勇者となった幼馴染が帰ってきたけれど、ハーレム要員はお断りします。すでに美貌の旦那様に溺愛されていますので。
勇者一行が魔王を倒したと、辺境の田舎の地にも噂が届いた。
幼馴染のリカリルドが勇者認定され、この村を巣立つ前の晩、彼は言った。
「ここに必ず戻って来る」
わたしの手を握って口にしたあの時の言葉に、嘘はなかっただろう。
けれど、あれから五年の月日が過ぎた。
彼も、彼を取り巻く環境も、あの時とは何もかもが変わっている。きっと、リカリルドはこの村に戻ることはもうないだろう。
けれど、ほんの少しでも故郷を、幼馴染であるわたしを懐かしんでくれるなら、すぐにではなくてもいい。来年でも再来年でもいい。一度この村に顔を出して、旅の思い出を、魔王を倒すまでのエピソードの一つでも、聞かせてくれたらと思う。
「リカリルドが帰ってきたぞーーーー!!!!」
まだ日も昇りきらない早朝、仕込みの最中のわたしの耳に、信じられない声が聞こえた。
声の主は羊飼いのヨーデルだろう。彼はいつも早い時間から羊を放牧している。
寝ぼけ眼をこすりながら家の戸から顔を出す近所の人達に混ざって、わたしもエプロンで手を拭いながら、外へと飛び出す。
そこには、朝日を浴びて金色の髪を輝かせた、リカリルドがいた。
十代の中頃だった彼は二十歳を超え、少年の面影は消えている。
丸みを帯びた頬から肉は落ち、可愛らしいと形容されていた顔は、絵本で見る騎士のように鋭さを帯びていた。農作業で培った体とは違う逞しく鍛えられた背の高い男が、わたしを見止め、目を輝かせた。
「ナターシャ!!」
リカリルドは、幼い子供のようにわたしを両手で持ち上げる。
「きゃっ」
「約束通り、帰って来たよ」
見違えるように成長したリカリルドだったけれど、わたしを見つめる瞳は変わっていない。深い湖のような綺麗な瞳。
リカリルドに聞きたいこと、話したいことがたくさんある。
何より、無事に帰ってきてくれた、その事実が嬉しい。
「リカリルドーー!! おかえりーー!!」
「勇者様! よくやった!!」
「お前はこの村の誇りだぁ!!」
村人達がリカリルドを囲む。みんな嬉しそうに、涙を流して喜ぶ人もいる。
いつの間にかリカリルドは人々に囲まれ、村長さんの家に向かっていた。
残されたわたしは、袖で涙を拭って、家に戻る。
朝の仕込みの途中だったのだ。これからもうひと頑張りしなければ。
家に帰ると、目を覚ました家族達が起きてきたところだった。
「外が騒がしいけれど、朝から何かあったのか?」
父の言葉に、春先に最初の水仙の花を見つけた時のように明るく返事をする。
「なんと、魔王を倒したリカリルドが帰還したのよ。みんなに囲まれて村長さんの家に向かったわ」
父も母も、喜びよりも先に心配の色を漂わせる。
「帰ってきたのか」
「ナターシャ、大丈夫?」
二人は、リカリルドが勇者としてこの村を旅立った後の、わたしの落ち込みを知っているのだ。
特産品や名産がなく、観光地というわけでもないこの村は、隣国へ向かう際の宿場として、なんとか生計を立てている人がほとんどだ。それも、他の交通ルートが盛んになり寂れつつある。
そのため、若い世代は将来性のないこの村から出て行ってしまう。
幼馴染であるリカリルドとわたしは、二人でこの村を盛り立てて行こうと誓い合っていたが、彼は勇者となり、村を出て行くことになってしまった。夢を一緒に追うはずだった彼の門出を祝うことが出来ず、しばらくは泣いてばかりいた。
けれど今はもう、わたしは前を向いている。
魔王を倒し、その報告に故郷を訪れてくれた幼馴染がただただ誇らしい。
わたしには前世の記憶がある。
ライトノベルやアニメなどにはあまり詳しく無かったので、ここが何かの物語の中なのかはわからないが、異世界転生というやつだろうとは思っている。
なぜかというと、今いる世界は中世ヨーロッパ風のけっこう便利な世界でなにかと都合よく出来ているからだ。
上下水道は完備しているし、誰しもが簡単な魔法を使えるので電気やガスも必要ない。そこそこ清潔で快適に暮らしている。
ここが何の物語かはわからないが、村から勇者が旅立った。
聖女である第三王女、武家と名高い伯爵家出身の女騎士に、攻撃魔法が得意なエルフの姫と連れ立って魔王を倒す旅に出たと王都から遠く離れたこの地で噂を聞いたのは、勇者が村を出て約一年後。
前世の記憶がハーレム状態だと教えてくれる。
麗しい仲間達に囲まれて苦楽を共にした勇者は、きっともうこの村には帰ってこない。
リカリルドは幼い頃両親を亡くし、親戚でもある村長さんの家で育った。近しい家族がいない彼は、きっとこの村に帰って来ることはないと、村人達は口に出さずとも思っていただろう。
そんな彼が魔王を倒し、凱旋した。
普段は賑わいの少ないこの村が一気に華やぎ、お祭り騒ぎとなる。
夜になるとみんなが秘蔵の酒や手料理を持ち寄り、村長さんの家に集まった。
リカリルドと幼馴染のわたしも、家族と一緒に手作り饅頭を持って行く。
前世の記憶を頼りに、饅頭を完成させたのはつい最近。今は販売時のパッケージデザインをいくつか試している段階だ。一日でも早くこれを商品化したいと、わたしは睡眠時間も削ってしまうこともあり、家族に叱られてしまう。
村長さんの大きなお屋敷の中、大広間はたくさんの人で溢れていた。
結婚式の披露宴で新郎新婦が座る位置に、村長さんとリカリルドは座って、みんなから順番にお祝いを受けている。
「ナターシャ、来てくれたのか!」
列の最後尾に並んだわたしに気が付いたリカリルドが、身を乗り出して声を掛けてくれる。
みんな、わたし達が幼馴染で親しくしていたことを知っているから、怒ることもなく先へ通してくれた。
「リカリルド、おかえりなさい。あなたが無事に帰って来られて……」
彼の安否を憂えていた五年間の思いがこみ上げ、涙が込み上げてくる。
リカリルドはわたしの取り乱す姿をみんなに見せないように、庇うようにバルコニーへと連れ出してくれた。
涼しい夜風の吹く中、改めて見るリカリルドは精悍だった。
「背が伸びたのね」
頷くリカリルドを見上げる。
「傷があるわ」
前髪が風で揺れると、刃物でついたような傷が見えた。
「色々、あったんだ。一晩じゃ語りつくせないほど」
「少しだけでも、話してくれたら嬉しい」
「全部、ナターシャに聞いてほしい」
勇者となり魔王を倒したリカリルドは、この後きっと王都に戻り、あちこちで引っ張りだこだろう。全部と言ってくれる心意気は嬉しいが、さわりだけでいいのだけれど。
風になびくマントを翻し、リカリルドはわたしの前に跪く。
懐から取り出した小さな箱の蓋を開けると、眩い宝石のついた指輪が入っていた。
「魔族の宝の一つ、宵闇の光を指輪にしてもらった。これをナターシャに贈りたい」
幼馴染に魔族の宝をプレゼントしようとするなど、勇者とはなんと気前のよいことか。
「リカリルド、わたし指輪より決戦の地のグラウンドの土とか、浜辺の星の砂とかのが欲しかったんだけど」
わたしの言葉など聞こえないかのように、リカリルドはわたしの左手を取り、薬指にそれを嵌めようとする。
この世界は、前世と同様に結婚の証に左手の薬指に指輪を嵌める風習があるのだ。
しかし、わたしの薬指には、すでに他の指輪が嵌められている。
「これは……!!」
「万物の煌めき、だ。この世に存在する全ての美しき光を纏う唯一の宝石。俺のナターシャに相応しい」
「お前は、さっきからナターシャにくっついて回って、ナターシャのストーカーか!?」
村長さんの家に着いた時からずっとわたしにくっついているその男に一言も触れないため、リカリルドには彼が見えていないのかと不思議に思っていたが、ただ無視をしていただけのようだ。
わたしは大好きな家族を、リカリルドに紹介する。
「彼はイーサナット。わたしの夫よ」
「夫!? ナターシャは結婚していたのか? いつ結婚したんだ?」
「えーと、リカリルドが村を出てすぐに知り合って、それから一年くらいお付き合いしたから四年くらい前かしら?」
わたしの夫を上から下まで凄い目つきで見たリカリルドは、あることに気が付いた。
「ナターシャ、きみは騙されている!! 赤い目に血の気の感じられない青白い肌、人と思えぬ美貌、そして何より、臀部から生えている黒い尻尾!! そいつは人間じゃない、魔人だ!!」
わたしは近すぎて全体がよく見えないイーサナットのお尻で揺れる尻尾に視線を落とす。横にゆらゆら揺れて、可愛い。
「魔人なことは知っているわ。勇者となったリカリルドが強敵に育つ前に倒すことが目的でこの村に訪れたのが最初だもの。けれど、リカリルドは旅立った後だったから、残されたわたしが泣いてばかりで、心配して会いに来てくれるようになって、お付き合いが始まったのよ」
リカリルドが何か考え込んで、答えが見つかったようで、突然大きな声を上げる。
「赤い目に獣の黒い尾を持つ魔人、お前、魔王の配下で最強と言われた四天王の一人だろ!! 四天王と言う割に、最後の一人が現れないと訝しみながら魔王を討伐したんだ。いないならいないと言ってくれればいいものを!!」
「勇者一行が魔王城に着く頃にはもう魔王軍引退してたから、関係なかったし。古い噂話だけあてにして、きちんと情報収集しないから、魔王討伐まで五年もかかったんじゃないのか?」
言葉に詰まるリカリルドに、イーサナットは言葉を重ねる。
「それに、元仲間に聞いた話だと、魔王城に攻め込んできたのは勇者と名乗る男と三人の妻だったとか? お前すでに三人も嫁がいるんじゃないのか?」
やはり、わたしの前世の知識を裏切らず、ハーレム状態だったようだ。しかも、言い寄られただけとかではなく、ちゃっかり三人全員と結婚していたとは。
「火種程度のファイアーボールで『きゃあ、勇者様こわぁい』『俺に任せろ!』とかイチャイチャしているから馬鹿らしくなって、元々他の異世界空間に引っ越しを計画していたから、その日程を早めることにしたらしい。勇者一行に倒された振りをして、そのまま引っ越すことになったから、落ち着いたら遊びに来てくれ、と連絡をもらった」
そんな事情で魔王討伐が終焉を迎えたとは、わたしも初めて知った。イーサナットはわたしを褒めそやすことには言葉を惜しまないが、大事なことは言わなかったりする。きっと人間とは感覚が違うのだろう。
イーサナットはリカリルドの額にかかる前髪を寄せ、傷跡を露わにする。
「この傷も嫁との痴話喧嘩でついたものだろう?」
クスリと人外の美貌で微笑むイーサナットの手を、リカリルドは払いのける。
「どうして、俺に倒される振りなど……!?」
「俺の可愛いナターシャのためだ。彼女はこの村の再興のための努力を惜しまない。俺の努力家で素敵な嫁自慢を聞いた魔王様が感銘を受けて、倒された振りをしてくださったそうだ。そのおかげで、この村は魔王を倒した勇者の出身地として、徐々に観光客が増えつつある」
まさかイーサナットが外でもわたしのことを褒め散らかしてくれていたなんて! 嬉しくも恥ずかしい。
けれど、そのおかげで勇者一行の凱旋が叶うことになった。ありがたいことこの上ない。
「リカリルド、これを見て?」
今日のお祝いに持ってきた饅頭の箱を彼に渡す。
「勇者饅頭?」
「勇者の出身地に観光客として訪れた人達のお土産用に、やっと完成したの。パッケージはまだ迷っているんだけれど」
饅頭一つ一つに勇者の似顔絵を刻印した可愛らしい饅頭だ。
「他にも、村の入り口に顔をくりぬいたパネルを用意して、そこから顔を出してもらって勇者一行気分を味わえるようにしたり、村長さんの家の一部を開放してもらって、勇者の育った家ツアーとかも考えているの。あとね、少しでも旅の話を聞かせてもらえたら、あなたの勇姿を画家に頼んでイラストエッセイ本も出せたら、と思って」
彼がこの地を巣立ってから少しずつ考えていた村の再興案が、やっと日の目を見ることが出来そうだ。
リカリルドが勇者となりこの村を出て行くことになった当初は、まさかこんな風に村を盛り上げられるようになるとは思っていなくて、村の未来を担う若い力が減ってしまったことをただただ嘆いていたけれど。
前世では市役所の観光課で働いていたわたしが寂れた村に転生したのは、前世の知識を活かすためだと信じていた。年の近いリカリルドと村に人を呼び込む方法を夢物語を語るように話し合った日々は、確かにわたしの青春だっただろう。
かつては淡く抱いていたリカリルドへの想いは、彼が勇者となり離れることで消えた。
突然現れたこの世のものとは思えない美しい魔人に溺愛されて、わたしは本当の愛を知ったのだ。
わたしと一緒に小豆の代わりになる原料を探して、わたしが作った餡を生地で包んでふかして饅頭にしてくれるイーサナット。饅頭に刻印する勇者の似顔絵も彼が彫ってくれた。
夢のような構想を頷きながら聞いてくれて、必ず叶うと、いつもわたしを信じてくれる愛しい旦那様。
この村を勇者が巣立った場所として、国で一番の観光地にしてみせるから、ずっと傍で支えてほしい。
わたしの気持ちが伝わったのか、左手の薬指に光る指輪を撫でながら、イーサナットがわたしを愛おしそうに見つめてくれる。
彼が実は魔族の陰の王と呼ばれていたことは、この時はまだ知らなかった。
数日後、リカリルドの妻達が彼を探してこの村に辿り着いた。
どうやら、魔王を倒し、王都に戻った平和な日々の中で、誰が彼の正妻であるかと問い詰められたリカリルドは逃げ出して故郷に帰ってきたようだった。
煮え切らない夫の態度に妻達は実力行使とばかりにバトルを繰り広げ、そのおかげで温泉が見つかり、ますます勇者の村は栄えそうだなと、にんまりしてしまう。
毎日は困るが、数年に一度は勇者一行にこの地に遊びに来て、村を盛り上げてほしいと密かに思っている。
数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。
ブックマーク、評価、いいね、どれもとても嬉しいです。
誤字を修正しました。
ご指摘、ありがとうございます。