1 愛し。……愛され。
歌人。 うたびと。
愛し。……愛され。
春。桜の舞う御殿の縁側に小咲姫と四季姫が仲良く並んで座っています。二人はそこでひそひそと二人だけの内緒話をしているようです。そんな二人の花が咲いたばかりの若くて美しいお姫様たちの内緒話に、年老いた八重は、そっと(わくわくしながら)聞き耳をたてていました。
桜の咲くお屋敷の縁側に美しい歌人の少年、若草藍が座っています。そこからじっと美しい満開に咲いている桜の木の風景を眺めています。その手には筆と紙を持っています。どうやら藍は、なにか歌を読もうとしているみたいでした。
「なにをこそこそとしているのですか? 小咲姫?」とそんなことを突然言われました。
小咲姫が驚いて後ろを振り向くと、そこには小さな四季姫がいました。
四季姫は小咲姫を見て、にっこりと嬉しそうな顔で笑っています。
それから兄である藍を見て「お兄様を見ていたのですか?」と口元を着物の袖で隠すようにしてくすくすと楽しそうな顔で笑いました。
「違います。桜の木を見ていたのです」と姿勢を正して小咲姫はすました顔でそう言いました。
「なるほど。なるほど」と言って、四季姫は小咲姫の隣にやってきます。
「都暮らしの四季姫には、こちらの生活は退屈ではありませんか?」と話題を逸らすようにして、そんなことを小咲姫は四季姫に言いました。
「そんなことはありませんよ」と四季姫は言います。
「本当ですか? なにもありませんよ」と顔を斜めにして小咲姫は言います。
「海が見えます。それが本当に嬉しいんです」と本当に嬉しそうな顔でころころと笑って四季姫は言いました。