刀も握ったことはないのです。だからこそ、こうして、東の土地に四季と一緒にやってきたのです。都にいては、兄の戦の邪魔になってしまいますから」と悲しそうな顔で笑って、藍は言いました。
「それでいいではありませんか。藍様は歌を読めば良いのです。今、この時代を生きている人たちの心を、歌にして読めば良いのです。残せば良いのです。百年でも。千年でも。それができるのは、藍様だけなんですから。そのことを紅様もきっと望んでいられると思います」
とそっと(自然と、そんなことをするつもりはなかったのに)藍の手を握って、小咲姫は言いました。
藍はじっと小咲姫のことを見つめています。
小咲姫も、藍のことをずっと見つめ続けていました。
まるで、時間が止まってしまったのようでした。
二人の顔はとても近いところにあります。(今にも、鼻と鼻がくっつきそうでした)
とても静かで、二人の邪魔をするものはなにもありませんでした。
やがて、二人は口づけをしました。
それは小咲姫にとっても、そして藍にもっても、生まれて初めての口づけでした。