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第三章 リシュとザンヴァルザン妃王の君11

 見なくても分かる。リシュは今、勇気のこもった瞳で、私と、倒すべき仇とを見ている。


「ルリエル! いつでもいいぜ!」

「了解。こっちも、準備はできたわ」


 私と悪魔は、ほんの数歩の距離まで近づいて睨み合った。


「……お前ぇ、このちっぽけな剣二本で、我の動きを縛ったつもりか? こんなものぉ、その気になればすぐに」

「抜かせない。それが、あんたの墓標よ」


 キールの剣は、愛用のロングソードではなく、騎士団からの借り物だった。

 隙を見て持ち替えていたのだ。もう、この剣がここから無事に抜かれることはないのだから。


「舐めるなよ小娘! そら、今すぐにこんなもの――」

「なんのために、長々と喋ってたと思ってるの!」


 そこで、悪魔はようやく気づいた。

 挑発と目くらましの連続の中で、構成を見抜かれないよう上空で営々と練り上げられていた、私の魔力の塊に。


「なんだ……あれは」


 夜空と私たちの間で、その赤黒い球は、一気に巨大さを増していく。

『霧の塔』の先端よりもはるかに高い位置。この魔道は、高度が高いほど、時間をかければかけるほど、そして私の近くに落とせば落とすほどに威力が増す。


「ああ、嫌な魔法だわ! 墜ちろ、――」

「う……うわあああああっ!?」


「――奈落よッ!」


 暗く深い石榴(ざくろ)色の炎をまとった、大きさは多分昔見たお台場の観覧車くらいの直径の、燃え盛る隕石。

 それが、私とスノウ目がけて真一文字に落ちてくる。

 純粋に打撃力を追い求めた、とっておきの位置エネルギー弾だった。


「う――撃ち落としてくれる!」そう叫んだスノウの翼に、瞬時に、膨大な魔力が集中した。なるほど、これなら隕石を迎撃しうるかもしれない。

 ――ので。


「砕け散れぇ! 凍嵐(とうらん)よぉ――」とスノウが詠唱する刹那。


 がんっ!


 スノウの顔が横に弾かれた。

 私が、右拳で思い切り頬をぶん殴ったせいで。

スノウが状況を把握できず、「な……え?」と目をしばたたかせる。


「隕石の威力アップと! こうやって、あんたの魔法を出際で止めるために、私はここに来たわけよ!」


 ばぎんっ! と今度は左拳でもう一発。


「そ――そんな方法で、我が魔法を――」

「発動のための集中なんてさせない! ああ、人殴るって気分悪いわ! でも仕方ないわね、これが真剣勝負というものだからッ!」


「いやお前、街中で散々人間を吹っ飛ばして――」


 その言葉が終わる前に。

 隕石は、『霧の塔』をその上端から飲み込み、破壊しながら、ついに私たちに着弾した。


 どごおおおおおんっ!


 鼓膜が破れそうな、とんでもない轟音。

 息を吸うのもためらわせられる、凄まじい熱と、体中がちぎれ飛びそうな激痛。


 音がやんだ時、『霧の塔』はがれきの山となって、私の周りに残骸をさらしていた。周囲の地面がえぐれ、ぶすぶすと煙を上げている。地割れもいくつか起きているようだ。

 やけど、出血、それに何本か骨も折れているだろう。でも、私はまだ生きている。

 私が生きているということは、当然――


「お……の……れぇ!」


 私のすぐ鼻先で、悪魔も生きている。私と同じように、体はぼろぼろだ。

 お互いに魔力で防御はしたものの――隕石とはいえ魔力で構成したものなので、魔力である程度は防げる――、ダメージはともに甚大だった。大陸でトップクラスの魔法使い(マジックユーザー)でも、致命傷になって当然なほどの威力だった。

 ここから、仮に同じ攻撃を繰り返したら、先に死ぬのは私のほうだろう。悪魔が、人間に、生存力で劣るわけがない。


「ふ……」とスノウが笑う。

「……なにがおかしいの?」


 私のほうは呼吸しただけでのどが焼けつき、ひどいがらがら声だった。


「今のが切り札か? だが、もう同じ威力の魔道は使えまい……その体ではなぁ。それに、坊主まで巻き込むなどとは、お前も人間にしてはなかなかの非道――」

「リシュ! 無事!?」


 私が呼ぶと、

「おう!」

 と声が返ってきた。

 スノウが、「なに!?」と驚きの声を上げる。


「ばかな! ……なぜぇ、あの坊主が生きている!?」

「……ちょっと前に、マジカルボウルっていうスポーツの大会があったでしょ……? あんた、見てたらしいじゃない」


「……それがぁ、どうした」

「あの時、驚いたのよ。いくら魔道をぶっ放しても、選手が全然けがしないなんて。聞いたら、特別な魔法で、攻撃の魔道が無効化されるよう処置されているんですって」


「だからぁ、それが……どうした」

「応用したのよ、その技術を。あれは結界化したスタジアムがあってこそ可能な術式らしいんだけど、人間一人分くらいなら、同程度の魔法無効化処置を、スタジアムの外でも実現できたの。無効化の時間は限られてるし、一人分施すのに恐ろしく手間がかかるしで、戦術として戦に利用するのは全然現実的じゃないんだけど、今回みたいな一回限りのだまし討ちなら、有効かなって」


 スノウが、私の肩越しに、リシュのほうへ目を凝らす。

 私も振り向いた。

後方二十メートルくらいのところに立つリシュの体と法衣には、青白く輝く魔術紋様が浮かび上がっている。

 本当は、今リシュが無効化できるのは、私の魔道だけだった。魔力には個々に周波数のようなものがあって、今回は私の魔力だけを中和できるようになっている。王宮の魔法博士に協力してもらっても、そこまでが限界だった。

 でもそれを、わざわざ悪魔に教える必要はない。魔道全般が通じない、と思わせておいたほうがいいだろう。


「というわけで! 彼は、どんなに私たち(・・・)の魔道の巻き添えを食っても、なんともないわけ!」

「何度も言わせるなぁ! だからどうした! あの坊主がお前の魔道の余波に耐えられても、お前自身の体がもたんだろうがぁ!」


 そう叫ぶスノウをよそに、リシュがぽつりと、

「癒しよ」

 と唱えた。

 私の体が淡い光に包まれ、けがが癒えていく。


「あ……!? そうか、貴様、……治癒魔術をぉ……!」

「あんたこそ、同じことを言わせないでよね。切り札は、位置エネルギー弾じゃなくて、リシュのほうなのよ!」


 そして、私は魔力を手のひらに集中させる。

 けれど、悪魔は、またも笑った。


「ふん。あの大会をぉ、我も見たと言ったろう。その時にぃ、お前の魔法も見たぞ。人が相手でも、死傷せんとなれば、全力が出せると抜かしておったなぁ。全力であの程度ならば、恐れるに足らんわ」

「あそう。じゃあぜひ、そこでふんぞり返ってね」


 スノウが鼻白む。

「たわけがぁ! だからといって、むざむざ、先のような魔道を使わせると思」


 そう言いながらスノウが魔力を操ろうとしたので、私は、その眉間に思いきり頭突きを入れた。


 がごっ!


「がはっ!?」


 スノウが収束しかけていた魔力が、霧散する。


「お、お、お前……本気か? こんな、悪魔の眼前に一人で立ってぇ、そんな、方法でぇ……」

「あんたが、悪魔の姿だったら、こんな戦い方はできなかったでしょうね。でもあんたは、人間の体にとりついた。きっと、本当に追い詰められて、やむにやまれずのことだったんでしょうね。でも、そのせいで――」


「や……やめろぉ!」


 スノウが後ずさりしようとした。それを、両足を縫い留めた剣が戒める。


「――そのせいで、ここで負けるの! その体で、耐えられるものなら耐えてみるのね!食らえ! ――」

「あ……ああ!」


 私の魔力を見て、スノウの目に、狼狽と、初めて、恐怖が映った。

 この悪魔が万全の状態なら、こんな挑み方ができるわけはない。

 でもこいつは、この姿で、ここにいる。

 必死で抗い、戦い抜いてくれた人たちのおかげで。


「――天地あまねく大乱に踊れ、――」


 私の全魔力を、一条の赤い熱光線に変える魔道。


「――絢爛(けんらん)緋炎(ひえん)よッ!」


 それを、無距離で暴発させ、制御を放棄して爆発させる!


 かっ――


 視界が、赤一色に染まった。

 一拍遅れて、きいん、と甲高い音。

 それからさらに次の瞬間、猛烈な爆音が弾けた。


 渾身の一撃だっただけあって、スノウの魔力防御を完全に貫いた手ごたえがある。

 それと引き換えに、両手が消し飛んだかと思うほどの熱と衝撃。

 でも、気絶するわけにはいかない。私だけが意識を失えば、すぐに殺されてしまう。

リシュの治癒魔術も、限界はある。常に必ず全回復、というわけにはいかない。

 かろうじて意識を保っていたところへ、リシュの詠唱が聞こえた。

 傷が癒され、やけどが回復し、なんとか気を持ち直す。それでもやっぱり、全快はしていなかった。体のあちこちがおかしい。

 

「ぐ……ああ……ぐあああああ……!」


 うめくスノウの体も、著しく破損していた。

 黒こげのかかしのようになっていて、人間なら、とっくに絶命している状態だ。

 だけど、よく見ると、失われた筋肉や皮膚が、目に見えて再生している。これが悪魔の力か。

 でも。


「……それだけの再生魔法を使っているのなら、その間は、私への攻撃魔道って出せなさそうよね」

「にん、げんの……人間の、体などに入っていなければぁ……このような……」


 よし、こいつは再生で手一杯だ。

 リシュが、続け様に私に治癒魔術を飛ばしてくれた。

 いける。


「ばかなぁ……お前、あの大会の時には、これほどの魔力をぉ、使ってはいなかった、はず……」

「残念ね……人間っていうのは、いくら相手がけがしないって分かってても、全力って出せないものなのよ。格闘技ならともかく、あれは球技なんだもの。ねっ、リシュ!」


「えっ? ……うん、まあ、そうだった、かな?」


 なぜか歯切れの悪いリシュを尻目に、私は次の魔力を練る。

 けれど、思うように魔素を構成することができなかった。

 さっきの大規模魔道で、魔力が枯渇してしまっている。

 悪魔を一時的にとはいえ圧倒する出力を出したのだから、当然のリスクではあるのだけど。


「は、ははあ……そら見ろ、小娘ぇ……後先考えずに、身の丈に合わぬことをぉ、……するからよ。あの回復薬では、お前の役には……」

「リシュ! お願い!」


 リシュが、マジックポーションの小瓶ではなく、革袋の中身をつかみ出す。

 そして、私に向かってそれを投げた。

 私のほうも、落としても割れない程度の強度のあるガラス瓶だけど、ちゃんと受け取った。

 一見すると、学校で使っていた試験管のような、細長いガラスの容器。

 中には、金色の光を宿した液体が詰められている。

 スノウが、やけどで傷んでいる目を見開いた。


「な……まさか、それはぁ……」

「さっすが、物知りね。魔力の完全回復薬、エリクサーよ。これが私用(わたしよう)で、あっちのマジックポーションはリシュ用。これから、何発も治癒魔術を使ってもらうことになるから」


 私は試験管の口を開け、中身を飲み干した。

 体感で、十数日はひたすら安静にしなければ元に戻らないほど枯れ切った魔力が、一瞬で全快したのが分かる。

 なるほど、これは確かに凄い。普通のマジックポーションじゃ、二三十本飲んだって到底及ばない。


「ば……ばかな! エリクサーはぁ、神々の発狂で製造技術の失われた神薬……人類の宝物(ほうもつ)のはずだぞ! お前らごときが、使えるはずがぁ!」

「だから、あんた、人間と、自分が人間にしてきたことを、甘く見過ぎなのよ。これって、やったほうとやられたほうの違いの最たるものよね! 全部で何本あるかは、内緒。あと一本かもしれないし、五本あるかもしれないわね」


 本当は、妃王様に私とリシュで頼みに頼み込んで、二十一本。

 破格を通り越して、ほとんど考えられないほどの数を与えられた。

 絶対に、全て使い切る前に片をつける。


「さあて、再開しましょうか! 『緋炎』は強力だけど、一回で全魔力を放出してしまうから、もうおしまい。ここからは、ひたすら、爆炎魔道を最大威力で叩き込み続けてあげる! (あがな)え、――」

「あ……あぁ……」


「――煉獄よッ!」


 黒い炎が、私たちを取り巻いた。

 対象が燃え尽きるまで決して消えることのない、彼岸の炎の召喚だ。

 私の魔道だからある程度は制御できるけど、この至近距離じゃ、私にもダメージが来るのを避けることはできない。

 その代わりに、この悪魔の体を炎で炙り続け、肉体の再生を許さない。

 スノウがその魔力を攻撃に割けば、たちまち肉体が破滅するだろう。対して、私のほうも我が身を守って攻撃の手を緩めれば、いつ逆転されるか分からない。

相手は、依然、人間よりずっと格上の存在なのを、忘れてはいけない。

 まだ詰んではいない。我慢比べの始まりだ。


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