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小咲姫が初めて恋をしたのは、同じお屋敷に住んでいる小咲姫と同い年である十六歳の歌人の少年、藍とはじめて出会ったときでした。季節は庭にたくさんある、桜の咲く春の季節。その桜の花吹雪の中で、小咲姫は、藍と出会いました。
小咲姫の父である白湯の君の親友である、今は亡き白露の君の二人いる男子の兄弟の弟君で、今は訳あって、兄君である白露の家を継いでいる、紅とは違い、藍は母親の実家である若草の家を継いで、若草藍となって、小咲姫の実家である白湯の家に居候をするような形で、遠くの都から、妹君の四季姫と一緒に、この東の土地に引越しをしてきた人でした。
「こんにちは」
柱の影に隠れるようにして藍のことをじっと見つめていた小咲姫のことを見つけて、藍はにっこりと笑ってそう言いました。
その澄んだ、美しい声を聞いて、小咲姫ははっととなって、柱の後ろにその姿の全部を隠してしまいました。(お返事もしないままで……)
小咲姫はそれから少しして、柱から顔を少しだけ出して、藍のことを見ました。すると、藍はまだ小咲姫のほうを見ていて、そんな小咲姫の童のような行動を見て、優しい顔をして、桜吹雪の中で、にっこりと笑っていました。
かすかな日の光と、優しい風と桜の花びらと、ひとりの物静かな美しい歌人の少年。
それはとても幻想的な風景でした。
小咲姫はこのとき、初めて恋に落ちました。
自分の家に都落ちをしてやってきた若草藍を見て、小咲姫は、……生まれて初めての、本当の、本当の、どうしようもない恋に、……落ちたのでした。