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少し長いエピローグ それからの日々について5


 トリスタンが、みんなの分のお茶をカップに注ぎ終わった。

 コーヒーもいいけれど、この日には、みんなのいるこの場所には、華やいだ香りと鮮やかなルビー色のお茶が、なによりも似合っている。


 乾杯、と一斉に声が響き、みんなでカップを軽く持ち上げてから、花畑のような香りの液体を喉に流す。

 そこからは、全員ひたすらに、食べたいものを食べた。

 甘辛く味のついたサラダは食欲を思い切り引き出してくれたし、スープの鳥だしはじんわりと舌に染み入り、ももの豊かな肉の味と程よい脂は最高に食べ応えがある。


 笑顔と笑い声が続く中、私は、ぽつりと切り出した。


「今まで、……みんなには、言ってなかったんだけど」


 四人が、そっと、手と口を止める。


「私、一年前にヴェルヴェッチ=アルアンシを倒した時に、仲間がいて。……修行の間、いつも、私を励まして、助けてくれてた人たちだった。彼女たちがいてくれたおかげで、この世界に来てよかったって初めて思えたくらい。本気で悪魔を倒そうとしていたのは彼女たちで、私は最初、ただ、一緒についていっただけだった」


 男子たちは、静かに聞いてくれている。


「全員は生き残れなかったわ。数少ない生き残りも、体はぼろぼろで、意識不明で……ようやく気がついた時には、無茶したせいで、当時の私なんかより強力だった魔力を、みんな完全に失っていた」


 トリスタンがそろそろと言ってくる。

「当時って……今のルリエルと、大して変わらないでしょう? ならその方々も、七つの封印と同等かそれ以上の……」


「私はそう思ってる。その後は、散り散りになってしまった。一人だけ居場所を知っている人がいるけど、その人は、南のポレポワで、静かに暮らしてる」


 ポレポワは、豊かではないものの、一年を通して温暖で、過ごしやすい国だ。

 気候は、地球で言えば、ハワイに近いと思う。……ハワイ、行ったことないけど。


 ダンテが息をついて、言ってきた。

「ルリエルと同等以上の使い手が複数なんぞという、そんな集団がいたとは、にわかには信じられんがな。だが、ルリエルが南のほうへ全然行こうとしない理由は、合点がいった。気が咎めてるわけだ、その誰かさんに対して」


 私はうなずく。その通りだった。

 あの戦いの後、能天気に完全回復し、やがてベルリ大陸の七つの封印なんて持ち上げられてしまった私が、私以上の天才でありながら魔法の道を絶たれてしまった彼女に、どんな顔をしていいのか分からない。


「それから今日まで、私なりに、できることをやってきたつもり。女の人のために、ほかではなかなかやっていないお店を始めたのもそう。悪魔の気配があれば、戦いに出たのもそう。特に前者は、凄くやりがいがあるし、これからも続けていくつもり。……なんだけど」


「なんだけど?」とキール。


「私、一つ、目標ができたの。ハルピュイアと同時進行で、私は、地球とベルリ大陸とを、行き来できる方法を探す。これでも私、魔道において、大陸のトップセブン――約七人、だけど――の一人なわけよ。魔法について追及する力は、人一倍あるはず。今回のことで、ザンヴァルザンとのつながりもできたし、個人レベルじゃない研究もできそうだし。なにより、地球からの転移の当事者だしね! 私がやらずに誰がやる、くらいのもんじゃない!?」


 最後には、両手を広げて力説した。

 四人からは、予想に反して、驚きの声が返ってこない。


「……あれ?」


「いいと思います」とキール。

「できる限りのことはするぜ」とダンテ。

「ご協力、します……」とトリスタン。

「ハルピュイアをやりながら、というのが特にいい」とカルス。


「みんな……笑ったり、びっくりしたりしないの?」


 キールが微笑んだ。

「笑うことでも、驚くことでもありません。ルリエルなら、きっとやり遂げますよ」


 ダンテがカップを掲げる。

「では、改めて乾杯だ。我らがルリエル・エルトロンドの、新たな門出に!」


 歓声が響き渡る。

 この、ハルピュイアを作ってから。

 私は、この大陸に来てよかったと、思うことばかり増えていく。



「さあーて、ばしばし稼ぐわよ! みんな、気合入ってるわね! むしろ足し入れるわよね! はい!」


 お昼前、私は事務室に集めたみんなに、そう号令をかけた。

 カルスが、「儲けよりもお客様満足度が大事、とか言ってなかったか……」と漏らす。


「それはそれ! 大切な業務目標よね! でも、もらうものもらわないとうちは存続できないので! あと、今日は、お客様ではないけどお客様が来ています! ヒューリー、どうぞ!」


 ミニキッチンに隠れていた(丸見えだっただろうけど)ヒューリーが、部屋の中央へ出てくる。


「あ、あの、皆様、ご迷惑おかけしまして、申し訳ありませんん。それに、本当にありがとうございましたぁ。私、なんとかよくなってきて、ヴァルジの王宮で働くことになりそうですぅ」


 拍手が響く。

 というか、この喋り方は、悪魔が体の操作に慣れていなかったからというわけじゃなかったのね……。


「またなにかでぇ、お役に立てることがあれば、なんなりとさせていただきますぅ。……はわあ、それにしても、かっこいい人ばかりですねぇ……」


 うんうん。

 さすが、七つの封印。よく分かっている。

 などと胸中でうなずいていると、ヒューリーが、私のほうをくるりと向いた。


「ところでぇ、ルリエルさん。この中のどなたかが、ルリエルさんのいい人だったりするんですかぁ?」


 ぴた、と四人の男子の動きが止まった。

 ふっ、ヒューリーったら。

 こういうところは、まだ分かっていないようね。


「それはありえないわ、ヒューリー。彼らは私のソウルメイトであり、志と足並みを揃えながらも、独立独歩の人生を歩む、信頼と尊敬でつながれた仲間たち。ゆえに、――」


 私は、歌舞伎役者のごとく、首を巡らせて大見得を切る。


「――ゆえに、彼らと私の間に、恋愛感情などというものは皆無! 未来永劫、一ミリたりとも! (ごう)ほども! そんなものは、生まれはしないのよ! ねっ、みんな!」


 私は四人の顔を見渡した。

 けれど。


「……み、みんな? どうしたの、しかめっ面して」


「……いえ」とキール。

「いいや。別に」とダンテ。

「あ、大丈夫です……」とトリスタン。

「そういうとこだよ」とカルス。


 そして、四人で顔を見合わせて、ため息をつく。

 なぜか、ヒューリーまで「ああ……」と呻いた。


「え!? なんでなんでどうして!? なにその感じ!?」


 ぱっ、とキールが笑顔になる。

「さあ、もうすぐお客様のご予約の時間です。今日は久し振りに、四人とも同じくらいの時間にご予約をいただいていますね。張り切っていきましょう」


「あっなに、その偽物笑顔。みんな怒ってるの? なんで!?」


 もう誰も私の言葉に返事をせず、プレイルームの整頓のため、事務室を出ていく。


 カルスがぽつりと、

「張り切るって言ってもね。僕昨日、張り切りすぎてすり剝けちゃったんだから」

 と呟いた。


 それを聞きとがめた私は、

「すり剥いた? どこ? トリスタンがよく効く軟膏作ってくれたから、私塗ろうか?」

 と言ったのだけど。


「……どこって」

「うん。どこ?」

「……いい。塗って欲しくない。ルリエルには」

「なんで!?」


 キールもこちらを振り返り、

「私も、背中にお客様の爪痕がついてしまって、痛むのですが。ルリエルの手当ては、不要です」

「だからなんで!? 今服脱ぎなよ、やるから!」

「不要。です」


 ダンテまで、「おれも似たような生傷あるけど。手当てはいらねー」と舌を出す。

 トリスタンのほうを見ると、「まあ、人間、いつ考えが変わってなにが起きるか分かりませんし……」とぶつぶつ言っている。

 ヒューリーが、ぽんと、私の肩を叩いた。


「ルリエルさんてぇ、……問題ありますねぇ……」

「だから! ……なにが!?」


 そうこうしているうちに、ご予約の時間が近づいてきた。

 遠くから、馬車の車輪と蹄の音がかすかに聞こえる。

 それを耳にして、みんな、一気に仕事モードへ変わっていく。


 ハルピュイアから出ていた二人、ロイエーとフェジッサも、戻ってくるという連絡が昨日着いた。

 これで六人、フル体制だ。

 しばらくは、大陸の調査のために男子に遠出してもらう必要はないだろう。

 むしろ、ハルピュイアの仕事をしっかりやって、地に足をつけなければ。

 やることが増えた。やりたいことも。

 忙しくなるぞ。今まで以上に。みんなと一緒に。


 女の人を慰め、励まし、幸せに。

 うちの男子も、笑顔で、楽しく、幸せに。

 私も、新しくできた夢を追いかけて、ここから全てを始めていく。


 最初にドアを開けたのは、キールのお客様だった。

 同じくらいの時間の予約といっても、お客様同士が鉢合わせしないように、少しずつ、入館の時間はずらしている。

 このお出迎えのひと時は大切だ。


「あ、あのう、私、……こういうところ、初めてで……」


 淑女はそう言って、うつむいた。

 キールがその手を取り、エスコートしていざなう。

 私は深くお辞儀して、来館のお礼と祝福を述べる。


「ようこそおいでくださいました。お客様にふさわしい寿(ことほ)ぎを、どうかお受け取りください」


 玄関中に飾られたピンクのヒメシャクヤクと、穏やかな香草の香りが、彼女の緊張を解きほぐしていく。

 キールが、その腰に手を添え、階段を並んで上っていく。

 私はその後ろ姿を見送った。

 ハルピュイアの一日が、また始まる。



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