少し長いエピローグ それからの日々について1
戦勝の報告は、なかなかに、いやかなり、思った通りというか思った以上というか、とにかくややこしいものになった。
結論から言うと、ほとんどありのままの事情が、ちゃんとカーミエッテ様には報告された。
それとは別に、カーミエッテ様からは、悪魔に騙されて遠征軍を起こすことになったことを、お詫びされてしまった。
軍部や貴族院も一緒になって決めたことだから、カーミエッテ様が私に頭を下げることではないと思ったけれど、こういうところはこの方の人柄なんだろう。
ヴェルヴェッチ=アルアンシとスノウ=アーチローダーを私が(正確にはどちらも私一人の手柄では、全然ないんだけど)倒したことは、王宮では公然の秘密のようになってしまった。
カーミエッテ様が、私が暮らしにくくなってはいけないからと箝口令を敷いてくれたらしいけど、少なくとも王宮の中では、メイド一人に至るまでそのことを知らない人はいない。
これでは、街の噂になるのも遠いことではないだろう。
遠征軍はほとんど空振りのようになってしまったけれど、人が死傷しなくて済んだのは、よかった。
エリクサーの使用本数については、カーミエッテ様にとってもかなりのショックだったようで、悪魔の討滅と差し引いてもショックは残ったらしい。かなり引きつった顔で、
「よう……やってくれよった……いや、よくやったのう」
と一応ねぎらわれた。
「いや、済まぬルリエル、手柄は手柄だ。この王宮にあるもので、そなたが望むなら、なんなりと褒美として与えよう」
「ご褒美は、恐ろしく重い金貨袋をいくつもいただきましたから、充分です。そうですね、できるなら、王宮の貴重な魔法道具などを、少し触らせていただけたら」
いずれの機会に、とカーミエッテ様は快諾してくれた。
魔法師団の抜け駆けは当然問題になり、ミルドレンヒ師団長が処罰されるようなことはなかったものの、騎士団長のグローヴァーさんとはかなり大きな溝が生まれたようだ。
近いうち、またひと悶着あるんじゃなかろうか。
リシュの功績も、大きく評価された。実際、彼がいなければ別の作戦が必要だったし、今回ほど上手くことは運ばなかっただろう。
カーミエッテ様も、新しく迎えた婿の活躍に鼻が高そうだった。
なにしろ、悪魔討伐の直接的な功労者である。
その夜は、カーミエッテ様からのご褒美もかねて、二人のベッドはかなり熱烈なことになったと聞いた……けど、詳しいことはプライベートというものだ。
というかリシュ、かなり無理して治癒魔術を連発したはずなのに、元気だな。
まあ、仲良くやっていけそうなのは、なにより。
そして、首都ヴァルジをはじめ、ザンヴァルザン――いや、聞いたところでは大陸全土が、お祭り騒ぎになった。
ヴァルジでは、街道にも、運河にも、家々の屋根にも、色とりどりの花や飾り紐がかけられた。広場という広場で楽団が演奏し、どの窓からも歌声が聞こえる。
悪魔を倒すって、この大陸では本当に大きなことなんだと、改めて実感した。
風が吹くと、様々な色の花びらが舞って、空を彩る。
パレードへの参加は丁重にお断りして、王宮を去る日は、玉座の横に立ったリシュに、キール、ダンテ、トリスタンとともに手を振った。
彼も手を振り返した。
カーミエッテ様が、リシュに、「あちらへ行きたいか?」と訊いた。試すつもりではなくて、純粋な善意だっただろう。首を縦に振れば、リシュは、再びハルピュイアへ来ることになる。
けれど彼は、かぶりを振った。
「おれの生きる場所は、自分で決めました。ルリエルやみんなと離れるのは寂しいけれど、別々の場所で自分らしく生きることのほうが、大切だと思うから」
「リシュ……」とカーミエッテ様が呼ぶ。「いいのだな、ヴァルジの王宮を生き場所として」
「はい」とリシュが応える。
「そうか。わらわは、気合を入れれば、一ダースくらいは子を産めよう。これからのザンヴァルザンを、ともに頼むぞ」
「……それ、お家騒動になりませんか……?」
「なにを言う。人口こそが国の力よ」
冷や汗を浮かべたリシュに、私たちは笑いをこらえながら、王宮を後にした。
リシュは、一般的な後宮のように籠の鳥となるのではなく、それなりに自由を与えられるらしいと聞いて、よかったなと思った。やっぱりカーミエッテ様は、なかなかさばけている。
「ルリエル! すっごいじゃん! おめでとー! 今ちょっとこんなものしかないけど! 今度、ちゃんとお祝いしよう!」
帰りにヒノキバリネウムに寄ったら、アーシェさんがそう言って、グリーンシードルと冬ワインを瓶で、人数分プレゼントしてくれた。
こういう時、キールとダンテがいると荷物持ちが助かる。
ちょうどお昼時だったので、ヒノキバリネウムで食べることにした。適当に全員同じものを注文し、ツノヤギとクルミのスープと、夏マスのソテーを、おいしくお腹に納める。
食べ終わると、私たちは馬車を呼んで、丘の向こうのハルピュイアへの帰途についた。今日は飛んでいくよりも、そのほうがいい。
アーシェさんが、コーヒーを保温用のペーパーカップに入れて渡してくれた(なんと、ダンテの分は紅茶をくれた)。
ガタゴトと心地いい振動に揺られていると、車窓の外を、ヴァルジの景色が遠ざかっていく。
豪奢な背の高い建物が減り、民家ばかりになって、やがて田園が広がっていく。この風景の移り変わりは、好きだった。
私はコーヒーのカップを傾けながら、ぽつりと、
「これで、騒がしくなったりしちゃうかな。ハルピュイアは」
と呟いた。
キールが、分かっていたというように、
「そうでもないでしょう。今でも予約が取りにくいって苦情が来てるくらいですから、それがちょっぴり増えたりするくらいです」
「……影響あるじゃないのよ」
ダンテが紅茶を飲み干したカップをふるふると振り、「そりゃ全くないってことはないだろうけどな。キールやトリスタンがちゃんと管理するから、平気だろ」




