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オリジナル短編集

雨乞い

作者: のなめ

昔々、一つの小さな村があった。その村の人々は皆とても仲が良く、互いを尊重し思いやりに満ちていた。しかし、そんな村にも一つだけ欠点があった。


それは――雨が降らない。ということ。


そんな状況であれば当然農作物も育たず、人々は日々飢えに苦しんでいた。しかしそれでも我先にとわずかな食糧に手を伸ばすものは一人もおらず、自分よりも他人を第一に考え余裕の無いものから順番に食料を分けていた。


「ほら、これを食べんさい。わしはもう老い先短い身じゃ。そんなもんに食べさせたところで無駄になるだけというもの」


「で、でも、おばあさんそれじゃ......!」


「これでええんじゃ。それに、我らには先祖代々受け継がれてきた雨乞いの儀式もある。別にわしは諦めておらぬわ」


老婆はそう笑顔で若い男に言った。


「ほ、本当にありがとうございます!でも......その雨乞いとやらは、あてになるんですかね」


「少なくとも、わしらの先祖はそれで命を繋いできたのじゃ。きっと今回も大丈夫じゃろう」


「そうですか......」


「だが、雨乞いをするには一つ条件があってな。それは、食料が完全に底を尽きた時に行う。ということじゃ」


「食料が完全に尽きた時って、それまたどうしてなんですか?」


「さあな。詳しいことはわしにも分からん。じゃが、その方がより効果があるのかもしれん」


「何だがますます不安になりますね......。本当に大丈夫なんでしょうか」


「まあ、わしらは黙って信じるほかあるまいよ。ほら、冷めないうちに食べんさい」


「そう、ですね......」


若い男はそう言いながら、不安げにちらりと雲一つない晴れ渡った空に目を向けた。


――それからどれほどの日数が経っただろうか。蓄えていた食料はついに底を尽き、後は雨乞いの儀式に頼るのみとなった。


「あぁ、いよいよ今日ですね」


「そうじゃな」


「頼むから降ってくれ......!!」


「わしらも心の中で願うんじゃ」


そんな会話をしている老婆と若い男の先で、礼服を纏い儀式台に上った村の代表者と思しき人物は、何やらお経のようなものを唱え始めた。他の村人達はそれから少し離れたところで、皆目を瞑り両手を合わせ祈っている。


しかし――


「まだ......ですかね」


「......そのようじゃな」


若い男は空を見上げるが、相変わらず雲一つない晴天であり、雨の降る気配など微塵もない。雨乞いを始めてから少なくとも半日は経過しただろう。男は不安になり老婆に尋ねた。


「いつまで掛かるのでしょうか。もうすぐ日が暮れてしまいます」


「ふーむ。先例では既に降り始めていてもおかしくないのじゃが......」


「まさか今回に限って降らないなんてこと......」


「これ、不吉なことを申すでない。とにかく、降るまでわしらは祈り続けるのみじゃ」


「そ、そうですね......」


それからしばらく時間が経過し、辺りはすっかり暗くなった。地面は乾ききっている。そう――結局雨は降らなかったのだ。その夜、村では前代未聞の危機として緊急会議が開かれることになった。


「まさかこんなことが......」「でもどうして......」「このままでは我らは......!!」「落ち着こう、冷静になって解決策を考えるんだ」「くっ......今までにこんな事はなかったはずだ!どうして!!」「神は我々を見捨てなさったのか......」


会議といえど、もはやいつ死んでもおかしくない状況から皆がパニックになり、今の想いをぶつけあっているだけであった。


「何が駄目だったんだ!おい!あんた儀式でどんなことをしたんだ!!もう食料はこれっぽっちもないんだぞ!!」


「い、いや、私は過去の例に習ってそれ通りに......」


そんな中で一人、白髪の入った中年の男が苛立ちを抑えきれない様子で、雨乞いを行った代表者に詰め寄っていた。


「いいか、何としてでも雨を降らせるんだ!でなきゃこの村は滅亡するぞ!お前のせいでなッ!!」


「おいおいそれは言いすぎだぞ」


「何も彼のせいでこうなったわけじゃないわ」


中年の男の大声による行き過ぎた発言が皆の耳に入り、一部の人間がそれを制するように男に話しかける。


「くっ......じゃあ一体何でこうなったんだ!!説明してみろ!」


「だからそれを今話し合ってるんじゃない」


「これが?話し合いだと?」


その発言に、想い想いに発言していた皆は口を閉ざし何も言えなくなってしまう。そして訪れた沈黙の中、最初に口を開いたのは雨乞いを行った代表者であった。


「――何が原因か、それは正直に言って分からないのが現状です。そしてお医者様に、ここで何よりも確認しておきたいことが一つあります。単刀直入にお伺いしますが、我々はあとどのくらい生きられるのでしょうか」


再び沈黙が場を支配する中、今度は医者が口を開く。


「今の各々の平均的な栄養状態から推測すると、今日入れて三日もすれば餓死者が出始めるだろう。それだけ皆限界のはずだ。いや、下手をすればもっと早いかもしれない。何故なら既に水も食糧も底をついているのだから」


「雨さえ降ってくれれば水を確保出来て生き存えるのだがな......」


「なるほど、つまり我々に残された時間は、今日を入れてあと三日程度ということですね。それでは私は残りの二日間、早朝から日が暮れるまで雨乞いを行うこととします。どうなるかは分かりませんが、出来る限りのことはするつもりです」


「ああ、そうしてくれ。俺たちは俺たちで、出来るだけ長く生きられる方法を考えるから」


もはやそんなものはないと薄々分かっているが、当然皆諦める気にはならない。


そして翌日――宣言通り村の代表者は、早朝から雨乞いを行った。


「今日降らなければ......いよいよ餓死者が出始めるんですね」


「そうじゃな」


「希望はあるのでしょうか......」


「そう弱気になるもんじゃないわい。どんな時でも、希望を捨てたらいかんぞ」


老婆は空を見つめながらそう呟く。


「そう、ですよね......」


彼も、同じく空を見つめながら呟いた。


そして――その日も、とうとう雨が降らないまま夜になった。


「ダメだったか......!」「クソッ!」「もう終わりか......」「諦めるしかないのか」「どうして降ってくれないのよ!!」


それぞれが想いをぶつけ合う中、代表者は皆の前に立ち口を開いた。


「二日目も変わらず、空は雲一つありません。いよいよ明日が三日目です。お医者様にお伺いしたいのですが、具体的に何時を過ぎると餓死者が出始めると思われますか」


「私の病室にここのところで極度の栄養失調で身動きが取れなくなった患者が入院しているが、恐らく明日の夕方辺りからかなり危険な状態になるだろう」


「分かりました。夕方になったら覚悟をしろ、ということですね」


「そうだ。そうなれば、いよいよ我々は終わりだ」


その言葉を胸に、三日目――その代表者は再び早朝から、雨乞いの儀式を始めた。


「三度目の正直とは言いますが......もはや希望なんてありませんよ」


彼は今まで隣にいたであろう老婆の姿を思い浮かべながらそう呟く。


そして――当然のように快晴のまま正午を過ぎた。ここまで来ると、彼も、雨乞いを行っている代表者も、医者も、他の村人達も、誰もが自分たちの代でこの村は終わりだと、半ば諦めの感情が芽生えていた。所詮、希望なんてものは初めから無かったのだ。村人達は体力、そして精神力が限界に近づき、皆死んだようになっていた。あと数時間後には餓死者が続出し、明日になればますますその数は増えるだろう。死という単語が村人達の頭をよぎった。


――たった一人を除いて。


「――ねえねえおじさん」


「――え?」


代表者はすぐに唱えるのをやめ、声のする方に振り返る。するとそこには、まだ幼い一人の少女が立っていた。


「私がやったら、変わる?」


「え――」


「みんな、困ってるでしょ?」


「――」


少女は代表者をまっすぐな瞳で見つめる。


「あ、ああ、そうだね。やってくれるのかい?」


少女はコクリと頷く。


「そうか......。では、頼もうかな」


それは半分投げやりになって少女に託したのか、それともその瞳と言葉に心打たれたのか、定かではない。代表者は少女にやり方を教えると、少女は儀式台の上に立ち、代表者と同じ事をした。


「いい子だなぁ......。きっと、愛されて育ってきたんだろうな。かわいそうに......」


これからおおよそ起こりうる未来を想像し、代表者は天を仰いだ、その時だった。


「――え?」


彼の口元に何やら大きな雫が落ちてきたのだ。


「え......何だ、これ」


そして遅れて理解する。今見ている空が曇り空であり、雫はその空から落ちてきているということに。


「なッ!?嘘だ......。本当に、雨か......?」


それは、まぎれもなく雨だった。そして雨は勢いを増し、今までの乾きに乾ききった干からびた大地をこれ程かと言わせるくらいに、贅沢に潤していく。


「うおォォォー!!!!!やった......!雨だ!!!雨が降ったぞォォォ!!!」


代表者のその声に、村人たちはまさかと自分たちの家から顔を出し、ある者は信じられないものを見たような表情で。またある者は蜘蛛の糸を頭上に垂らされたカンダタのような気持で空を眺めた。


「お、お嬢さんありがとう!これで皆救われるよ......!良かった......!本当に良かった!」


「えへへ、わたしもうれしい!」


代表者の感謝に、少女は屈託のない笑顔を向ける。


「いや~、それにしても、一体どうやったんだい?」


「どうって?」


「おじさんが何日もやって叶わなかったことを、君は一瞬で叶えてしまったじゃないか」


「おじさんはどう思いながら雨乞いしてたの?」


「え?それはもちろん、雨が降ってみんなが幸せになりますようにって......」


「だからだと思う!」


「ん、えっと、それはどういう......?」


「幸せになりますようにって、どうしても幸せじゃない今に意識が行っちゃうでしょ?だからわたしは、前みたいに皆が幸せになってる状況だけ思い浮かべてあったかい気持ちを感じてたの!」


そして少女は周りの村人たちの表情を見て、


「ほら、だからみて!みんなが笑顔になって、幸せになれたでしょ?」


そう、少女は嬉しそうに呟いたのだった。

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