どうしようもない悪女の恋
感想欄は閉じました。すみません.
ルドリス「元」第二王子は、今日もお気に入りの令嬢を連れて、王立学園の廊下を歩いていた。
アリア・マドス男爵令嬢。
ルドリスのお気に入りの令嬢だ。
アリアは、ふんわりとした金の髪を持ち、たよりなさげな令嬢で。
「ルドリス様には憧れております。私のような下位貴族とも仲良くして下さって。とても嬉しいですし、光栄です」
大きなエメラルド色の瞳で、嬉しそうにルドリスの手を握り締めて、そう言うのだ。
「いやなに。私は君を気に入っているのだから当然だよ」
レディアーヌ・エフェル公爵令嬢。本来なら長年に渡る婚約を結んでいたエフェル公爵令嬢。彼女と結婚し、エフェル公爵家に婿に入る予定だった。
それなのに、ルドリスは婚約破棄を突き付けられた。
勉学だって頑張って来たし、剣技だって励んで来た。
エフェル公爵家に時々出向き、レディアーヌと交流を深め、互いに信頼関係にあると信じていた。
エフェル公爵に付き従い、領地を視察した事もあった。
自分には何も落ち度がなかったはずである。
浮気をした覚えもない。
だが、婚約破棄を突き付けられたのだ。
ルドリスが街の娼館に通い、娼婦と遊びまくっているという理由で。
将来のエフェル公爵の婿にふさわしくない。そう言われて婚約破棄された。
覚えがない。冤罪である。
そう訴えた。
だが、何故か父である国王陛下もその婚約破棄を受け入れて。
慰謝料を払って、結局、婚約破棄されたのだ。
王族に相応しくないと、王族から外され王子と名乗る事を禁じられた。
今はただのルドリス。
元第二王子である。
父、国王陛下の温情で、貴族の王立学園を卒業するまで通う事を許してくれた。
卒業したらどうなるのか?
恐らく王領の片隅で生きるに困らない金銭を与えられて、幽閉されるだろうとの事。
今まで自分の傍にいてちやほやしてくれた周りの貴族達からは馬鹿にされたが、せっかく王立学園に通えるのだ。暗い先行きでも勉強に励まなければならない。と、勉強を頑張った。
そんな中、親しくしてくれたのが、男爵令嬢アリアである。
「お可哀そうに。私でよければ、慰めて差し上げますね」
そう言って慰めてくれて。傍にいて、とても癒してくれた。
自分なんかと近づいたって、なんの価値もないはずなのに、アリアはとても優しくしてくれる。
心が癒されて、ルドリスは幸せだった。
しかし、とある日、とんでもない事件が起こったのである。
アリアが馬車に轢かれて亡くなった。
アリアは注意深い性格でもある。それなのに、道の真ん中に飛び出したアリアを馬車が轢いたというのだ。
何があったのか?アリアはもしかして殺された?なんで殺される必要がある?
自分と親しくしていただけのアリア。
それなのに何故?
そう思っていたら、放課後、人気のない中庭に呼び出された。
元婚約者のレディアーヌにである。
「お久しぶりですわね。ルドリス様」
「レディアーヌ。婚約破棄をした私に何の用だ?」
「エレオス王太子殿下の婚約者であるわたくしのお姉様が亡くなりましたの。だから、わたくしがエレオス王太子殿下に嫁ぐ事になりましたのよ。丁度、ルドリス様が娼館に通って婚約破棄をせざる得なかったことが重なって。我が公爵家は従兄が継ぐことでしょう」
「私は娼館に通っていない。何度も訴えたが、父上も、エフェル公爵も納得してくれなかった。娼館に通っている証拠もあると言って見知らぬ女達に証言までさせてっ。私は君のよき夫となる為に、今まで励んで来た。それなのに…‥もしかして、エフェル公爵と父上が納得の上、私を陥れたのか?私はそもそも側妃の息子だ。私を父上は切り捨てたのか?」
レディアーヌが近づいて来て、ルドリスを見上げる。
凛としたその姿は、何度も茶会をして、親しく交流をしてきた、見慣れた美しいその姿。
銀の髪に、碧い瞳。
何度、口づけたいと思ったことか。
何度、その手を握り締めて、愛を囁きたいと思ったことか。
婚姻前に、そんな事をしたくはなかった。
理性が飛んで、何をしでかすか解らない。
だから、必死に耐えた。
婚約破棄が成立した時、悲しかったのだ。
レディアーヌを忘れたい。その心の傷を埋めてくれたのがアリアだった。
自分だって前を向いて歩かなければ。例え、その先が幽閉だとしても。
レディアーヌは驚くべきことを口にした。
「アリアを殺したのはわたくしよ。だって、貴方、あの娘を気に入っていたでしょう?許せなかったの。今はわたくしはエレオス王太子殿下の婚約者。でも、わたくしも一人の女。だからあの女を殺させたの。人を雇って。貴方が他の女を愛するなんて、許せない。一生、許す事は出来ないわ」
レディアーヌに手を握られる。
「ずっと貴方の事を愛していたわ。貴方と結婚出来る日を楽しみに生きてきたの。でも、わたくしはエフェル公爵家の娘。お姉様が病で亡くなったわ。家の為にも、わたくしは王妃にならなければならない。お姉様の代わりに。これから厳しい王妃教育をこなさなければならない。それでも、わたくしは我がエフェル公爵家の為にこの王国の為に、エレオス王太子殿下と結婚して、いずれ王妃にならねばならないのだわ」
レディアーヌをルドリスは抱き締めた。
「私達は先を見て歩かなければならない。君から婚約破棄をされて、アリアは私の癒しだったんだ。それを君は……」
「あの女はきっと貴方のお金が目当てだったのよ。国王陛下が可愛がっている貴方の将来に、お金に困るような事はしないでしょう。王領の一角を与えて、沢山のお金を持たせて働かないですむようにしたはずよ。あの男爵令嬢の家はとても貧しいの。だからあの女、貴方のお金目当てだったのよ」
「そうなのか?」
「お願いだから、わたくしの事を忘れないで。王太子殿下に嫁いでもわたくし、貴方の事を愛しているわ」
唇を塞がれた。
何だかとてもモヤモヤする。だが、一度は好きになった女性、もう、何も考えない事にした。
レディアーヌは、公爵家に戻る馬車に乗りながら、ため息をついた。
わたくしの事を悪い女だと、ルドリス様は思っているでしょうね。
亡くなった姉、フェリーヌに思いを馳せる。
誰よりも頑張り屋で、完璧な女性だったフェリーヌ。
しかりエレオス王太子は事ある毎にフェリーヌを罵倒した。
「女だったら男を立てろ。俺より目立つな。なんだその不満げな顔は。私は王族だ。お前は単なる公爵家の娘だろう?我が妻、未来の王妃になるんだ。もっと私に感謝するがいい」
「俺に意見をするな。はぁ?なんだ?思い上がるのもいい加減にしろ」
頬を叩かれ、暴力も振るわれていたようで。
横暴な王太子エレオス。姉フェリーヌはだんだんと心が病んでやつれていった。
だが、エフェル公爵家の為にも、我慢に我慢を重ねて。
だんだんと、心が壊れ、ついに疲れ果ててしまったフェリーヌ。
毒を飲んで、自殺してしまったのだ。
エレオス王太子に殺されたようなものだ。
表向きは病死という事で、葬儀が行われて、フェリーヌは公爵家の墓に葬られた。
そして、次に下った命令が、第二王子ルドリスを貶めて、婚約破棄を突き付け、エレオス王太子の婚約者になるという命令。
全ては王妃が企んだ事。王妃に甘い国王陛下も王妃の頼みに頷かざる得なかった。
慰謝料を払っても、優秀なレディアーヌを新たなエレオス王太子の婚約者にし、憎き側妃の子を貶める。
父であるエフェル公爵も、レディアーヌを嫁がせることをそれなりの慰謝料と共に承諾した。
レディアーヌは思った。
あの憎きエレオス王太子の婚約者に?
姉を殺したのはあの男。
それに、わたくしはルドリス第二王子殿下を愛している。
彼を婿にして、公爵家の領地を経営し、幸せに暮らすはずだったのに。
どうして、なんで?
だったらわたくしは悪女にも何にでもなりましょう。
男爵令嬢アリス。
別に彼女が金目当てだったかどうかなんて関係ない。
ルドリスと仲良くするアリスが許せなかっただけだ。
だから殺した。
エフェル公爵家が契約している暗殺業の連中は、とても優秀である。
だが、他の人間ではエレオス王太子を殺すのは、手間がかかるだろう。
だったら、この手でエレオス王太子を……
姉フェリーヌは王国思いだった。立派な王妃になって、この王国をよくすることを考えていた。
姉の想いは大いに解る。でもでもわたくしは……許せない。
姉を自殺においやったエレオス王太子殿下を許せないの。
エフェル公爵家の為にあの男と結婚して、王妃になって子を産む。
それがわたくしの仕事だと解っているけれども。
結局、エレオス王太子に手をかけることが出来なかった。
姉は王国の民の事を考えていた。立派な王妃になる為に辛い王妃教育にも耐えていた。
エレオス王太子の罵倒にも必死に我慢をして。
そんな姉フェリーヌの想いを無下に出来ない。
エレオス王太子と結婚し、嫌な子作りにも耐えて。
そんな中、思い出すのは愛しいルドリスの事。
エレオス王太子はニヤニヤ笑いながら、
「フェリーヌと違って、お前は見かけは美しいからな。じっくりと可愛がってやる」
そう言って、しつこいくらいにエレオス王太子はレディアーヌと褥を共にする。
辛かった。苦しかった。
鏡をのぞけば、自分が殺した男爵令嬢の亡霊が見えることがあった。
うらめしそうな顔でこちらを見ている。
そうかと思えば、自殺した姉が心配そうに鏡の中からこちらを見つめていた。
ああ、わたくしは頭がおかしくなったのだわ。
ルドリス様。会いたい。こんな恐ろしい悪女なわたくしだけれども会いたい。
必死に王太子妃の仕事もして、エレオス王太子と夜会に共に出て、貴族達と社交をして。
必死に必死に足を掻いて。レディアーヌは王太子妃として頑張った。
しばらくして、子が出来たと。エレオス王太子の子が、レディアーヌのお腹の中に。
レディアーヌは思った。
どうか男の子でありますように。
男の子なら、次期王太子である。
実家のエフェル公爵家に対しても自分の役割は終わる。
月満ちて生まれてきた子は男の子で。
レディアーヌは安堵した。
そして思った。
王家の血筋は残した。
もう、姉を殺した男なんていらない。
今まで踏み出せなかった。
だが、息子レシルの顔を見て、決意した。
相変わらず粗暴なエレオス王太子。
使用人達は怯え、レディアーヌに対しても罵倒するようになった。
「私を敬え。なんだ?子を産んだからと大きな顔をするんじゃない。私が一番偉いのだ。お前の目つきが気に食わない」
蹴とばされた。
こんな男なんてもういらない。我慢の限界だった。
毒見係を買収し、毒を食事に混入する。
姉は毒で自殺した。だから毒で殺してやりたい。
エレオス王太子はその毒によって病の床につくようになった。
いくら調べても異国の毒。毒だという事は解らないはず。
心配した国王陛下や王妃が、医者を手配してエレオス王太子を診てもらったのだけれども。原因不明の病として診断を受け、手の打ちようがないと言われて。
「ああ、エレオス。お前が死んだらっ」
嘆く王妃に国王は、
「幸い、跡継ぎを残してくれた。跡継ぎのレシルが大きくなるまで私はまだまだ頑張らなくてはならないな」
赤子のレシルを乳母に預けて、エレオス王太子を見舞うレディアーヌ。
二人きりの時間をと、二人きりにしてもらった時に、エレオス王太子の耳元で囁いた。
「お姉様が地獄で待っておりますわ。貴方様を恨んでおいでですよ。いえ、お姉様は天の国にいるかもしれませんね。お姉様は優しい方でしたから。それを追い詰めたのは貴方。わたくしは貴方を許しませんわ」
口を聞く事も出来ない位、その頃には弱っていたエレオス王太子。
レディアーヌは満足した。
その夜、エレオス王太子は亡くなった。
自分は悪女だ。エレオス王太子までも殺した。
鏡の中で今度はエレオス王太子が恨めしそうに自分を見つめるだろう。
それでも、後悔はない。
エレオス王太子の葬儀が終わり、王領にいるルドリスに馬車に乗って会いにいった。
ルドリスはいまだに結婚はしていない。
王領の片隅に小さな領地を与えられて、お金はあれども、庭に畑を作って暮らしているようだ。
久しぶりに会ったルドリス。彼は畑の作物につく虫を取りながら、レディアーヌの相手をした。
「兄上が亡くなったんだな」
「ええ、わたくしが殺したの。ああ、ここは暑いわ。もう、すっかり夏なのね」
日傘の下で、庭の畑で土をいじるルドリスに向かって、話しかけるレディアーヌ。
レディアーヌはルドリスの傍で腰を下ろして。
「ああ、わたくしもここで暮らそうかしら。でも駄目ね。息子の傍を離れられないわ。あんな男の息子でもわたくしの子。とても可愛いのよ。あの子が一人前になるまで、わたくしは傍にいなくてはならないわ。ねぇ……何で結婚しなかったの?」
「王族を外れた私に嫁いでくる令嬢はいないだろう?」
「わたくしを忘れられなかったのではなくて?」
「私はいつまでもここにいる。ここへ来られるようになったらここへおいで」
「ルドリス様」
「君がどんな悪女でも、私は君を愛しているよ。遠い昔に約束したね。一緒に領地経営を頑張っていこうと。ここは小さな領地で、何にもない所だけれども。君一人位、養っていけるから。覚えていたらここへ来るがいい」
「ええ、いつか、ここへ来たいわ。こんな悪女でよければ」
わたくしは血だらけで、人殺しでどうしようもない悪女だけれども、それでもルドリス様。お傍にいていいかしら?子育てが終わったら、貴方の傍でわたくし過ごしたいわ。
夏の日差しが眩しくて。それでも、ルドリスの傍にいるこの短い時間を、噛み締めるレディアーヌであった。
レシル王太子が18歳になった歳に、レディアーヌは王宮を出て、ルドリスの元へ来た。
ルドリスと一緒に小さな屋敷で共に畑作りを楽しみ、穏やかに暮らしたと言われている。