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ロウエストの内幕  作者: 偽師
第一幕 『僕』
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第一話 セキ眼


 時は新暦2020年。約2000年前に施行されたレートシステムにより、我が国は他国に比べ、著しい発展を遂げていた。


 しかし、そのレートシステムに愚かにも疑問を抱く人間もいた。そして、その疑問を抱いた人間はこのシステムを廃止しようと躍起になっている。


 我々、平定官の仕事はそれを阻止し、我が国の発展と平和を祈る事である。


 満月が酷く眩しい。この10月中旬の少し肌を震わせる様な夜。空には遮る物のない星々が燦々と流れる。


 周囲にビルの様な高層建築は1つとして見当たらない。この町の外れに位置する古い木造建築。そこで彼は先程まで静かに眠っていた。


「……ッ…」


 穏やかな顔を歪ませ、彼は無意識の内かは不明だが右目を掻き始めた。瞼に痒疹でも出来たのか、あまりの痒さに手にはかなりの力が込められている。


 そのまま、数分程目を掻き続け、右目の周りが液体で十分に湿った頃。


「……すぅ…」


 目の痒さが引いたのか、彼は掻くのをやめ、深い眠りに落ちていく。何者にも邪魔される事なく、意識の淵へ。


———

——


 朝日が顔を出す。昨晩と同じく遮られる物の無い日光が眩しく光る。その日光に照らされ、彼も目が覚めた。


「なっ!?」


 ボロボロの洗面所で素っ頓狂な声を上げる黒髪の青年。名前は一颯。何があったのかは知らないが、右目の辺りは固まった血で肌が隠れている。一度触れればパラパラと剥がれ落ちるそれは、とても気持ちの良い物では無かった。


ドンドン。


 その一颯の絶叫を聞いてか、はたまた、単に不機嫌なだけか、隣の部屋から不満そうに壁を叩く音が一颯の耳に入る。手首のヘアゴムが一颯を華奢に見せる。そんは華奢な身体は衝撃音で軽く跳ねた。


「そうだ。壁薄いんだった」


 隣人の訴えのお陰で何とか冷静になった一颯は,血だらけになった原因を探し始める。とは言え、答えはとても出そうにない。


(…右目だけが血だらけ…目が痛む訳でもないし、充血とかもしてない。怪我とかでは無さそうだけど…)


 血を軽く拭きながら、ひとまずボロボロの洗面台にある鏡で自分の目を観察する一颯。すると、右目に起きた異変に気付いた。


(…?…何か、黒目が赤い?元は黒色だったのに?もしかして、色が変わったのか?)


 血の色でそう見えているだけかも知れない。そんな疑問を抱え、更に鏡へ顔を近付ける。しかし、それは気の所為や、そう見えているだけでは無く、右目は綺麗さっぱり変わっていた。俗に言うオッドアイという奴だ。


(……まぁ…問題は無いし良いか)


 結局、考えるのが面倒になった様で、軽い欠伸をしながら洗面台に背を向ける。すると、振り返った一颯の視界に一匹の虫が入る。


「…っ。何だ青虫か。びっくりした……怪我してるこか…カワイソ…」


 何処からもとなく入って来ては部屋の隅を這う。そんな小さい青虫を見つけ、一瞬だけ身体を強張らせた後、無機質に呟く。そして、何かが心内で酷く引っ掛かりながらも、洗面台から離れて行った。


———

——


 現在、この国では国民1人1人に様々な技能試験によるレートが付けられている。そして、レート毎に専用とも言える街が有り、レートを付けられた国民はその街で生活を送る。


 一颯の住む此処は通常レート最底辺の街、エリア5。此処にはレート5の中でも落ちこぼれが集まる。いや、落ちこぼれが詰められた街である。


 住人は酷い環境に毎日を生きるのも一苦労。知力、人格的な問題により、レート5の中でも下に位置する人間が住むエリア5では、賃金の低い単調な肉体労働でしか働く事が出来ない。それ以外では働けないのだ。


 その為、この街に住む人間は全員がクズとして扱われる、が。しかし、それは強ち間違いとは言えない。何故なら、その街に住んでいる人間でさえ、この街に住む人間をクズとして扱っているからである。


「ふっ…ふっ…」


 土地の開拓中なのだろう。切り倒された木が良く目に入る森林。そこで、一颯は複数人と忙しなく斧を振っていた。日差しが全く入ってないのか、土は泥濘んでいる。とても作業に適しているとは言えない、酷い環境だった。


「おい!お前等もっと急げ!!予定を大幅に遅れているんだぞっ!!」


 この場で、黙々と作業を続けているどの人間よりも、豪華で綺麗な衣服に身を包む、リーダーの様な男は、暴言にしか聞こえない発破をかける。


 しかし、この言葉に誰も反論も抵抗もしない。唯一反応を示したのは、元気の少ない痩せ細った子供だった。


「何だガキ。生意気にも俺を睨むのか?レート5のお前が?レート4の俺を?」


 小馬鹿にする態度で、リーダーの男は13にも満たないであろう子供を脅す。しかし、子供は睨む事をやめない。一颯はその様子を横目で眺めながら、静かに作業していた。


「すみません芹川様。彼は新入り故…まだ教育不足でして…」


 この場に不穏な空気が流れ始める中、初老の男が芹川と呼ばれたリーダーの男に土下座した。初老の男の顔と放たれた一言は、機械の様に無表情、無機質であった。


 それを受け、芹川と呼ばれた男は満足そうな顔をする、が。初老の男の顔を躊躇なく踏みつけた。その行為に、子供は更に芹川を鋭く睨み付ける。


 しかし、芹川は表情一つ変えずに、片足を置いている初老の男の地面に強く擦り付け始めた。泥濘んでいるのが幸を奏したか、息は出来ないのだが、然程痛くは無さそうに感じる。


 やがて、その子供は自分の所為で初老の男が痛め付けられていると悟り、顔に絶望を浮かべながら芹川に土下座する。非情な若い男に土下座状態で頭を踏まれる初老の男に、同じく土下座状態で詫びる子供。地獄。


「そうだ。それで良いんだよガキ。園でレート5の烙印を付けられたお前は黙ってコイツみたいに土下座してれば良いんだよっ!」


 怒声の様に言い放った後、芹川は踏みつけていた初老の男の頭を蹴り飛ばした。蹴られた初老の男の顔に血が滲む。


「…っ……」


「…ひっ…」


 それを見て、子供は土下座をしていた為に、初老の男がどうなったか見えず、音だけを頼りに場面を想像する。その顔は酷く怯え、瞳には涙が浮かんでいた。


「ふ〜スッキリスッキリ。社会貢献ってのは最高だなぁ…。それじゃ、今日までに遅れを取り戻しておけよ?救いようのないクズ共!」


 悪魔の様な高笑いをあげ、芹川はその場を離れていった。その間、初老の男と子供は少しも抵抗する事なく、大人しく頭を下げ続けていた。


「…もう良いかな。うん」


 いつしか、芹川の笑い声が聞こえなくなり、初老の男は穏やかな顔で土と血で汚れた頭を上げる。子供も恐る恐るだが、重くなった顔を上げた。涙が溢れる。


「…ごめんなさい」


「良いんだよ。もうこう言う事には慣れた。この街に住む上でよくある事だ」


「…怒らないの?」


「……君に怒ったところで、この生活は変わらないし、芹川が死ぬ訳でもない。怒るだけ無駄なんだよ…」


 諦めが混じるその言葉を最後に、初老の男はその場を離れ、地面に落ちた斧を握り、木に向かって振り始める。その間、子供はその場に立ち尽くすだけだった。


 それを眺めながら、一颯は物思いに耽る事なく、淡々と作業を進めていた。


———

——


「久しぶりに来たなぁ。此処(エリア5)。確か…3年振りくらい?」


 白髪に金の目を持つ少年は、街中を見渡しながらトボトボ歩く。特に目的地があると言う訳では無さそうに感じるが、その心は読めない。


「そうそう。コレが良いんだよ。エリア1にはないこのほのぼのした感じ」


 1人納得しながら街を歩く。遠目でも分かる程に良い素材の服を着ているが為に、周囲の人間からは目を逸らさせたり、道を開けられており。非常に避けられてる。とても観光が出来る様な雰囲気では無い。


(…レート…か…。相変わらず、狂気に満ちた制度だね。まぁ…誰が悪いってこの国が悪いんだけども…)


 そんな思考をしながら、1人街を歩く。しかし、あまりの居辛さに、歩く速度を少し早めていた。


「…急ごう」


———

——


 エリア5の中でも数少ない発展途上の草原。森林と違い、昼間の天日干しで土や草乾いており、ほんのりとした暖かみのある場所。一颯はもう地平線に落ちたと言っても過言ではない夕陽に照らされながら、草の上で横になっている。


(所持金212円。食べ物は…まぁ買えないな…)


 澄まし顔で一颯は夕食の事を考えていた。しかしながら答えが出る事はない。ただ、益体のない事を考えるだけだった。


(…コレからどうしようか?夜は仕事がないし、家に帰っても寝る事しか出来ない…かなり困った…)


 太陽を見送りながら、一颯は悩んでいる。空腹が頭を埋め尽くし、虚しさが襲っている時は、何かを考えて時間を潰すのが彼なりのやり方なのだろう。


 それに、きっとこう言う状況には慣れているのだ、とても困っている人の顔には見えない。物思いに他の話題を入れるくらいには余裕があった。


(……そう言えば、今日見た夢何か変だったよな…確か…『ナニカ』に呼ばれて——)


 何か思い出せそうな一颯の赤い視線の先に居たのは、緑の髪を持つ若い男。その手には剣の様な武器が握られている。それにとても平穏な顔ではない。


「……誰です?」


 服装的に相手が一颯よりレートが上なのは確実だった。その為、一颯は軽い敬語を使い質問する。相手が武器を持っているのもあり、顔に警戒心を出しながらゆっくりと立ち上がった。


「嗚呼…いや、何でもない…って事でも…いや駄目だな。君の名前が知りたい…うん…知りたい」


(…正気じゃない)


 涎を垂らし、頭の回っていない男の言葉を聞き、確信を得た一颯は警戒レベルを大きく跳ね上げる。


「…俺は空風一颯ですけど、何か用——」


「金!」


 警戒する一颯の言葉を遮り、気の狂った男は剣を大きく振りかぶり一颯に飛び掛かる。


(あっぶな…!コイツ正気か?…クソ…何で人に剣を振るう奴が俺よりも良い服着てるんだよ…!)


 不意打ちにも近い剣撃を間一髪で避け、一颯は頭の中で不満を垂れる。しかし、男の攻撃はそれだけでは終わらない。


「一颯は殺す。一颯は殺す。金の為。金の為」


 気の狂っている男は一颯に飛び掛かるのを一切やめない。だが、残念な事に一颯には一度も当たらない。いや、当てれない。顔は引き締まっているものの、ちょっとした考え事をするくらいには余裕があった。


(…でも、剣筋は単純だ。見える。弱視の俺でも避け易い)


 所詮、彼の攻撃は単純な振りかぶりな為、ゴロツキの多いエリア5で生きる一颯からしたら簡単に避けれる。そんな、全く大した事のない攻撃でしか無かった。


「…っ……確か、幾らレートが上でも……っ……過度な暴力行為は……あっぶ……正当防衛が認められる……っ…事が有りましたよね…?」


「金。金。金」


 男の剣撃を全て避けながら一颯は軽い忠告をする。しかし、男はそんな事お構いなく一颯に襲い掛かるのをやめない。それを受け、一颯は渋々決意を固める。


「もう知りませんよっ」


 男の剣撃を避け、男の勢いも使いながら瞬時に裏に周り、首に腕を回す。一瞬にして首に手を回された男は抵抗する事も出来ず、容赦無く首を締め上げられられた。男は首が絞められた事で、息が出来ず剣を手放し、酷く暴れる。


「…すみません…とだけ言っておきます」


 抵抗虚しく力尽きて意識を失った男に、一颯はそう謝罪をしておく。意識を失っている為、聞こえていないだろうが、言う事自体に意味があるのだろう。無駄な訳ではない筈だ。


「…はぁ…昔から何かに巻き込まれてばっかだな…俺は」


 男の落とした剣を地面から取り上げてそう嘆く。少し自分に対する呆れも混じっている様にも感じるが、きっと気の所為だろう。


「コレ。此処に置いておくんで、起きたら持って帰ってください。後、もう来ないでください」


 剣を男が倒れた真横の地面に突き刺し、流石に居づらい為、一颯は頭を回しながらその場を離れる。


(…嗚呼。何かおかしい。朝からずっとそうだ。何か…何かが…あっ。俺、今日眼鏡掛けてな——)


 思考中の一颯が歩き出した先には、1人の子供が居た。白髪の子供。星と比較出来るほど綺麗な金の目に、全ての視線が吸い込まれてしまった。


「やあ。今日は珍しくいい天気だね。久しぶりに星が綺麗だと思えたよ。…君は、空風一颯くんで合ってるよね?さっきも言っていたし」


 いつもより綺麗に見える満月と、流れる流星をバックに、穏やかな優しい口調でやんわりと名乗る子供。それを静かに見ていた。いや、見惚れていた。それの所為で返答を返すのが遅れたのは言うまでもないだろう。


「…ええ。空風一颯は俺ですね……コレは、正当防衛です。俺は悪くないですよ」


 着ている衣服でエリア5の住民じゃないと察した一颯は先程と同じ敬語で、誤解を受けない様に弁解した。(もしも仲間であれば面倒だ)等と、要らぬ考察もする。


「ん?嗚呼…コイツの事なんてどうでも良いよ。俺は国の犬で有名な平定官。その1人の鈴音怜。君には国直々の護衛命令が出てる。コレから宜しくね?空風一颯くん」


 あっさりとした態度で自己紹介をする怜。返事1つ返せない一颯は、怜の発言に、1人何かが進み始めるを感じ、心を踊らせていた。


 コレは今のつまらない日々が、楽しくなる様な予感か。はたまた、辛く苦しい日々が訪れる予感か。一体どちらなのだろうか。一颯は頭を働かす。


 しかし、それを知るのは神。それか、神と同等の力を持つ者。或いは、未来の彼自身である。今の彼には知る事は出来ない。


———

——


「あーあ。迷ってる間に先越されちゃった。まぁ、本来こうなる訳じゃないから良いけど…」


 一颯達の居る場所からかなり離れた位置。そこで怜と同じ、白髪に金の目を持つ子供が少しだけ嘆いていた。


 顔含め、怜と見た目が同じなだけに、一瞬同一人物ではないかと疑ってしまう、が。纏う雰囲気には違いがある。その為、双子と言った方が表現としては正しいし、分かり易いかもしれない。


「…うん…やっぱり多少はあるんだね…」


 意味不明な確認の一言を残し、怜に似た子供はその姿を消した。少しばかりの砂埃が夜に舞った。


 第二話に続く


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