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第一章 キーランドと薬術院の君2

 やじ馬たちが、

「な、なんだっ!?」

「何が起きた!? 魔法か!?」

と騒ぎ始めた。


 私は傍にあったレンガ造りの建物に隠れて、叫んだ。


「店員さんは部下かもしれないけど、家来ではないでしょっ! 考えるのは自分のほうじゃないですかね! 遊びじゃないなら、なおさら!」


 そして人目につく前に、すたこらさっさと逃げ出す。辺りを一ブロック分ほど迂回して、私は再びアーシェさんの前に戻ってきた。


「お帰り」

「はあはあ。どうも」

「やっぱりあれ、ルリエルちゃんか」

「ええ。爆砕の魔道は、火線的なものが出ないので、こっそり人を爆破するのに最適です。今回は、直撃させてませんけど」


 ぐいと親指を立てた私に、アーシェさんが苦笑いする。


「なんだっけ、攻撃的な魔法が、魔道だっけ」

「そうです。魔法の中でも攻撃魔法が魔道、防御や補助魔法が魔術、っていう風にこの大陸では呼んでますね。だから私は、魔法使い(マジックユーザー)の中でも魔道士(ソーサラー)に当たります。といっても、そんなに厳密ではないみたいですけど。地球と違って、女性魔道士(ソーサレス)みたいに性別で言い換えたりもしませんし」


「しかも、ルリエルちゃんてとんでもない凄腕なんでしょ? 『七つの封印』とかいう」

「あー、それは大陸最高峰の戦士や魔法使いをそう呼ぶ慣習があるだけなので、適当に言われてるだけです。七人とは限らなくて、時代によっては十人以上になった時もありますもん」


「いや、大陸最高峰ではあるんじゃない」

「それは結果でしてっ。私は、自分と身の回りの人が守れればそれでいいんです」


実際、ベルリ大陸で強力な人間に与えられる「七つの封印」という呼び名は、「六つの悪魔」にも対抗しうる人間としての、期待と羨望が込められたものだった。

ただし、とにかく悪魔というのは、人間が正面から戦うべきものじゃない。今、「七つの封印」と呼ばれている人間は大陸にちょうど七人いるらしいけど、七人総出でも悪魔一体にかなわないかもしれない。


それでも人間の中では、私たちは持っている力が力だけに化け物のようにみなされることも珍しくないので、アーシェさんのように普通におつき合いしてくれるのはありがたかった。

魔法に縁がない人はもちろん、多少魔法が使える人でも、ある程度強力な魔道士は腫れ物に触れるように扱われることもある。

そんな中、アーシェさんはいつも自然体で私と話をしてくれるので、かなり救われていた。


「ところでルリエルちゃん、まだこの辺にいてもいいの? もうすぐ三時になるよ」

「えっ。早っ!」


 この世界は、年月日や時間の概念が、日本とあまり変わらないので、その辺りはあまり悩まずに過ごすことができた。

 いや、いまはそれどころではない。


「夕方から、新規のお客さん入ってるんですよ。それじゃアーシェさん、また!」


 ひらひらと手を振って見送ってくれるアーシェさんを振り返りつつ、私は、ヴァルジの中心街から郊外へと向かった。

 適当なところで周遊馬車が見つかったので、拾う。日常的にタクシーを使っても困らない程度のお金は、ありがたいことに本業で稼げている。

 馬車の御者さんは、私が「七つの封印」だと知ったらどんな顔をするだろう。通り過ぎる街並みや遠目に見える木立を眺めながら、ふとそんなことを思う。

 私の場合、正体の背格好は普段から適当に隠していたけれど、なにがなんでも顔と名前が一致するのを防ぎたいというほどでもなかったので、ばれた時はばれた時でいいだろうくらいに考えていた。

 最近は、「七つの封印の一人、爆炎の魔女は、真っ赤な長い髪をしているらしい」という程度の噂は広まってきているらしかった。


 三十分ほどで、私は、丘を一つ越えたところにある建物を視界にとらえた。

 馬車を降り、下草に両側を挟まれた赤土の道を早足で歩くと、やがて木製の柵で囲まれた敷地に入る。鮮やかな緑の芝生の向こう、三階建ての赤い屋根のレンガの家。

各部屋につけられている大き目の窓は、二階の西の端の部屋だけカーテンが閉じられているけど、ほかはどこも日の光をたっぷりと取り入れて、明るく開放的だ。

 玄関に掲げられた看板には「ハルピュイア」という店名が書いてある。

 日本で私が暮らしていた一軒家の、五倍ほどの広さの家屋と、二十倍ほどの広さの庭。

 庭は整然としてはいたけれど、芝生だけではなく、多少の隆起があったり、花壇が整備されたりしている。

 その中を建物へ向かって歩いていると、右手に銀髪の少年が見えた。重そうにじょうろを抱えて、慎重に傾けている。


「リシュ!」

「……ああ。お帰り」


「疲れてない? 庭仕事してるの? ほかのみんなは?」

「特段疲れてはいない。見ての通り、花に水をやってる。一人は裏庭でなにか作業していて、家の中には二人、ホールにいると思う。あと、出かけてるのもいるんだろ?」


「うん。おかげさまでうちはかなり評判がいいし繁盛してるけど、無理矢理に予約は入れてないからね。今日は、お出かけしてる一人が帰ってきて、三人いれば大丈夫。飛び込みのお客さんは、まあ、受けられる範囲で受けるかな」

「……なあ」


 リシュが半眼になっていた。

 くるくると、私とハルピュイアの玄関とを見比べている。


「ん? なに?」

「……ここって、本当に『そう』なのか? それで、あんたがここの主人?」


「そうですとも。ここは私のお城で、ほかに住んでるみんなは、うちのスタッフであり私の大事な仲間」

「本当かよ。本当に……」


 私はぐいと胸を張った。

「そう。昨夜から何度も言ってるでしょ。本当に、ここがハルピュイア。私の経営する、男娼館(だんしょうかん)よ!」



 荷物を置いて、赤いドレス――店の主人としての仕事着だ――に着替えた私に、キールがコーヒーを入れてくれた。

 事務室兼職員の詰め所にしている南向きの部屋で、やや深めの絨毯の上を、キールは足裏で生地をする音を立てず、足を取られることもなく、穏やかに歩いてきて私の前にカップと焼き菓子を置く。

 リシュは、私の向かいのソファに座ってもらった。そちらにもキールがサーブする。

 事務室とはいっても、私が高校生だった時の教室くらいの広さはあるし、ソファ、テーブル、バーカウンターに一人がけのチェアなどなど、様々な家具がここには置いてあった。時には応接室を兼ねることもある。

 お気に入りの三連ソファにとんとお尻を下ろして、私は深々と息をついた。


「あー、間に合ってよかった。予約は四時半だったよね。キール、お部屋の準備はできてる?」

「ええ、すでに。アーシェ様のところへ行かれていたのですか?」


「うん。そういえば、リシュって治癒魔術が使えるんだよね。凄い、ハイクラスの魔術師(ウィザード)じゃん。アーシェさんのところ行ったら、スカウトされちゃうよ。リカバリー・インの治癒の法術って、要は本人の血行や代謝を上げるのが主で、温泉に入ってるのとそんなに変わらないって言ってたし。直接的にけがが治せちゃうなんて、凄すぎるもんね!」

「……ああ。どうも」


 リシュはコーヒーが飲めないそうなので、サイダーにしてある。この世界での製造方法は詳しくは知らないけれど、少なくとも仕上がりは、私が慣れ親しんだ炭酸飲料とほとんど変わらなかった。


「んっ。なにか、緊張してる?」

「……まだ信じられない。そっちのキール……キーランド氏は、今朝訓練で剣舞をしているところを見たが、かなり腕のある剣士だろう? それが男娼ってことは、つまり、客を相手に、部屋の中で、ベッドの上で、服を脱いで……」


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