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第一章 キーランドと薬術院の君5

 事務室では、トリスタンが庭仕事の道具の後片づけをして、リシュがダンテに教わりながら洗い物をしていた。

 私は自分のデスクについて、みんなに声をかける。


「ダンテ、後は私がリシュとやるからいいよ。トリスタンは、今晩のお客様の分の各部屋のセッティングをお願い。ダンテは、今日は予約が三件入ってるでしょ? 少し休んでおいて」

「おお。そうさせてもらうか。といっても、おれ様のお客ももうじき見えるはずだけどな」


「一晩で……三件……?」と、リシュが呆然と言う。

「数で稼ぐ三流だと思ってくれるなよ、今日はショートの一見さんが多くてたまたまだからな、はっは」

「いや、そういう問題じゃ……」


 その時、かすかに、なにか音が聞こえた気がした。

 ほかの三人にも聞こえただろう。けれど、リシュ以外は、平然とそれぞれの役目を果たすべく、事務室から退出していこうとする。


「え、なに、なんだよ今の音。……人の声?」とリシュが戸惑っている。

 私は言い訳するように、

「防音には、かなり気合いれて設計されてるんだけどね……この建物……」


「え? ……いやまさか、今の、さっきの女の人の声か!? だって、ついさっき部屋に通されたところだろ!? まだ何分も経ってないのに、そんなことになるわけ……。う、うわまた!? こんな、獣の遠吠えみたいな……!?」

「うーん、普通はこんなに急激に始まることって、あまりないんだけど。キールが、そのほうがいいと思ってそういう進行をして、それが的を射ていたってことだと思う……。窓なんて、改築して三重にしたんだけどなあ」


「あ、あの元騎士団長……なんだろ? それが、そんなこと……」


 そんなリシュをよそに。


「さーて、おれ様は自室で仮眠してくるかな。十数分でも、やっぱり脳を一度オフにするとしないとじゃ違いが出るからな」

「……自分めも、いろいろ見て回らねばならないので、もう行きます……」


 ダンテとトリスタンが去っていった。


「ふ、ふうん。あのトリスタンていう庭師はともかく、キールとダンテっていう二枚看板が、この男娼館の男子ってとこか」

「いやー、これでも結構繁盛しててね。うちの料金ちょっとお高めなんだけど、男子二三人じゃ到底回せないくらいには流行ってるのよねー」

「……まだいるのかよ」

「うん」と私は右手を開き、そこに左手の人差し指を添えた。「六人。それがうちの全男子。需要的にはもっと増やしたいんだけど、誰でもいいってわけにもいかないから、なかなか増員できないんだよね」


「まだあと、もう三人勤めてるってことか」

「そう。うち二人は今、お仕事的にはもったいないんだけど、長期休暇で一か月のお休み中なんだ」

「へえ。まあ、どうとは言わないけども。あと一人は、これから出勤?」

「ううん。とっくに、朝からお仕事中」

「……え?」


 リシュがきょときょとと周りを見回す。


「朝から? 嘘だろ? だっておれたち、ずっとここに……」

「夜明けの頃から、夕暮れの頃まで一緒に過ごしたいっていう、お客様のご要望だったのよね。二階の一番西側の部屋を、今日一日借り切ってるの。こもりっぱなしだから、顔合わせることもなかったでしょ」


 私は、なぜか照れてしまって笑いながら言う。

 リシュは、両手の指を震わせながら一本ずつ折りたたんでいった。子供が数字を数えるように。


「そ、それじゃ……そいつ、何時間……人間か……?」

「男子の名前は、カルス。カルス・ネリ。とってもきれいで、いい子だよ」


 リシュがぱっと顔を上げた。


「その上、きれいで、いいやつなのかよ……!」


 やはりこの子、ノリがいい。好きだ。



 三時間ほど経ってから。

 事務室でコーヒーを飲んでいた私のところに、キールがやってきた。

 黒い髪が、シャワーの湿気で少しまとまっている。


「お客様、お帰りになられました」

「ん。ありがと。お疲れ様。どうだった?」


「しつかりと満足され、気分良くなっていただけたかと存じます。晴れやかなお顔で帰って行かれました」

「さっすがキールう。また指名客増えちゃうかもね! コーヒー飲む?」


「あ、いえ、私が入れますので」

「まーまーいいじゃん。私もあっついのが欲しかったところだし。リシュは紅茶ね?」


 キールが首を巡らせ、ソファに座ったリシュを見つける。


「リシュ殿は、ずっとここにいらしたのですか?」

「……ほかに居場所ないだろ。おれに貸してくれてる部屋だって、普段は『客室』なんだろうし」


「それは、お気遣いをいただいて」

「営業中にそんなところいたら、いたたまれないってだけだ。店じまいするまでは、ここにいる」


「……失礼ですが、リシュ殿は、いずこかへ向かわれる途中だったのではないのですか?」


 私は、薪を釜から出しかけて、手を止めた。


「……まあね。でも、急ぐ旅じゃないから」

「差し支えなければ、うかがっても?」


「……差し支えるから、言わない」

「誤解なさらないでください。あなたを問い詰めようとしているわけではありません。ただ、聞ける範囲で聞いておきたいだけです。この館の中で、私がつかんでいない情報は、極力ゼロに近づけたい」


 口を挟もうかと思ったけど、キールに任せて、私はお茶の支度を進めた。


「ふうん。名実共に、キーランド、あんたが『爆炎の魔女』の片腕ってわけだ。なんでそんなに肩入れしてるんだよ? あんたの仕事中に聞いたけど、このルリエルは、別の世界からいきなりやってきて、あんたと会ってまだ日が浅いんだろ?」

「年月の問題ではありません。私はルリエルに尽くし続けるつもりでいます。ここは首都の中心部から少し離れていますし、商売柄あまりいい目で見られないので、よからぬ輩によく狙われました。小金目当ての窃盗団を撃退したのは、一度や二度ではありません」


 最近ではようやくそうしたこともなくなったけど、オープンしてしばらくは、確かに大変だった。キールとダンテが交代で見張りに立ってくれて、怪しい奴らが近づくと追い払ってくれた。

 ……まあ、数が多い時は、私が魔道で吹っ飛ばしたんだけど。

 立地的に、爆音を立てても近所迷惑にならないのはありがたい。


「ほお。で、おれもその類じゃないかと」

「そうは申しません。今はまだ、私たちはあなたのことを知らなさ過ぎます」

「ルリエルとあんたたちは、分かり合っているわけだ?」


 お茶の葉とコーヒー豆を蒸らしながら、私は事務所のほうを振り向いて応える。

「私の前の世界でのことは、ハルピュイアの皆にはほとんど話してあるよ。向こうには両親とお姉ちゃんがいて、正直、お姉ちゃんに会えないのはかなり寂しいけど……どうしようもないな、とかね」

「ルリエルは、私たちがなにも聞こうとしなくても、結構ぽろぽろ自分から話してくれますからねえ」


 キールが、腕組みしてうんうんと頷きながら言う。



「……じゃあ、先に、おれから質問するから教えてくれよ」

「なんなりと」


「……どんな気分なんだ? その、……女に、奉仕するっていうのは」


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